おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

行幸 五

2020年11月24日  2022年6月9日 


  内大臣は、今はただ早く娘に逢いたい一心で早々に参上した。

 裳着の儀式自体は通常のしきたりに加え、目新しい趣向を凝らしている。

(なるほど、これは確かに格別な扱いだな……ふーん。実の娘でもないのによくここまで)

 やっぱりアヤシイ、と思わずにはいられない。

 亥の刻(午後十時前後)に儀式は始まる。内大臣も御簾の中に入る。慣例通りの設えはもとより、内の御座所をこの上なく立派に調えてある。少し明るめの灯りの下酒肴も用意され、念の入ったもてなしぶりである。

 逢う日を待ち望んでいた内大臣だが、いざ玉鬘を目の前にすると言葉も出ず、腰結を引き結ぶ際には堪えきれず涙を零した。

 主のヒカルがそっと囁く。

「今宵は、昔の事情は一切話さずに置こうと存じます。ただ腰結のお役目だけをお勤めください。何も知らない人々の手前、ご理解いただきますよう」

「承知した。何にせよ、何をどう言っていいのかわからないよ」

 儀式は粛々と進み終わった。

 内大臣は出された盃を一気に飲み干すと言った。

「言葉に尽くせぬばかりのご厚意を賜り、感謝に堪えませんが……これまで長く隠していらした恨みも、どうして申し添えずにいられましょうか。

 恨めしい事です、沖の玉藻を引き上げるまで

磯辺に隠れていた海人の心が」

 もう涙を隠しもしない。実の父と義理の父、二人の前ですっかり気後れして言葉が出ない玉鬘の代わりにヒカルが応えた。

「寄る辺無い波がこのような渚に打ち寄せて

海人も尋ねない藻屑とみておりました

 自ら申し出ろとは何ともぶしつけで無体なお言葉ですよ」

「それはまあ……そうなんだけどね」

 内大臣はそれ以上何も言わなかった。


 親王たち以下こぞって祝いにかけつけ、周りで待機している。玉鬘に思いを寄せる面々も大勢まじっていて、内大臣が御簾の内に入ったまま中々出てこないのをどうしたことかといぶかっている。

 夕霧中将や内大臣の子息たちは事情を聞かされている。

「ああ、思いを告げたりしなくてよかった」

 と弁少将などは胸を撫で下ろしている。

「残念なような、嬉しいような」

「でも太政大臣も変わってるよね。秋好中宮さまと同じように、ここから入内させようって目論見なのかね」

 などとひそひそ囁き合っている。ヒカルは内大臣に耳打ちする。

「やはり暫くの間は注意して、世間から要らぬ勘繰りをされないようお扱いください。何事も、気楽な身分の人なら騒がれても何てことはないでしょうが、お互いあることないことあげつらわれて噂されるのは、立場上困りますもんね。ゆっくり穏やかに世間の目が慣れていくようにするのがよろしいかと」

「すべてそちらのよきように。ここまでお世話していただき、またとないご養育によって守られておりましたのも、前世の因縁がよほど格別!であったのでしょうね」

 内大臣は素知らぬ顔で、含みを持たせつつ応える。

 贈り物などはいうまでもなく、引き出物や禄などもすべて、身分に応じ通例より豪華なものにした。ただ、内大臣が大宮の病を口実に一度断った事情も鑑みて、大袈裟な管弦の遊びなどは催さなかった。

 兵部卿宮は、

「もう今となってはお断りになる理由もないでしょう」

 と勢い込むがヒカルは、

「内裏からの内意をご辞退申し上げ、また再びの御沙汰を待っているところでございます。他の話はその後にでも」

 とかわす。

 内大臣は内心悶々とする。

(あんまりはっきり見られなかったな……もう一回ちゃんと正面からしっかり顔を見たい。ちょっとでも不具合なところがあるなら、ヒカルがあれだけ下にも置かぬ扱いで大事にお世話するわけない。絶対並以上にキレイな子に違いない。ああ、じれったいことだ。実の父親だっていうのに。それにしてもあの夢も本当だったんだな……他人の子として近くにいる、などと)

