おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

藤袴 二

2020年11月30日  2022年6月9日 

 


 はい、こちらは六条院・春の町の少納言にございます。たった今、夕霧さまが戻られて、ヒカルさまの御前に参上しておられます。何だかちょっとソワソワしておられますね……紫上ですか?いえ、そんな端近にはおられませんよ、もちろん。

 玉鬘の姫君からのご返答を報告なさっているようですね。

「ふむ、やはりイマイチ宮仕えに気が進まないんだな。兵部卿宮という恋の手練れにここまで渾身のアタックをかけられちゃ、心が揺らぐのも無理はない。ちょっと可哀想だよね。でも、あの大原野の行幸で『あれが主上、なんて素敵なお方……』ってポーっとはなってたんだよ。主上の吸引力凄いからね、チラ見しただけで若い女子は宮仕えイヤなんて言えなくなっちゃう。まあ、それを見越して進めたわけだけど」

「恐れながら……姫君のお人柄ならば、どちらに転んでもうまくやっていかれるように思います。ただ内裏におかれましては、秋好中宮が盤石な地位にいらっしゃいますし、また弘徽殿女御も立派なお家柄で尚且つご寵愛も格別でいらっしゃる。いくら主上がお気に召したとしても、あのお二方に立ち並ぶことは難しいでしょう。一方、兵部卿宮さまはずっと熱心に求婚されていますよね。后としてではないにしろ宮仕えに出すとなると、そのご意向をまるで無視する体にはなりませんか?父君とはごきょうだいの間柄でもありますし、あまりにお気の毒な気もいたします」

 十六歳の夕霧さま、中々大人びたご意見を述べられます。ヒカルさまも同じ思いだったでしょうか、笑みを浮かべつつ仰いました。

「そうだね、なかなか難しい事だ。私の一存でどうにかなることではないんだよね、あの鬚黒の右大将までが私を恨んでいるそうだけど。どんなことであれ、気の毒な境遇を見過ごしにできない性分だから、無駄に人の恨みをかってしまう。かえって軽率に過ぎたのかもしれないね。あの母君が生前言い置いたことに従って、心細い山里で暮らしていた姫君を此方に引き取った。『内大臣はお聞き入れになるはずもない』と嘆いていたので、可哀想でね。此処で私が大切に傅いていると聞いて、あの大臣も人並の扱いをすることにしたようだが」

 微妙に嘘を取り混ぜながら、もっともらしく語られます。

「たしかに姫君のお人柄は、兵部卿宮の妻としてはいかにも相応しいだろうね。現代風な感性もあり、品もよく、なおかつ聡明な人だ。過ちなどしそうにもないし、夫婦仲もうまくいくだろう。宮仕えをしたとしても、そちらも十分適任だろうね。容貌もよく才気もある、公務を行うにも不足なくてきぱきと処理して、主上のご期待にいつでも応えられると思う」

 夕霧さまはヒカルさまのお顔にひたと視線を釘づけたまま仰いました。

「長年、そのように姫君をお育てになった父君のお心を、人はおかしな風に噂しているようです。内大臣さまも……鬚黒右大将が伝手を頼って申し込んできた際に、そのように応えられたそうですが」

「はは、それもこれもまったくお門違いだな。宮仕えにしろ何にしろ、内大臣がこうしたいという意向に沿ってのことだ。女は三つのことに従うもの……父に従い、夫に従い、老いては子に従う、というがその順序を取り違えて、しかも父でも夫でもない私の考えに従わせるなどあり得ないよ」

 夕霧さまは憤然となさって、なおも言い募られます。

「内々でも……誰がとはいいませんが、『六条院には長年連れ添われたやんごとなき方々がおられる。その数には入れられないので此方に捨てる半分で譲り渡し、通り一遍の宮仕えをさせてその益は我がものにしようというお考え、まことに賢く抜け目のないやり方よ、いや感謝に堪えないね!と申されていた』と。はっきりそのような話を聞きました次第です」

「ほう、それはまたとんでもない方向にお考えになったものだな。重箱の隅をつつかずにはいられないご気性からなのだろうね。何、今に何が本当で何が嘘なのかはっきりするよ。まったく内大臣ときたら、相変わらず思い込みが激しい」

 きっぱり否定されて笑うヒカルさまに、夕霧さまもそれ以上は何も仰ることは出来なくなったようでした。春の町からは、以上です。少納言でした。


「ねえねえ右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん」

「これってさあ……」

「ああ、内大臣さまの言ってることほぼ当たってんじゃない?さすがは二十年来のつきあいね、見抜いてるわ」

「まっ、まだ手は出してないわけだし!」

「とはいえ、宮仕えをシツコク勧めた最大の理由はやっぱコレじゃん?玉鬘ちゃんへの抑えきれない恋心を誤魔化すため。うわっコワっ!バレてる!と思ってるよ王子は」

「す、すご。以心伝心っていうか、男同士の友情を超えた何か的な?

