おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

乙女 十一

2020年9月8日  2022年6月9日 

 〇引っ越しのお知らせ〇 


 こんにちは、少納言でございます。いつも大変お世話になっております。

 さてこのたび、ヒカル太政大臣さまのお住いは二条院から、六条京極へと移転いたしました。場所は梅壺中宮さまの旧居近辺で、四町余りの広い敷地にございますので、すぐにおわかりになると思います。なお人数が多いため、一度にではなく順次移動の形をとりました。

 とても素晴らしいお邸に、一同大変感激しております。落ち着きましたら、是非皆さまで遊びにいらしてくださいね。

 取り急ぎお知らせまで。


九月吉日  少納言@六条院


「こんにちは、いらっしゃる?」

「あっ王命婦さん!いらっしゃーい♪」

「こんな早い時間に珍しいわね。あ、もしかして少納言さんの引っ越しお文来た?」

「来た来た。何だかすごい豪邸みたいね。元々六条御息所さまが持ってた土地含め、一帯買い上げたっぽい。四町ってとんでもない大きさよ?ほぼ東京ドームと同じ

「ヒエー!どんだけ?!ヤバっ!」

「主な女君たちとその女房連、下仕えも何もかも一気にひとところに集めるっていったらそらそうなるよね。お庭とかも凄そう」

「図解ついてなかった?……あっ、よく見たら枚数少ないから王命婦さん代表で持っててくださいって書いてあるわ。平安時代はコピーとか無いものねえ。全部手書きだし大変」

「えっ見せて見せて!」

「はー、すごすぎー。春夏秋冬のテーマ別に分かれてんのね。一つの町だけでなまじっかなお邸よりずっと大きいじゃん」

「二条院と二条東院だって相当なのに、これお引越しメッチャ大変だったろうね。少納言さん、無理しすぎてないかしら」

「しかも引っ越し前に、式部卿宮……紫上のお父様ね、あの方の五十の賀も盛大に祝ったらしい。前の年から半年近くかけて、二条院・東院あげて準備してたって評判だったわ。見捨てられてたにも等しいお父様なのに、紫上はよくやったわよね」

「まあ、今までの王子のイケズも相当だったもんね。昔の大后さまのアレみたいにあからさまでもないし極端でもないけど、じわじわ地味にくるイケズ。王女御さまの入内だって、普通親戚だったらもう少し優遇してもいいようなもんだけど、必要最低限だけ。ハブるほどじゃないし用があれば承るけど、特に盛り立てはしない、みたいな」

「当のご本人はご招待に素直に感激して『思いがけない晩年の栄えだ』とか言っちゃって手放しで喜んでたけど、北の方は違うみたいね。今まで酷かったじゃん、忘れたの?……何、これで全部チャラどころかプラスになっちゃったりしてるわけ?全くこの人は、みたいな」

「人んちのダンナさんだけど、わかるー。あの方はさ、単純だから!見たまま聞いたままでしか判断しないんだよきっと。裏にある意味なんて考えもしないって、うん。ずーっとそうだったじゃん?」

「紫上にとっては、それでもたった一人の親族だものね。王子のイケズは紫上に対する不義理への仕返しで、紫上を愛するあまりのことだから嬉しい反面、ずっと気にはかけてたんじゃないかしら。これでもう、私の義理は返したわ!みたいな感じかな」

「エライよねー紫上は。本当、素敵な人だと思う。王子には勿体ない」

「イヤイヤ、王子以上の男なんてそうそういないでしょ!ファンだから言うんじゃないけどさ、ぶっちゃけあのお父様に引き取られてたら、ゼッタイに王子より二段三段劣る男としかくっついてない!断言するわ!」

「まあ、スペック的にはそうかもしれないけど、浮気はここまでしないかもね(笑)