 宮仕えの可能性も捨てきれないなら、それなりに根回しもしておかねばならない。とりあえず娘の弘徽殿女御にははっきりと事情を話したのであった。


 ピコーン♪

 こんにちはー!小侍従でーす!いやー、驚きましたね。内大臣さまの娘さんがまた一人増えたとは。しかも長くヒカルさまの所にいらしたなんて。もう此方ではその話で持ち切りですよ。え?ああハイ「暫くの間は洩らさないように」ってお達しは聞いてます。でも、そんなの止まるわけないじゃないですか(笑)てか、私たちは正確に知っておかないと、おかしな噂が出たら訂正しなきゃだし、皆で情報共有するのは当然!ですっ!

 でも、あの方はそんなの超越してましたね。はい、もちろん近江の君ですよ。今回も凄かったです。

 しかもよりによって、弘徽殿女御さまが里下がりされて、右中将さまや弁少将さまがご挨拶にいらしてたその席ですよ?そこにしゃしゃり出て来て

「なんか、お父様……殿がもう一人姫君をお迎えするんだって?あ、するんですって?超めでたいじゃん!じゃなくておめでたい、ですよね!六条院とここと二人の殿に大事にされるなんて、いったいどんな人なん?聞けば、その人も劣り腹ってやつなんでしょ?アタシと変わんないじゃーん!何が違うのー!」

 って遠慮会釈なく早口で仰るもんだから、女御さまもオロオロなさって。ご長男の右中将さまが見かねて助け舟を出されました。

「いやいや、大事にされる理由はあるようですよ。それにしても誰がそんなことを……いきなり来てそんな大声で、ぶしつけ過ぎでしょ。口さがない女房達が耳にしたらたいへ」

お黙り!アタシ、すっかり聞いたんだからねっ!そのヒト尚侍になるんだって?アタシだって、いつかは宮仕え!って超期待して出て来たんですよいつかそういう引き合いもあろうかと思って。だから普通の女房ならしないようなことまですすんでやってたのに!だいたい、女御さまがヒドイんですっ!!なんにもしてくれないしっ!!」

 いきなりの流れ弾にえっ私?!って女御さまもビックリ仰天ですよ。もう皆笑いをこらえすぎてプルプルしてるのに、弁少将さまが

「あら、尚侍に欠員が出来たらアタクシこそ願い出ようと思ってたのに。無理無体なことをお考えなのね」

 なんてあの美声で仰るからもう!大爆笑!

「なによなによ!ご立派な兄姉の中に、ものの数でもないアタシは仲間入りすべきじゃなかったって?そもそも右中将の君、アンタ酷いじゃん!勝手に探して勝手に来いっつったくせに、アタシをとことん馬鹿にしてさ!ああもう、普通の神経じゃとても住んでいられない御殿ですわここは!ああ怖い怖い!」

 座ったままずりずり後ろの方に下がっていって、コッチを睨みつけるんですよ。これがまた、本人本気で怒ってたんでしょうけど、精一杯ワルイ顔して目を吊り上げてるのが何だか小動物みたいで可愛くって。

 まさに連れていらしたのは右中将の君ですからね。痛い所を突かれたって苦虫噛み潰したようなお顔で無言ですよ。弟の弁少将さまはニヤニヤしながらも真面目くさって、

「こちらの女御さまも、貴女のまたとないご精勤ぶりをおろそかにはお思いでないでしょう。お鎮まりますよう。堅い岩も沫雪のように蹴散らかしてしまいそうなお元気ですから、きっと願いの叶う折もありましょうぞ」

 なんて仰るものだから、もう皆お腹いたくて大変なことに……右中将さまはいたたまれなくなったのか、端っこで拗ねてる近江の君に

「そうやって天の岩戸を閉ざして引っ込んでいらっしゃるのが無難でしょう」

 って捨て台詞吐かれて席を立たれ、弁の少将さまもそそくさと続きました。近江の君、涙をぽろぽろこぼして、

「男どもみんなアタシに冷たすぎ!!ひどくね?!何このテキトーな扱い!でも女御さまは違いますよねいつもおキレイでお優しくて!そのお気持ちを支えにお仕えしてるんですアタシ!女御さま大好き!

