乙女 十
「ねえねえ右近ちゃ」
「こんにちはあーーー!お久しぶりでーっす!」
「っとびっくりしたあ!」
「(耳キーンってきた!)中納言ちゃん、相変わらずね。元気だった?って元気か(笑)」
「ハイ、お蔭様で!この間は可愛い後輩、小侍従ちゃんの面倒をみてくださって、ありがとうございました!とっても喜んでました!紹介した甲斐がありましたわ、さすがです!」
ニコニコしながら菓子折りを差し出す。
「あら、そんなつもりで聞いたわけでもないのに(断りようがなかったし)ありがとね」
「わーこれ、仙堂御所限定桜餅じゃん!嬉しい、お茶入れて来るねっ!」
そそくさと去る侍従。
「(逃げたわね侍従ちゃん)まあ、座ったら?今も尚侍の君に仕えてるの?」
「はい、もちろん!朱雀院のまします仙堂御所で!」
「ああなるほど。この間、二月の二十日ごろだっけ?そちらに行幸あったよね」
「そうなんです。桜にはまだちょい早いかな?ってかんじだったんですけどー、三月に故藤壺女院さまの命日があるじゃないですか、だからお庭もお邸も隅から隅まで超キレイにお手入れしてお待ちしてたんですね。で当日、御供の皆さんも、青色の袍に桜襲で揃えてらして、帝は赤色、もうメッチャ華やかー!で素敵でした!」
侍従、何気に戻って来る。
「ほおお、そういうのアタシたちは見られないから羨ましーい。ヒカル王……太政大臣ももちろん行かれたんでそ?」
「はい!それがですね、ヒカル大臣も帝とおんなじ赤だったんですよー!ああしてると、ほんっとそっくりですよねー。腹違いとはいえごきょうだいだから当たり前ですけど、親子といっても通じそうって皆でウットリしてました!」
「あ、そ、そうね!イケメン二人で眼福よね!」
「(侍従ちゃん動揺しちゃダメ!)朱雀院はお元気?」
「お元気です!こちらも、年とともにすごおおおくお美しくなられて、匂い立つような気品ってああいうのを言うんですね。お若い頃より貫禄もついた分、全然魅力度アップかもー!」
「そうなんだ!見てみたいわあ、そんないい感じの渋い美中年の朱雀院」
「右近ちゃんたらマニアね……でも私もちょっと見たい」
「そうだ!冠者の君もいらしてたんですよー。その日は式部省の省試を御前で行うってことになってまして、擬文章生さん十人ばかり呼ばれてて、その中にいらっしゃいました。やっぱ父君譲りのイケメンなのはもちろん、お品もいいし立ち居振る舞いから違いますよね!さすがです!他の学生たちは何しろ、その場に出ただけでビビっちゃってて、まして帝から勅題を賜るなんてヒイイってかんじでしたからねー」
「そらそうよね、冠者の君ってついこの間まで童殿上してたんだもん。場慣れしてるわ」
「しかもですよ!一人ずつ舟に乗せられて、池にぷかぷか浮かびつつ漢詩考えろみたいな割と公開処刑的な趣向で、周りには楽の舟もたくさん浮かんでて、演奏しながら漕ぎまわってるから、人によっては全くの未体験ゾーンですよね。完全にテンパっちゃって落ち着かない人、ボヤーっとしてるだけの人もいる中、冠者の君は余裕で楽しまれてましたね」
「さすが坊ちゃま。で、結果はどうだったの?」
「もっちろん、冠者の君は文句なしの合格ですよ!晴れて進士さまです。他は三人くらいでしたかね。半分以上落ちたってことで、案外厳しいー」
「そっかー、じゃあきっと秋の除目で位階も上がるわね。よかったよかった」
「宴そのものはどうだったの?他にもいらしてたでしょ、帥の宮……じゃない、兵部卿宮さまとか、内大臣とか」
「ハイ。皆でお歌詠んで、楽もやって、すごいよかったですよー。いつもの『春鶯囀』の舞の時に朱雀院が
『桐壺院がおられたころの、あの花の宴を思い出すね。またあのような風景を観られることがあるだろうか』
なんて仰って」
「あら意味深ー」
「ちょうど舞も終わったんでー、ヒカル大臣が院にお酒注ぎながら、
『鶯の囀る声は昔のままですが
慣れ親しんだ花の蔭はすっかり変わってしまいました』
なんてちょっとしょぼん、なお歌を詠まれたんで、院がすかさず応酬されたんですね。
『宮中から遠く離れたここ仙堂御所にも
春を告げる鶯の声は聞こえてきますよ』
ここで兵部卿宮さまがサっと帝にお酒を注がれて
『昔を吹き伝える笛竹に
囀る鳥の音まで、何も変わっておりませんよ』
って、完璧なフォローをなさって、マジ凄いなーと思いました!」
「相変わらずイケズねえ王子は。花の蔭っていうのがまた。桐壺院や藤壺女院さまがいらした頃は超はなやかだったけど今は地味だよねーって意味にもとれる」
「まーた右近ちゃんたら!単に昔を思い出しておセンチになっちゃってるだけじゃないの?」
