おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

蛍 五

2020年11月3日  2022年6月9日 


 「侍従ちゃん、少納言さん、せっちゃんこと宣旨さん(明石の姫君の乳母)。グラスの用意はよろしいでしょうか?」

「はーい!」

「では、ただ今より第四回平安女子会を始めます。乾杯の音頭は本日の会場の主である私、王命婦がとらせていただきます。私宅ですし、お隣とも離れてますから、思い存分ぶっちゃけちゃって大丈夫ですからね。皆さま、衣更えからこちら何かとお忙しかったと思います。お疲れさまでした!乾杯!」

「かんぱーい!!!」

 しばし歓談。

王「少納言さん、この間の競い弓お招きありがとうね。行けなくて残念だったわ、どうしても都合がつかなくて。ごめんね」

少「いえいえ、とんでもない!こちらこそ今日はお招きありがとうございます!結局あの日は夜まで宴会でしたから、女子会どころではなくて逆に申し訳なかったです(それに六条院じゃ話せないことも多いですしね)。また何かありましたら必ずお誘いしますので是非!今日こちらで皆さんにお逢いできて、本当に嬉しいですわ」

侍「さあさあ、グラス空いてますよー♪それそれ♪」

右「さすがザルと枠の二人は飛ばしてるわね。私はちびちびやるわ」

せ「私もあんまり強くないのでお仲間でーす♪右近さん、このところ色々大変ですね、お疲れ様です」

右「ありがと……誰とも気づかれずに近くにいますよーって気配をかもし出すのって中々大変なのよね……宰相ちゃんや他の女房さんたちは何も知らないし、まして今絵物語の大ブームで皆頭がよそにいっちゃって超無防備状態。そこにつけこむ王子がダメダメなんだけどさ……」

少「相変わらず玉鬘の姫のところに日参されてますわね。兵部卿宮さまの方はどうなさるおつもりなのかしら」

王「几帳越しとはいえ、すっかり姿形も見せちゃってね。ホントあれアイディアとしては絶妙だわ。スケスケとはいえ布一枚は確実に隔てていたからまだ『逢った』とはいえない。たまたま偶然!蛍が入ってあんなことに!って見え透いた言い訳でも、玉鬘ちゃんにギリ傷はつかない。この先どっちに転ぼうが、ね。で自分は恋に浮かれる宮さまの動向を高みの見物と」

右「まったく、イケズ企画にかけては天下一品よね王子は。感心するわ。玉鬘ちゃんに実際本気で手を出すわけにはいかないけど、ガチで抵抗されることもないってわかってるからやりたい放題。実の父娘じゃありえない超接近状態を、いつか誰かに見られちゃったり気づかれちゃったりするんじゃないかって、それだけ心配」

せ「そういえば、このところ夕霧中将さまが明石の姫君のところによくいらっしゃるんですよ。ヒカル大臣が、きょうだい少ないんだから仲良くね!ってしょっちゅう仰ってて、ほら夕霧さまって真面目な方ですから、それは律儀に顔見せて下さるんです」

侍「エー!そうなんだ!何だか意外。夕霧くんて十五歳くらい?で、姫君が八歳?そんなちっちゃい子の相手できるんだねー」

王「そりゃあ幼馴染の姫とついこの間まで一緒にいたわけだし、お手の物でしょ」

せ「はい。お人形遊びとか、上手にお相手してくださるのでこちらも助かります。姫君もすっかり懐かれてて、今日は夕霧お兄ちゃま来ないの?明日は?ってそれはもう」

侍「あああーきゃーわいいい!

少「とっても仲睦まじいごきょうだいで、奥から見ていても微笑ましいですわ。ただ夕霧の中将さま……時折涙ぐんでらっしゃいます」

せ「ああ、そうですね。宮仕えごっこみたいなことをなさるんですけど、姫君との間に置いたおもちゃの御簾の蔭で、そっと涙を拭いてらっしゃるのを何度か見ました」

侍「雲居雁の姫ともこうして遊んだなあ、もうあの日々は帰ってこない……って感じ?いやーん切ない!泣けるう」

王「侍従ちゃん。ピュアな初恋ストーリーに水をさすようで申し訳ないけど、夕霧くん、けっこうやり手よ?

侍「……へ?どゆこと?」

右「あら、王命婦さんのところまで届いてるの?」

王「そりゃあ、あの五節の舞姫の藤典侍……惟光さんのところの娘さんが宮仕えしてますもの。筒抜け同然よ」

せ「それだけじゃないですもんね。ウチの部屋は比較的若い女房さんが多いんですけど、チラホラ話は聞いてます」

少「ああ、やっぱり。こちらも、キレイ目の若手は大体……南面の御簾の向こうには入れないのに、どうやってチェックされたのかまことに不思議で。まあお文のやりとり程度ですけれど」

侍「エエー!マジかー!引き裂かれた初恋の姫をずっと思い続けるピュアホワイトだとばっかり……そりゃ貴族男子だもんね、当たり前よね……アタシ、平安女子として修行が足りないわ……」

王「お酒が足りないのよ、ささ」

 どぼぼぼぼ。

右「それはともかくとして、あちらのお父様的にはどうなのよ。雲居雁ちゃんだってもう十七歳でしょ。平安女子としては適齢期も適齢期。夕霧くん以上の男が他にいるわけでもあるまいし、もうそろそろ許してあげてもいいんじゃないの?ていうか、早いとこくっつけないと夕霧くんフラフラどっか行っちゃうんじゃない?」

