行幸 一
ヒカルとて、恋に溺れているばかりではない。何が最善かは常に思案し続けているが、うかうかとは動けないのだ。人目に立つようなことをして噂にまみれてしまうのは真っ平だし、誰にとっても良いことではない。以前紫上に心配されていたように、当の玉鬘が傷つくことはもちろん、ヒカルにとっても身分に相応しからぬ一大スキャンダルである。
(最悪なのは、外からその話が内大臣に行っちゃうことだよなあ。あの人は何事につけてもケジメ大事!筋通すの大事!な方だから、
『なるほどそういうことならガッツリ婿扱いするね、盛大にお披露目しちゃうよ!』
ってやりそう。えっ娘とかいって実は愛人?!そんなウソまでついて若い娘を六条院に引き取るとか大臣もお盛んだねーなんて物笑いの種になること間違いなし)
やはり何らかの形で直接伝えないと、と思うヒカルであった。
その年の師走(十二月)、大原野への行幸があった。世をあげて見物見物と騒ぐ中、六条院からも女君たちが車を連ねて出かけることとなった。卯の刻(午前六時前後)に出発し、朱雀大路から五条大路を西に折れると、桂川辺りまで物見車がびっしり続いている。
今回の行幸は鷹狩をともなう。親王たちや上達部も気合を入れて馬や鞍を調え、随身、馬副人の容貌や背丈まで揃って、飾り立てた装束が実に美しい。左右大臣、内大臣、大納言以下全員が供奉して、殿上人から五位六位までの人々は皆青色の袍に葡萄染めの下襲を着ている。
雪にうっすら覆われた道を行列が行く。しっとりと風情ある空の下、鷹狩りに携わる親王達や上達部は見事な狩の装束姿、近衛の鷹飼いたちはその上に見馴れぬ摺衣(すりごろも)を思い思いに着て、得も言われぬ雰囲気を醸し出している。
この世にも珍しい行列をひと目見ようと、誰もが我先にと押し合いへし合いして場所取りをする。身分が低いみすぼらしい車は他の車や人波に押され、車輪を潰され動けなくなっている。桂川に浮かべた舟の浮橋を行列は静々と進んでいくが、乗り切れずたもとで彷徨う女車も多かった。
玉鬘も車中からこの綺羅綺羅しい光景を眺める。
(みな我こそはと着飾ってらっしゃるけど、やはりご容貌も佇まいも今上帝には及ばない。赤い御衣がお顔に映えて、何と凛々しいお姿かしら。ヒカルさまとよく似てらっしゃる。年齢の分もう少し威厳が加わっているけれど)
(お父さま……内大臣さまはあの方?華やかな美男で貫禄がおありだわ。やはり帝には敵わないけれども……周りのお偉い方々の中では抜きんでておられる)
輿に乗る人々の観察だけでも忙しい。まして周囲の、若い女房達がキャーキャー言うような中将、少将、何某の殿上人とかいう面々は眼中にも無く、興味も湧かない。
(こうして見ると、ヒカルさまや夕霧中将さまのような方は滅多にいらっしゃらないのだわ。高貴な人は誰も彼もあのようにお美しく良い感じなのだと思い込んでいたけれど……同じ目鼻には違いないのに圧倒的な差……)
行列の中にはあの兵部卿宮、鬚黒右大将も供奉している。右大将はやなぐい(携帯矢入れ)を背負ってめかしこんでいた。
(あれが鬚黒右大将さま。日焼けしすぎているし髭がもじゃもじゃ……あんまり好みじゃないかも)
男らしく堂堂としたいでたちではあったが、若い玉鬘からすればあまりにむさ苦しく映った。
(それにしても……ヒカルさまがよく仰っていた宮仕え。私のようなものがとんでもない、無理だとばかり思っていたけれど)
帝の麗しい姿が脳裏に焼き付いている。
(ご寵愛だの何だのということではなく、普通の宮仕えとしてあの帝にお目通りできるのなら、悪くはないかも)
急速に心が傾く玉鬘であった。
一行は大原野に到着、御輿を止める。上達部の平張の中で食事をし、衣裳を直衣や狩衣の装束に改める。六条院からは酒や菓子類などが献上された。今回の行幸はヒカルにも沙汰があったが、物忌のため邸に留まった。
帝は返礼として蔵人の左衛門尉を使者とし、雉をつけた一枝を下された。
「今日のような野の行幸に、太政大臣が供奉した先例はないのだろうか?
