おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

藤袴 三

2020年11月30日  2022年6月9日 


 九月。暦の上では冬の始まりである(現代でいう十~十一月)。

 初霜がおりてしっとり風情ある朝、いつもの世話役たちが入れ代わり立ち代わり、人目を忍んで夏の町に文を届けに来た。

 どの文も玉鬘自身で見ることはない。ただ女房達が読むのを聞くのみである。

 鬚黒右大将からの文。

「なお望みをかけてきましたが、過ぎゆく空の景色も心尽くしに。

 数ならぬ身ならば嫌いもしましょうに、九月を

 命をかけるほどの頼みにしているとは、何と儚い身の上か」

「十月入内」という決定をどこからか聞きつけているようだ。どうやら太政大臣ヒカルより、実父である内大臣の意向を頼みにしている節もある。


 兵部卿宮の文。

「言う甲斐の無い仲は、今さら申し上げても詮無いことですが

 朝日差す帝のご寵愛を受けられたとしても

 霜のように消える私のことを忘れないでください

 この思いをおわかりいただけるなら、癒されることもありましょう」

  たいそう萎れて折れた笹の下枝を霜も落とさず添える。風流人の宮らしい、如何にも凝った演出であった。


 式部卿宮の息子・左兵衛督は、紫上の腹違いの弟である。普段から親しくしているので、自然と事情も知れて、たいそうがっかりしていた。長々と恨み言を綴った挙句、

「忘れようと思う、その思いがまた悲しいのを

 如何様にして、如何様にすればよいのやら」

 歌もくどくどしい。


 紙の色、墨つき、焚き染めた香の匂いもさまざまなこの三通の文を見た女房達は、

「この方たちが皆すっかり諦めてしまわれることは、何とも寂しいことですわね」

などと言っている。

 玉鬘は何を思ったか、兵部卿宮にだけ短い返事を書いた。

「自分から光に向かう葵でさえ

朝置いた霜を自分から消しましょうか」

 うすく走り書きしたようなその文を、宮は驚きつつ眺めて、

(私の愛情をいくばくかは感じ取っていただいた)

 と、たいそう嬉しい気持ちになった。

 他にも多くの人から同じような内容の手紙が沢山届いたが、宮以外には誰にも返事は書いていない。

 こういう場合の女の心の持ちよう、いなし方としてはパーフェクトである、とヒカルも内大臣も思った。

<真木柱 一 につづく>

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