初音 三
今年は男踏歌のある年であった。男踏歌とは、隔年で正月十四日に行われる年始の宮中行事である。四位以下の声の良い男たちが選ばれて、清涼殿の東庭にて帝の御前で祝詞を謡い、足拍子を踏んで集団で舞う。内裏から始めて諸院、諸宮、貴族の邸などを一晩かけて巡回するのだ。今回は内裏より朱雀院、太皇太后宮に廻り、次が六条院で「水駅」(みずむまや)、一行に軽食をふるまう役割を当てられていた。
一行は途中途中で引き留められがちなので、六条院に到着したのは夜明け方であった。月が曇りなく澄み切って、薄雪のかかった庭がえもいわれぬ風情を醸し出すところ、触れの笛の音も美しく響き渡る。春の町では他の町の女君や女房たちも招待し、左右の対の屋、渡殿などを仕切ってそれぞれ物見の部屋を設けていた。玉鬘の姫君は寝殿の南の方に渡り、明石の姫君と初めて対面した。一緒にいた紫上にも、御几帳越しに挨拶する。庭を囲んでずらりと下がった御簾から零れ出る色とりどりの袖口は、曙の靄の中に忽然と現れた春の錦と見まがうばかりだ。
影も濃い明け方の月夜に雪がサラサラと降りかかる。松風が木高く吹きおろし寒々しくもある中で、こなれた青色の麹塵(きくじん)の袍に白襲、插頭(かざし)の綿花が如何にもその場に相応しい。夕霧の中将、内大臣の子息たちがひときわ目立つ良い声で謡っている。
ほんのりと東の空が白む頃、男たちはちらつく雪と冷気を浴びながら終曲の「竹河」を謡い舞う。
たけかはの はしのつめなるや
はしのつめなるや はなぞのに ハレ
はなぞのに われをばはなてや
われをばはなてや めざしたぐへて
竹河の橋のたもとには花園があるという。その花園に私を、あどけない乙女とともに放ってくれ。
声を張る若い殿上人たちの心には、誰の姿があっただろうか。
一行が去った後には夜もすっかり明け果てた。女君たちはそれぞれの御殿に帰り、ヒカルもすこし眠った。目覚めた時にはもう日が高かったが、まだ余韻が身に残っている。
(当代随一の謡い手と誉れ高い弁の少将は、内大臣の次男か。須磨に落ちゆく前、二条院で『高砂』を謡ったあの少年がもう二十歳、立派に成長したものだ。しかし我が息子の夕霧も、負けず劣らず良い声だった。不思議とこの若い世代には諸芸の道に優れている者が多い。往古の人には本格的な学問において傑出した人物も多かったけれど、こと風雅の面では必ずしも勝っているわけでもない気がするな)
(夕霧は堅実な官吏として育てるつもりで、私のようについつい色恋沙汰に偏ってしまうどうしようもなさを真似ないようにと思っていたけど、こうして見るとなかなかどうして色気もある。いつでも冷静沈着なのはいいとしても、ただ真面目一徹だけでは面白くないしモテないからね。今後大いに期待できる、うん)
ヒカルは上機嫌で「万春楽(ばんすらく)」など口ずさみつつ、
「それにしても女君たちがああやって一堂に会したのは実に壮観だった。女踏歌とはいわないが、管弦の遊びでもしたいものだな。そうだ、いっそ男踏歌の私的な後宴として催すか」
一人心を決めた。早速、美しい袋に入れて秘蔵しておいた弦楽器を残らず引き出させて、埃を払い、緩んでいる弦を調律させた。この提案を受け、女君たちも皆それぞれの練習に余念がない。六条院はあちらこちらから鳴る雅やかな音に包まれた。
参考HP「源氏物語の世界」他
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