玉鬘 三
……ただいまより、十五分間の休憩に入ります……
タブレット、スリープ解除。
侍従「右近ちゃん!」
右近「侍従ちゃん!王命婦さんも!ありがとう、リモートひとり語り観ててくれたのね」
侍「トーゼンじゃん!少納言さんとせっちゃんも観てるけど、大勢になっちゃうから終わってからにするって。典局さんからの差し入れ、置いてあったのわかった?はちみつホットレモン、なんとお手製よん♪」
右「うん、すぐわかった。今飲むとこ!(ごっくん)美味しい!程よく酸味が効いててすごく喉に効きそう……けっこう、監のデスボイスが疲れるのよね。もう監の出番ないからいいんだけど」
王命婦「右近ちゃん、二役どころか何役もやってるものね。豊後介も、いかにも長男って感じのちょい優柔不断な感じが出てるし、次男三男もきっちりキャラ分け・年齢分けしてて凄いわ。姉妹は、ごめんちょっと右近ちゃんと侍従ちゃんのいつもの会話を思い出した(笑)」
右「あはは、ありがとう。あそこらへんはたしかに地が出てたかも(笑)声真似は、いつも王命婦さんのイタコ技を目の当たりにしてるからね。参考にさせてもらったわ」
侍「今回なんだかすっごい大河ドラマだよね。移動距離も半端ないし、ドキドキハラハラ展開!」
王「そうよね、とっても引き込まれたわ。今回初めてだけど観てよかった。終幕も楽しみ」
右「嬉しい、元気が出るわ。このはちみつホットレモンも美味しいー。ホっとする」
侍「典局さんに言っとくね♪じゃ、そろそろ引っ込むね。あと十分ゆっくり休んでガンバ!」
王「頑張ってね!またあとで!」
(二人退室)
右近、タブレットをスリープモードに切り替え、はちみつホットレモンをもう一口飲んで、ふーっと溜息。しばし目を瞑る。
ビーーーーーーーー
(荷車や人の声)
ついに、ついに懐かしい京の都に帰ってまいりました!
嬉しかったですね……その地に、再び足を踏み入れたその瞬間は。ええ……一瞬でしたけどね。
じつに十七年ぶりの京は、風景も、路を歩く人々も、さほど変わったようにはみえませんでした。変わったのはわたくしたちの方……わたくしたちは、もはや「余所者」だったんでございます……悲しいことに。
あの西の京の家はとうに無く、あちこち尋ね歩いてようやく、九条に残っていた昔の知り合いを探し当て、当面の宿を頼みました。都とはいえ、この辺りには貴族の住まいなどございません。怪しげな市女や商人などが行きかう、下た屋ばかりのむさ苦しい通りで、気持ちも晴れぬままその日暮らしをしているうちにも、季節ばかりは移っていきます。進むも退くもままならぬ、侘しい秋にございました。
頼みの長男・豊後介も、筑紫を出る時の勢いは何処へやら、水鳥が陸に上がったかのような体で、拠り所も無く慣れない都の生活にすっかりしおれておりました。どなたかにお仕えしようにも、何の伝手も無いのです。だからといって、今更どの面を下げて筑紫に帰れるものか……はっきり口には出しませんが、さきざきの見通しもないまま都に来てしまったことを悔いているのはよくわかりました。付き従って来た家来たちにもその心は見透かされ、各々縁故を頼って逃げ去ったり、元の国に帰っていったりと散り散りになり、心細さだけが増していきました。
「豊後介や……これから、いったいどうなるのかねえ。こんなに人も減ってしまって、落ち着いた住まいを得るあてもなく、姫君をお守りしていけるかしら……貴方も一日働きづめで心配だわ」
「いいえ母君、何ほどでもありません。わが身のご心配は無用。ただ姫君お一方の身代わりとなり申して、どこへなりとも、たとえ死んでも問題ありますまい。私がどんなに栄えたとしても、姫君をあのような下賤な連中に投げ与えるなど、寝覚めが悪すぎる」
心底からの、悲壮な決意を語る息子に、わたくしはただ頷くしかなく……我が子にこれほどまでの重荷を担わせてしまって、何と不甲斐ない親でしょうか。新たな涙にくれるわたくしに、息子は動じることなく、さらに言いました。
「神仏は、我らが行くべき方角を示して導いてくださるでしょう。ここから近い所に、八幡宮と申される神がおられますが、筑紫でも参詣しお祈りしていた松浦、筥崎と同じ社です。あの国を離れる際も多くの願をかけてきました。今、こうして都に無事辿り着き、暮らせているのですから、お蔭様でご加護を得て上洛できましたと早くお礼を申し上げに伺わないと」
八幡宮とは、石清水八幡宮のことです。仮住いで欝々と過して来たわたくしたちは一も二もなくその提案に乗り、揃って参詣いたしました。事情をよく知る人に問うたところ、夫が生前懇意にしていた社僧がまだ残っておりましたので、呼び寄せて願解きもしていただきました。みながみな、あれほど晴れ晴れとした気持ちになったのは、本当に久しぶりのことでした。
思うに、あの頃の豊後介には神か仏か、何か人ならぬ力を持つものが宿っていたのではないでしょうか?