「王命婦さん……それを言ったらお終いよん。目移りするからこその王子なんだし」

「あっそうそう、思い出した。王子の御子息の冠者の君ね、秋の除目で五位に上がって、侍従になられたわよ。これからは侍従の君ね侍従ちゃん」

「それはメデタイ……けど、ややこしすぎるう!呼び名を『夕霧』にしようそろそろ」

「これってさ、後世の人がつけたらしいね。帖の名にちなんで。まあ紛らわしいよねー、役職名だけだとさ。おさ子もしょっちゅう間違ってるし。てわけで冠者の君ならぬ侍従の君は『夕霧』の君ということでけってーい」

「ま、落ち着いたら女子会やりましょう。きっと少納言さん山ほど話の種を溜めてると思うわ」

「だねー♪楽しみー!」


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 六条院への引っ越しは彼岸の頃であった。さすがに一度に行うと仰々しくなりすぎるということで、中宮は後日に延ばした。

 ヒカルと紫上の移動には車十五台、前駆は四位五位の者を付け、六位の殿上人は特別に選り抜いた。世間の目を憚ってごく簡素に静々と動き、大仰に威勢を張るといったことはしない。春の町の庭は、今の季節には合わないもののとても見事であった。

 花散里の御方もほぼ同等の行列にて、息子代わりの夕霧の君が付き添った。

 女房の曹司町もそれぞれに細かく割り当ててあり、掛け値なしに素晴らしい職場環境と言える。

 五、六日後に中宮が宮中を退出、六条院に移動した。こちらは簡略とはいえ、そうそうたる行列である。持って生まれた幸運はいうまでもなく、その人柄も奥ゆかしく品格があるので、世間からも格別な存在と認識されている。

 四つの町は仕切られてはいたが、行き来が容易に出来るよう廊や橋などで繋いで、お互いに親しく交流できるようにしてあった。

 

 九月になった。

 六条院では紅葉があちこち色づいて、未申の「秋」の町の庭先は言葉で言い表せないほど素晴らしい。風がさっと吹いた夕暮れに、箱の蓋に色とりどりの花紅葉を取り混ぜたものが、ヒカルと紫上の住む辰巳の「春」の町に届けられた。

 背が高く見目麗しい童女が、濃い色の衵と紫苑の織物を重ね、赤朽葉の羅の汗衫を着て、慣れた足どりで廊を通り渡殿の反り橋を渡って参上した。格式高い作法に則ってはいるが、童女なので堅苦しさはない。とはいえ立ち居振る舞いや容姿が並ではなく、場慣れもしていて落ち着いた感じが好ましく美しい。此方側の若い女房達がこの使者を歓待するさまも、いかにも風雅である。

 手紙には、

「心から春を待つ園は我が宿の

紅葉を風のたよりにでもご覧あそばせ」

 とある。 

「なんと、憎らしいことを書いていらっしゃる。どうせなら春の花盛りまで待って返事を差し上げては?この季節に紅葉を貶めては、龍田姫のご機嫌を損ねるでしょう。ここは一歩引いて、盛りの花を盾に強く言い返したらよろしい」

 ヒカルが言ったが、紫上はどう返事をするか既に決めていた。

 この箱の蓋に苔を敷き巌と見立てて、五葉の松の作り枝に文を結び付ける。

「風に散る紅葉は軽いですが、春の色を

このどっしりした岩根の松にかけてご覧あそばせ」

 この岩根の松、よく見ると素晴らしい造り物である。咄嗟に思いついたこの粋な趣向を、ヒカルは感心しつつじっくりと眺める。御前に伺候している女房達も褒めちぎっていた。

 こんなちょっとした戯れ事にでも、機転の利いたハイレベルなやりとりがかわされる、まさに理想的な邸なのだった。


 大堰の山荘にいる明石の御方は初めから、

「わたくしのような物の数にも入らない者は、皆さま方がすっかり移られてから、それとわからないようにこっそり伺おう」

 と考えて待機していた。最後の最後、神無月になってからの引っ越しだったが、車や従者の数、部屋のしつらえなどは他に劣ることなく整えた。姫君の将来を考え、さまざまな作法なども万事につけて然程の差もつけず、きわめて破格の扱いであった。

参考HP「源氏物語の世界」他

<玉鬘 一 につづく

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