おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

行幸 四

2020年11月22日  2022年6月9日 

 


 内大臣はさっそく我が娘に逢いたくてたまらなくなる。

(とはいえ、今いきなり此方に迎え取って父親面するのも何だよね。あのヒカルのことだし、探し出してから私に打ち明けるまでこんなにかかったことも考え合わせると、全く手を出さないままってことはなかろうな。ただ、六条院にわんさといる奥様がたの手前、あからさまに愛人として扱うわけにもいかず、娘ってことにしたんだろう。それでも存在が知られるにつれ面倒が増えて、世間に色々勘繰られる前に自分からカミングアウト!ってことか)

 さすが二十年来の義兄にして親友、的確な読みである。

(だからといって別に疵になるようなことでもないよね。天下の太政大臣なんだし、こっちからどうぞどうぞって差し上げたところで何の問題もない。ただ宮仕えとなると、ウチの弘徽殿女御がどう思うか……またライバル登場?!ってなっちゃうのも面白くない。うーん……まああまり先のことまで考えても仕方ないか。とにかく決まったことには従うとしよう)

 あれこれ思う事は尽きない。

 これが二月上旬の頃だった。彼岸の入りの十六日がでこれ以上ない吉日で、占いではこれより良い日は近くにないと出たので、大宮の体調も落ち着いている間にと急ぎ裳着の儀式の準備を始めた。

 ヒカルは例によって足しげく玉鬘のもとに渡り、三条宮邸での様子を事細かに話したうえ、儀式当日の心得など懇切丁寧に教示する。玉鬘は素直にヒカルの采配を喜んだ。

(なんと行き届いたお心づかい。実の親であっても、これ程細やかなお世話はしていただけまい)

 ヒカルはさらに夕霧中将にも真相を知らせた。

(ハア……やっぱりそうだったのか。何でまたそういうおかしな誤魔化し方するかな。心配して損した。……でも、私とも他人ってことか)

 逢える見込みもない雲居雁の姫より、ついこの間目にした玉鬘の美しさばかりが脳裏にちらつく。

(いやいやいや‼無いから!お門違いだから!)

 振り払って反省するあたり、ヒカルと違い珍しいほどの誠実さであった。


 二月十六日、玉鬘の裳着の儀式当日である。三条宮からもひそかに使者がやってきた。日数もない中たいそう見事に仕立てられた御櫛の箱など、さまざまな品々が贈られた。添えられた手紙には、

「お手紙を差し上げるも憚られる尼姿ゆえ、今日は引き籠っておりますが、長生きの例にあやかっていただくということでお許しいたたければと存じます。胸をうつお話を承り、明るみになりました筋を掛け渡そうと書いてみましたがいかがでしょう。あなたのお気持ち次第で。

 お二方どちらにかけても貴女はわたくしの孫なのですね

玉櫛笥の懸子のように」

 その古めかしく震えた筆跡の手紙を、準備作業を差配していたヒカルも見た。

「よくもここまで『玉櫛笥』を詰め込まれた歌を詠まれた。三十一文字の中に関係ない文字を探す方が難しいな」

 とそっと笑う。 

 秋好中宮からは、白い御裳、唐衣、装束、御髪上の道具など、数々の壺に香り深い唐の薫物が下された。

 六条院の女君たちも皆それぞれに、装束や女房の衣裳、櫛や扇まで、競うように趣向を凝らして用意した。いずれ劣らぬ素晴らしい出来栄えである。

 ピコーン♪

 ハーイ侍従です!アタシが出て来たってことはー、もうおわかりですよね。そう、常陸宮のお方さままたまた登場!何か出番多いよねこの人、案外気に入ってたのかしら作者も。

 玉鬘ちゃんの裳着の話は、当然二条東院にも聞こえてきたんだけど、まああっちはヒカル王子も滅多に行かないし、空蝉さんはじめ大方は俗世のことは気にせずのんびり暮らしてる人ばっかりだから、私たちはいいわよね~却ってご迷惑ってこともあるしスルーしましょってことで一致してたんだけど……ええ、予想通りやらかしてくれたわよ空気読まない・読めないあの方が。

 なんつうか、こういう時にはこうすべき!って思い込みがね、もうね。しかもむかーしむかしのやり方のまま全くアップデートされてないから、超トンチンカンなことになっちゃう。

 そりゃあさ、殊勝な心がけよ?一応妻の一人として贈り物をっていう気持ちはさ、悪い事じゃない。だけどさあそのラインナップ!聞いてくれる?もちろんアタシのセレクトじゃないからね!あの人絶ーっ対に事前に相談なんてしないからっ!