王「それがねえ、そうでもないのよ。夕霧くんは全くヒカル大臣と違うの」

少「ああ、わかりますなんとなく」

せ「絶対深入りしないですよね。見てると、女の方が夢中になる三歩前くらいで線引いてます。そもそも女房クラスでしたら身分差がありますから、そんなものといえばそうですけど、それにしてもはっきりしてる方だと思います」

侍「ってことは、やっぱりピュアホワイトなんじゃないの?男だから綺麗な女子は気になるし声かけたくなっちゃうけど、本命はただ一人!みたいな?」

右「侍従ちゃんたらいつまでも夢見る女子ねえ(微笑)

侍「うわーん!どゆことー!」

少「本命は雲居雁の姫君で間違いないと思います。ただ夕霧中将さまは……怒ってらっしゃるんですよ。内大臣とそのご子息たちに」

王「六位始まりで見下されてたのを相当根に持ってるみたいよ。内大臣の御子息たちともいとこ同士だから仲はいいけど、だからこそあの時は人前でも遠慮会釈なく浅葱浅葱ってさんざん揶揄われてたからね。その挙句のあの騒ぎでしょ。最近じゃ内大臣のご長男が、何とか玉鬘の姫君に繋ぎをつけたくて泣きついてるらしいけど、

『なるほどよくわかったよ。こういうのって他人の事だとまったく感心できないことだって』

って超絶塩対応」

侍「うわあ……キッツ。案外気が強いのねん」

王「親同士の関係と似てるのよね、お互い言いたい放題みたいなところはさ。ただ、雲居雁ちゃんのことに関しては、内大臣の方から頭下げて言って来るべきって思ってるわね、多分。あれだけ馬鹿にされてどれだけ自分が傷ついて辛かったか思い知れみたいな。そういう怒りが前提だから、色んな女性に声はかけても絶対にのめりこまない。自分が不利になるようなことは絶対にしない。あんな若いのに冷静よね。まあ、元はといえば父親のヒカル大臣のせいなんだけどさ」

右「なるほど。もしかしたらやたらと六条院内の女房さんたちに粉かけてるのも、王子に対する当てつけもあるのかもね」

少「ヒカルさまも夕霧さまと雲居雁の姫君との件はご承知で、気にかけてはしてらっしゃるんですよ。ただやはり『向こうが正式に申し込んで来るのが筋』と思ってらっしゃる節はありますね。なまじ付き合いの長い、親友でありライバルというお二方だからこそ、意地を張りあってしまうと拗れるんでしょうね。夕霧中将さまも巻き込まれてお気の毒です。お三方で腹を割って話し合うことが出来ればいいのでしょうが……」

せ「考えてみると父親がヒカル大臣って、すごいプレッシャーですよね。何一つ勝てる気しませんしでも注目は浴びるしで辛そう……でも私たちからしてみれば、夕霧中将さまは本当に礼儀正しくて聡明で、心根の優しいお方とお見受けします。そうでなければ姫君もあれだけ懐きませんし、だいいちモテません(笑)」

侍「だよね!王子とはまた違った感じのイケメンには違いない。わかるうー」

王「雲居雁の姫君とは一応お手紙のやりとり続いてるみたいだから、そのうち何とかなるでしょ。縁談の相手としては双方ともに何も問題ないんだもの。それよりアレよ、内大臣。遂に夕顔の君の娘を本格的に探す気になってるみたい。夢占いにまで聞いて、

『長年貴方さまに知られないままのお子さまがいらっしゃいます。もしや、他人の子としてお聞きになったことは?

 なんて言われたって」

侍「うわっ……鳥肌立った!当たってんじゃん!

右「でもまさか、王子のところにいるとは思わないわよね」

王「夕顔さんとの間に娘がいたこと自体は覚えてるみたいなのよ。ああー貴重な女の子なのに行方知れずにしちゃって、目を離すんじゃなかったって後悔はしてるみたい。ご子息がたにも探すように言ってるらしいけど、どうだかね」

少「私たちが何を言うわけにもいきませんものね……いったいどうなるんでしょう、これから」

侍「と、とりあえずお注ぎしますっ!」

 どぼぼぼぼぼ。

右「それにしても王命婦さん、一体どこからそんな情報を?いくら内裏の中枢にお勤めとはいえ内大臣家の内部事情まで」

王「人の口に戸は立てられないのよ。人間誰しも、話を聞くより喋りたいもの。そこをつつけば……ね」

少「さすがですわ……見習いたい、その情報収集能力と分析力」

せ「や、ぶっちゃけ此処に今おられる皆さま、全員ヤバいと思うんですけど私。あっすみません、ついヤバいとか言っちゃって。スゴイ!って意味です!いやー何でしょうか、何かがぷわーっと膨れつつあって、そのうちパーンと弾けそうですよね!」

右「……せっちゃん、酔ってる?」

侍「あっグラス空っぽじゃん!注ぐね!」

 どぼぼぼぼぼぼ。

  記 憶 寸 断。

参考HP「源氏物語の世界」他

<常夏 一 につづく

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