「続いては、仏様にもお参りいたしましょう。その中でも初瀬という、国内有数の霊験あらたかなお寺がございます。なんでも、遠く唐土にまでその功徳は届きましたとか。唐土に比べれば筑紫など、何ほどの距離でもありません。姫君にもきっとご利益があることでしょう」
そこまで言われて、反対する者がいるわけがありません。ただ、初瀬……長谷寺は大和の国(奈良県)にあり、牛車でも三日はかかる距離です。
「辿り着くまでの辛苦が大きい程恵みもあるようです。徒歩で参りましょう!」
さも当たり前のことかのような豊後介の一言で、うっかり皆従ってしまいましたが、これがまた想像以上に大変なことで……いえ、わたくしは一番の年寄りでしたが、まだ普段何かしら動いてはいましたので、急がなければ何とかなりました。問題は姫君です。大事に大事に奥に隠されて、狭い家の内すら滅多に立ち歩かれることもなかった姫君は、当然のことながら一番の足弱にございました。
もちろん休み休み、ゆるゆると歩きましたが、姫君にとっては人生最大の、とてつもなく苦しい旅だったと思います。若さのみで何とか無我夢中で皆のあとをついていかれましたが、いっそ死んだ方がマシというくらいのお気持ちだったでしょう。
「私はいったい前世にどんな罪を犯して、今こんな流浪の日々を送っているのかしら……母君、母君に逢いたい……もしこの世を去っておられるなら、私を哀れと思って、どうか其方にお連れください。もし、この世におられるのなら……ひとめお顔をお見せください」
小休止の度に、こっそり小声で仏さまにお願いされている姫君は、それはそれは弱弱しくおいたわしくて、皆が、自分こそはしっかりしなくては!と心を奮い立たせる糧となりました。面影すら記憶にはなく、生きているのか死んでいるのかも定かではない母君への祈りは、どこにどう向けたらよいのやら……辛い徒歩の旅の道中、脚の痛みをだましだまし、新たに生まれた悲しみを噛みしめながら、やっとのことで椿市(つばいち)……寺の入口に到着いたしました。出立してから四日目、巳の刻(午前十時)ごろにございました。
姫君はもう半死半生の体で、もう一歩も動けないくらい疲れ果ててらっしゃいます。まだ日は高うございましたが、やむを得ず寺参りの人のための宿に飛び込みで入りました。
わたくしどもの一行は姫君の他、豊後介、弓矢持ちの護衛が二人、下人と童が四人、娘の兵部の君とわたくし、樋洗いの童女と老いた下女二人の総勢十三人でございました。姫君のご身分を考えれば信じられないほどの少人数ですが、寺の中の狭い区切りの中では、目立たないよう静かにしておりました。豊後介が仏前に供える燈明などを買い足しにいったりしているうちに、いつしか日も暮れました。
宿の主人である法師が、
「なんだなんだ、この有様は。事前にお約束した方たちがいらっしゃるというのに、勝手に客を入れたりして、何をしているのだ!」
などと、下女を叱っているらしき声が聞こえてきました。何と無礼な、わざわざ聞こえよがしに……と憤然とするうち、本来ここに泊まるはずの人々が入って来られたのです。
参考HP「源氏物語の世界」他
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