 さっきヒドイって言ったこともコロっと忘れて手のひらクルりんぱですよ。まあ実際働き者は働き者なんですよね……下働きの女房や童女が行き届かない雑用とかも、あちこちどこでも走り回って、率先してやるのは本当感心します。でもそれが、

「尚侍に私を推薦してください!」

 っていう下心からだったことが明るみになっちゃって、皆生温く見守ってます。尚侍なんて高度な事務職、勤まるわけないじゃないですか……何も言えないですよ。

 内大臣さまも内大臣さまで、これまたとんでもなくて……内緒ですけど、何だかやっぱり父娘って感じがします。この話を聞かれるやすっごい楽しそうに大笑いされたそうなんです。で、女御さまの所に来たついでに、

「これ、近江の君はどこだ?此方へ」

 ってお呼びになって、

「はあーい!」

 元気よく登場ですよ。

「近江の君、貴女が此方で至極真面目に仕えている様子は、宮中のお役人としてもなるほど、どんなにか適任であろう。尚侍を希望していること、なぜ私に早く言わなかったんだい?」

「それはですね!ご内意をいただきたいなーって思ってたんですけど、きっとこちらの女御さまが何気に空気読んでお伝えくださるだろうと超、超期待に胸をふくらませてたんですう!なのに、別口で決まったみたいっていうんじゃん?あ、今のナシナシ。うかがったんでー、ナニソレ全部夢ー?ショボーン!みたいな感じで胸に手エ置いて心を落ち着かせているところでございまーす!」

 これがまた超高速でハキハキ仰るんですよ。よく噛みませんよね。ホント凄い。内大臣さま、聞きながらメッチャ笑うの堪えてらしたのは傍で見ててもわかりました。

「ほう、それはまた風変りな、よくわからないお癖だね。そのように仰って下さったら、まず誰より先に奏上したでしょうに。太政大臣の姫君がどんなに高貴な方であろうとも、私が熱心にお願い申し上げればお聞き入れなさらぬことはありますまい。今からでも申し文をキチンと作って、立派に書き上げなさい。長歌などの趣向のあるのをご覧あそばしたら、きっと捨て去ることはないでしょう。主上は、とりわけ風流を解する方でいらっしゃるから」

 もっともらしく仰るんですよ。お人が悪いっていうか、曲がりなりにも我が娘相手にそこまでおちょくるかっていう。近江の君、案の定本気に取っちゃって、

エエー無理無理無理!和歌は下手ながら何とか作れるかもしんないけど長歌なんてやったことないもん。そうだ、殿がテキトーに作ってくださいよう!それパクってでっちあげて、お蔭をいただきイ!みたいな!ねっお願いしまーす!

 両手スリスリしながらノリノリですよ。御几帳の後ろの女房さん達、もうダメ死ぬってくらい爆笑してて、悶絶しそうになって外に滑り出しちゃう人までいたくらい。その点女御さまは天使ですからね、もうお顔真っ赤で見てられない!って感じでぐったりされてました。内大臣さまったら、

ははは。愉快愉快。気分がムシャクシャしてる時は近江の君をイジるに限るな。すっかり癒されたよ♪」

 なんて仰って、すっかりおもちゃ扱いです。重ねて言いますがご自分の娘ですよ?小学生男子ですかって感じですね。小侍従からは、以上です。

参考HP「源氏物語の世界」他

<藤袴 一 につづく

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