「面白そうな話してるわね」

「あっ王命婦さん!ひっさしぶりー!」

「本当久しぶりね、ささ座って」

「お二人ともお元気そうで何よりだわ。はいお土産」

「わー、いつもありがとうございます!お茶入れてくる!」

 給湯室に走る侍従。

「栗ババロアね、美味しそう!仕事はどんな感じ?」

「まあボチボチってとこね。それにしても今の内裏は平和よ。帝はますますイケメンっぷりに磨きがかかってきて眼福だし、秋好中宮さまと弘徽殿女御さまが文句なしのツートップで特に争いも無く、和気あいあいとしてる」

「お待たせー!」

「ありがとね侍従ちゃん。ささ、いただきましょ」

「わーい!」

 しばし栗ババロアを楽しむ三人。

侍「美味しーい!やさしい味ー!」

右「甘さ控えめでいいわね。ボリュームありそうなのにすいすいいけちゃう。さすが王命婦セレクトは間違いないわね」

王「よかったわ気に入ってもらえて。ああ、お茶も美味しい。そうそう、玉鬘ちゃんの宮仕え、十月になりそうよ」

右「あれ、喪が明けたらすぐって話じゃなかったっけ?随分引っ張るわね」

王「九月は季の変わり目で忌月だからって、太政大臣のご意見」

侍「何かその口実どっかできいた。アレだ、筑紫で玉鬘ちゃんに言い寄ってた大夫監に『季節の最後の月は結婚には不吉なんで~』って引き延ばしたやつ!」

右「侍従ちゃんよく覚えてるわね。自分で語ってたくせに忘れてたわすっかり」

侍「え、てことは王子はやっぱりそういうつもりなの?!玉鬘ちゃん事実上お后?!

王「っていうアピールかしらね。実際に帝がお召しになるかどうかはわからないけど、あれだけ美人ちゃんで愛想もよくて賢い子なら、あり得る話ではある。並みいる求婚者への牽制ってやつじゃない?」

右「あー、何か今凄いのよ六条院。出仕したら終わりって皆思ってるからか、今のうちにアタック!ってそりゃもう必死で、手当たり次第女房さんたちに声かけてる。『吉野の滝を堰かむ』よりも難しい事ですからねえ、仕方ありませーんって全部断ってるけどね。夕霧くんも、つい口説いちゃったのを誤魔化そうと玉鬘ちゃん専用御用聞き状態で駆けずりまわってるわ」

※手を障へて吉野の滝は堰きつとも人の心をいかが頼まむ(古今六帖四-二二三三 凡河内躬恒)

「あああ……ピュアホワイトよ……」

「まあある意味ピュアではあるわよ。女慣れしてない割には頑張ったね!って感じ」

 ピコーン♪

侍「あっ、宰相の君ちゃんじゃん!やっほー!」

右「どうしたの?何かあった?」

王「ここは賑やかねー(笑)」


 は、はい。たった今、内大臣さまのご長男が玉鬘の姫君を訪ねて来られましたのでご報告に!


侍「えっ!あの、恋文出した頭中将もしくは右中将?」

右「ややこしいわねー。こっちも統一しない?柏木さんに」

王「そうね、ここからそうしましょ。宰相の君ちゃんよろしくね」


 了解です!