 青鈍色の細長ひと襲はまだいいとしても(でも地味よね、ご不幸ですか?って感じ)、落栗色っていうの?何か昔流行った色の袷の袴一具(これも地味オブ地味!お祝いだっつうの)、紫色が何かすっかりはげたっぽく見える霰地?みたいな小袿(いつの服なの!古すぎ!)……これを仰々しい衣櫃に入れて、メッチャ立派な感じに包んで持って行かせたらしい。ああもう……この、今時まず見かけない、アンティークも通り越した、朽ち果てる寸前の衣裳って、一体何処にどうやって隠し持ってんのかしら……この間王子と一緒にたーくさん、今風でイケてる色目の上等な布を出して来たっていうのに。アタシも頑張って縫ったのにいいい……。

 ピコーン♪

 はい、右近でございます。侍従ちゃんに引き続き、常陸宮のお方さまの贈り物&お手紙とヒカル王子の反応をご紹介しまーす。あの衣装箱は結構目立ったわね。ヒカル王子がいちはやく気づいて、中の手紙も私たちに見られる前に!って勢いでひったくってたわ。

「お見知りおきいただくほどの者でもございませんので遠慮しておりましたが、このような折には知らぬふりもしかねまして。こちら、つまらないものですが、女房たちにでもお与えください」

 とまあ、文面は普通に型通り書いてあったんだけど、王子は頭抱えてたわ。

「こんなところだけ妙に律儀っていうかなんて言うか……ああいう内気な方は、引っ込んだまま大人しくしていればいいのに。ああ、私の方が恥ずかしくて顔から火が出そう……」

 キョトンとしてる玉鬘ちゃんの手前、取り繕う王子は見物だったわね。

「無視するのも気の毒だから一応、返事は出しなさいね。父親王がとにかく溺愛なさってた方だし、他人より軽く扱うのも気が引けるからね……ってコレ、何?!」

 例の煤けた小袿の袂に、お歌発見よ。

「わが身こそ恨めしく思われる唐衣

 貴女の袂にいつもいることが出来ないと思いますと」

 また筆跡がね……昔でさえイマイチだったのに、今はさらにきゅーっとちぢこまっちゃって、しかも筆圧強すぎで、彫り物?!てくらい深ーく、強ーく、ゴッツゴツに書いてたわ。王子、ツボに入っちゃったみたいでくすくす笑い出して、

「いや、笑っちゃいけないな。あの方がこの歌をひねり出すにはどんだけ大変だったろうに。今は昔以上に助ける人もいないし、思うようにはならなかったろう。まあ……哀れな人だよね、うん。よし、この返事は私がしよう。忙しいけどしょうがない」

 筆をとって、勢いでさらさらっと一気書きね。

「何とも不思議な、誰も思いつかないようなお心遣いはなさらなくてもよいことですのに。

 唐衣、また唐衣唐衣

かえすがえすもまた唐衣ですね」

 得意げに見せられた玉鬘ちゃんは絶句よ。王子ったら、

「私はいたって真面目ですよ?こういう趣向を好む方ですから、仕方ないもん!」

 って言うもんだから、玉鬘ちゃんも吹き出しちゃって、

「ヒドすぎですわ、おからかいになるのもいい加減になさらないと」

 って言いながらしばらく笑いが止まらなくて大変だったわ。いや私たちね、もちろん。


侍「ハア……皆さまに笑いを提供できて、よかったわ……」

右「もはや母気分ね、侍従ちゃん」

参考HP「源氏物語の世界」他

<行幸 五 につづく

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