雪深き小塩山に飛び立つ雉のように
古例に従って今日はいらっしゃればよかったのに」
ヒカルは恐縮し、
「小塩山に深雪が積もった松原に
今日ほどの盛儀は先例がないことでしょう」
歌を返し、使者を丁重にもてなした。
翌日、玉鬘のもとにヒカルから手紙が届く。
「昨日の行幸は如何でした?主上のお姿は拝見なさいましたか。例の件はその気になりましたか」
白い色紙にごく親し気に、だが他人には色めいたこととは受け取れない風に書いてある。
「本当にお上手なこと」
思わず笑ってしまった玉鬘だが(よくぞ人の心を見抜かれる方)とうすら寒くもなる。
「昨日は、
雪がちらつく曇りの朝の行幸(深雪)では
はっきりと日の光は見えませんでした
よくわからないことばかりで」
この返歌は紫上にも見せた。
「玉鬘の姫に、宮仕えはどう?って勧めたんだよ。私の娘ってだけでは何かと不便だからね。もちろんここは秋好中宮のお里でもあるから、入内と言う事ではなく仕事としてね。弘徽殿女御のこともあるし内大臣に知られたらまた面倒だなとも思って悩んでたんだけど、若い女性が内裏で働くこと自体は何も遠慮する必要はない。あの帝をちらとでも見たら、誰でも宮仕えしたくなる。そう思わない?」
「あら、嫌ですわ。いくら帝を素晴らしい方と拝見したからといって、自分から宮仕えしたい!なんて差し出がましいこと、とても言えないと思いますわ」
「笑ってるね。なるほど、貴女も同じ立場ならそうだってことね。よしわかった」
ヒカルは返事を書いた。
「日の光は曇りなく輝いていましたのに
どうして行幸(深雪)の日に目を曇らせたのか
やはりご決心を」
その後も事あるごとに宮仕えを勧め続けた。
「宮仕えするなら何はともあれ、まずお披露目として六条院で御裳着の儀式を!」
ヒカルは準備にとりかかった。精緻で品格ある調度類を新たに加え、衣裳は、当日の饗応は、招待客はと考える。いくら内々にとはいえ、そこは天下の太政大臣家である。ある程度大仰にならざるを得ない。
「結局大袈裟なことになるなら、この際内大臣にも儀式に出席してもらって、その時に知らせてしまおうか。二重にめでたい感じでいいんじゃない?よし、年明け二月だな」
家来たちにもその旨申しつけておいてから、はたと思案するヒカル。
(女の人は成人しても、誰彼の娘として奥に隠してる間は氏神への参詣も免除って感じなんだよね。だから玉鬘も今まではウヤムヤに紛らわして来たんだけど)
(裳着の儀式をやるってことは大々的に私の娘成人しましたよ!結婚できますよ!って宣言するようなものだから、知らんぷりはマズイよね。本当は内大臣、つまり藤原氏の子なんだから。藤原の氏神である春日明神の心に背くってことになっちゃう。それは玉鬘にしても本意じゃないだろうし)
(結局は隠し通せるものじゃない。後々、元から何か計略があったんじゃないの?って取り沙汰されるのも面白くない。並の身分なら当世風に改名しちゃうってのも簡単だけど、そうはいかないもんねお互いに)
(やっぱり此方から先に知らせるのが最善だろうな。よし)
いったん心を決めればヒカルの行動は速い。裳着の儀式の腰結役に内大臣を、と依頼の手紙を出した。ところが、
「去年の冬頃から病気をしていた大宮の具合が芳しくないので、そのような晴れがましい役には相応しくないでしょう」
と断わられてしまった。
夕霧も昼夜三条宮邸に伺候して懇意にしているが、何とも間が悪い。
(どうしたものか。実に世も無常だな。大宮がもしお亡くなりになったら玉鬘は孫娘として喪に服さねばならないのに、知らぬ顔のままではいかにも罪深い。生きていらっしゃるうちに是非とも打ち明けなくては)
ヒカルは見舞いかたがた、急ぎ三条宮邸に向かった。
参考HP「源氏物語の世界」他
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