 その、柏木の中将さまが内大臣さまのお使いとしていらしたんです。今夜は月が煌々と照ってとってもキレイだったんですけど、お庭の桂の蔭にそっと佇まれて、もう絵になるのならないのって……ウットリしちゃいました。


王「なんだか恋を語りに来たみたいね、そのシチュエーション」

右「あそこのご兄弟連、逆に宮仕えを心待ちにしてるらしいわよ。六条院にいると全然近づけないから」

侍「ヘンな話だよね実の姉弟なのに。対面は直接?」


 いいえ、南面の、廂の間にお通しはしたんですけど……姫君がやはり直に話すのは気が引けると仰って、私が取り次ぐことになったんですね。そしたら柏木の中将さま、明らかにムっとされたみたいで。

「父大臣が私を選んで差し向けられたのは、人伝てではなく直接にとのご意向にございましょう。こんなに離れていてはどうやって申し上げればよいのか。物の数にも入らぬ私ですが、姉弟という繋がりは絶えぬご縁というではありませんか。どうでしょう。昔ながらの言い方をしますと、お心だけを頼みにしております」

「仰る通り、積もる話など申し添えたいところですが、最近どうにも気分がすぐれず起き上がることもできません。そんなに責められては、かえって疎ましい気持ちになってしまいますわ」

「ご気分がすぐれない。なるほど、では私が几帳の内に……とはいきませんよね。よろしゅうございます、これ以上クドクド申し上げるのも愚かしいことです。では」

 ってアッサリ引いてテキパキ事務的にご報告ですよ。この方、すごい切り替え早いですよね。女房の間でも評判になってたくらいです。

「参内される日時や詳細も承っておりませんので、内々で申し合わせをするのがよろしいかと。何事も人目を憚って此方に伺うこともままならず、ご相談できないまま過すことをもどかしく思っておられます」

 そこは実際、まだ全然決まってないんですよね。答えられないな~って思いつつ黙ってましたら、また色々と。

「それにしても先だっては、馬鹿々々しい手紙を差し上げてしまったことです。しかし姉弟であれ他人であれ、ああいう感じで完全スルーを決め込まれたのは恨めしいことですね。今夜のこの対応ぶりでますますその気持ちが強くなりました。どうせなら北面の部屋にでも招き入れていただいて……貴女がたはお嫌でしょうが……下仕えのような人たちとでも語らいたいものだな。他でこんな扱いされる所なんかまずないですからね。ほんっと珍しい姉と弟の間柄ですわ!」

 なんて首傾げつつボヤかれるものですから、つい面白くなっちゃって、丸っとそのまま玉鬘の姫君にお伝えしましたら、こうです。

「仰る通り、姉弟とわかったからといってあまりにガラリと変わるのも人聞きが悪いと憚っておりました。わたくしの方こそ、長年内に籠めておりました苦しさも吐き出せず、かえってつらいことが多うございますわ」


侍「うおお、すっごい切り返し!

右「そんなホイホイと、今まで接点もなかった男女がいきなり姉弟になんてなれるわけないでしょ当たり前!コッチだって言いたいことも言えずに耐えてるんだからね察しなさいよ!ってことね」

王「お見事、早く内裏に来てくださらないかしら」


 そうなんです!カッコいいですよね!こんなに丁寧に、礼を失することなく毅然と反撃される姫君の機転に痺れちゃいます!

 柏木さまもぐうの音も出なくって、もう歌詠むしかないって感じでした!

「妹背山を深くも尋ねず……実の姉弟と知らずに言い寄ってしまった

緒絶(おだえ)の橋……叶わぬ恋の道に踏み迷ったことよ」

 

右「なるほど、妹背は姉弟をさす・妹背山は妻問いの歌枕。二つ重ねて素直な気持ちをそのまんまって感じ?」

王「冷静ね。ここまで率直なのは好感もてるわ」

侍「玉鬘ちゃんには何の責任もないことだよねサーセンしょぼん、だね!」


 ほんとそれです!姫君もそのお気持ちを受けて、

「『妹背山』をどこまで踏み迷っておられるかは存じ上げなかったので

こちらも文を見てもどうしてよいかわかりませんでした」

 と詠まれたので、それを告げた上で

「当時はどういうご関係の方なのかもご存知でなかったようでした。大体において無暗に遠慮深い方ですので、お返事もされなかったのでしょう。まあ、この先はそういうわけにもいかないでしょうから……」

「いやまったくその通り。あまり長居をするのもまだ時期尚早って感じかな。もう少し何かのお役に立ってから、存分に恨み言も、ね」

 柏木さまはさっくり切り上げて立ち上がられました。

 高く昇った月が隈なく照らす中帰られる柏木さまのお姿、それはそれは上品でお美しくて、お召しになった直衣もあでやかでセンス抜群、溜息が出ました。

「素敵ねえ……いやもちろん夕霧さまの方が上だけれど、柏木さまも中々」

「どうしてこうも揃いも揃ってお美しい一族なのかしらねえ」

 なんて皆で言いあってました。報告は以上です!では!