「いや右近さんの仰る通りですよう。あれに比べたらやっぱ地味な宴でしたもん(笑)元々そんなに派手好きなお方でもないんで、
『鶯が昔を慕って囀るのは
伝っている木の花の色が色褪せてしまっているからでしょうか』
なんて自虐的なお歌も詠んじゃったり。いや、もちろんお戯れにですけどね!その後は高く昇った朧月の下で篝火に照らされながら、それぞれ楽器を弾いたり、お歌も謡ったりして、とっても雅な宵でした。で、ですね。こっからが本題なんですよう」
「えっマジで?!前ふり長すぎじゃない?何々?(ワクワク)」
「私わかったかも。どこかに寄ったでしょ?」
「さ・す・が!当たりでーす!そう、朱雀院といえばあのお母様、ですよね!何しろ太皇太后さまですから、帝もさすがに挨拶無しで還御されるのも無理ってことで、皆でお見舞いされたんですよ。夜更けだったんですけど、随分お喜びになってました。
『今はこんなに年老いて、さまざま忘れてしまいましたが、誠に畏れ多くもお越しをいただき、改めて昔の御代のことも思い出されました』
涙ぐみながら仰るので、帝も
『頼りになるべき人に先立たれてからは、春になった気分も知らぬままいましたが、今日は慰められました。きっとまたお伺いいたします』
なんて(社交辞令にしても)温かいお言葉を下さって、ヒカル大臣も
『また改めてお伺いします』
ってかんじでー、皆さまそれぞれ丁重にご挨拶なさって、夜も遅かったんでさほど長居もせずお帰りになられたんですけど、後が大変でしたよー。ご機嫌ななめでもう。
『何をどのように思い出しておられたやら。とどのつまり、あの憎い女の系譜に政権を取られるという運命は消すことができなかったんだわ……』
一度こうなると長いんですよねー。普段でも、下賜された年官年爵、御封とかちょっとでも気に入らないことがあると
『長生きした挙句にこんな世の末を見るなんて!』
『もう一度、御代を取り戻したい!』
なんて埒のないことをグチグチ言い出して止まらないんです。お歳とともに被害妄想も酷くなって、意地悪さも当社比三倍ってかんじでー、お優しい院もほとほと困ってらしてどうしたものかと……あ、この辺は内緒ですよ?」
「ああ……まああの方ならそうだろうとしか」
「そういう人に限って元気で長生きするのよねー、世知辛いわあ。あっところで尚侍の君はどうしてるの?きっとこの行幸も覗いてらしたわよね」
「ハイ!お元気ですよ!今はとーっても心穏やかに過ごしておられます。今回も懐かしいわねーってしみじみされてらして。ヒカル大臣とは、今でもたまにお手紙だけはやり取りされてるんですよ」
「ほー、そうなんだ!よく朱雀院が何も言わないね」
「とっても寛大なお心をお持ちでいらっしゃいますので。尚侍の君がなさることは一切否定されないんですー」
「いや、内心嫉妬はしてると思うよ。そうやって胸の奥で熾火がチリチリする感じを楽しんでるのかもしれないわ……イイ、とてもイイ……!」
「右近ちゃん……妄想炸裂ね。まーさすがに仙堂御所まで忍んでこられないっしょ太政大臣ともあろう方が。目立ちすぎて無理」
中納言、ウフフフっと笑う。
「ありがとうございます。そういう風に仰っていただけると、自分も身が引き締まるっていうかー、今度こそチャンとしなきゃ!負けるな自分!って思います」
「あ、そ、そう?!勝手に喋ってるだけなんだけど!」
「うん。聞いてるだけよ私たち」
「それがイイ!んです!いつまでもそのままでいてくださいね♪さて、自分そろそろ戻らなきゃなんで、今日は失礼します。ごちそうさまでした!んで、ホントにありがとうございましたー!では!」
手を振りつつ去る中納言。例によって同じ所で足を引っかけるが持ちこたえる。
「じゃあねー♪お菓子ありがとねー」
「尚侍の君によろしくねー」
「お手紙かあ……」
「侍従ちゃんもそこ気になった?終わってないよねえあの二人。中納言ちゃんだってバリバリ危機感あるんだよ、あんな風に言うってことはさ。自分で言っといてなんだけど、熾火って言い得て妙かも。消えなければもう一度燃え上がるチャンスもあるってことで」
「嵐の予感……っていっても、実際そんなでもないのかな。だって太政大臣だよ?いくらでも何とも出来そうじゃん」
「名誉職みたいなもんだから普通にまずいでしょ。帝の規範にならなきゃな立場なんだから。その意味で言ったら今でも大丈夫かって感じだけど」
「やっぱり、嵐の予感……?」
参考HP「源氏物語の世界」他
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