右「宰相の君ちゃん、ありがとね。またあとで!」

侍「じゃあねーん」

王「躾が行き届いてるわねえ。さすが右近ちゃん」

右「いえいえどういたしまして。宰相の君ちゃんレベルの子があと数人ほしいところなんだけどね、なかなか。あの部屋の女房さんや童女ちゃんって町中育ちが多くて、明るいのはいいんだけど口がちょいと軽いのよね。目が離せないわ」

王「人材不足は内裏だけじゃないわね。普通に言った通りのことやってくれればいいだけなんだけど、それがなかなか。って嫌だわ、まさにお局の言い草ね(笑)それはともかくとして、鬚黒右大将さまっているじゃない?玉鬘ちゃんの求婚者の一人の」

右「髭面の人ね。正妻さんいるんだけど不仲なんだって?」

王「さっきの柏木くんの、右近衛府での上司だからさ、どうも内大臣家ルートで色々聞いてるっぽいのよね。夕霧くんが言ってた『変な噂』って出所は内大臣さま→柏木くんだから」

侍「エエー!ありえなーい!王子口止めしてなかったっけ?って、そんなん守るわけないか」

右「確か鬚黒さんて、承香殿女御さまのご兄弟なんだよね。今の春宮さまは甥っ子にあたる」

侍「仙堂御所じゃなくこっちで暮らしてるの?朱雀院さまのお后だよね」

王「そうそう。向こうはご寵愛厚い尚侍の君がいらっしゃるし、春宮さまもお小さかったから、一緒に梨壺に移ってそのまま残ったみたい。そのうち鬚黒右大将がご後見役ってことになるらしいから前途は明るいんだけど……その不仲っていう正妻さんって、式部卿宮さまの娘さんなのよ。つまり紫ちゃんの腹違いの姉君

右「マジで!ややこしいわね。そもそも不仲の原因って何?」

王「私も詳しくは知らないんだけど……ご病気らしいとしか。でもさ、普通正妻が病気の時に他の女口説きに行く?ありえなくない?」

侍「たしかに!不仲っていうからてっきりもう別居して疎遠になってるのかと。一緒に暮らしてるってこと?!キチクじゃん!

王「しかもよ、その正妻さんのことを『媼』って呼んでるらしい」

右「……は?!」

侍「おうな?何ソレ???」

右「現代語で言うとお婆さん、つまり端的には『ババア』呼ばわりってこと(怒)!」

王「ね。右大将が三十二で、正妻さんは三つ上らしいんだけど、そんなの理由にならないわよね。私もお若い頃しか知らないけど、けっこうキレイな人だったわよ。いくら離縁したいからって酷いわよね。ご病気っていうのも口実だと見てる私は」

侍「エードン引き……あっ、だから王子、微妙に兵部卿宮推しなのね。何となく鬚黒さんは避けてる感あった!」

右「微妙にじゃなく、確実に兵部卿宮の方がイイでしょ。あっちは死別なんだから」

王「右近ちゃんお怒りね。でね、どうも玉鬘ちゃん付近の女房さんを相当物色してるらしいのよ、手引き役に。誰に当たりつけてるかまではわかんない。あの感じだと宰相の君ちゃんは違うと思うけど、気をつけてね?」

右「わ、わかった……ただ、私もあっちにばかりはいられないのよね。宰相の君ちゃんにもさり気なく伝えとくわ」

侍「なんか大変だねー。若い娘に群がるアラサー男ども……かぐや姫のオジサン版みたいな」

右「うっ、何か急激にキモさ倍増」

王「ただ鬚黒さんは帝や他の大臣の信頼厚い方ではあるのよね。人当たりもいいし、性格も決して悪くない。正妻さんの件、どういう状況なのか私ももうちょっと調べてみるね。じゃ、そろそろ失礼するわ」

侍「栗ババロアごちそうさま!またね!」

右「報告待ってる!」

参考HP「源氏物語の世界」他

<藤袴 三 につづく 

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