おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

乙女 七

2020年9月1日  2022年6月9日 
内大臣は二日置いて再び大殿に参上した。これほど頻繁な訪問は滅多にないので、母の大宮も驚きつつ喜んで迎えた。我が息子ながらもう立派な大人であり立場も重いので、尼削ぎの髪を手入れし小袿を着るなど服装をととのえ、直接顔を合わせることなく対面する。
 内大臣は見るからに機嫌が悪い。
「こうしてこちらにお伺いするのも何だか気が引けますね、いったい女房たちが私をどう見ているのかと思うと。そりゃ私なんぞ元より大した身の上ではございませんが、生きている限りはお目にかからせていただき、ご心配をかけることのないようにと常々念じております。おります……が!あの不心得者のせいで、母君をお恨み申さずにはいられないことが起こってしまいました。親を恨むなどとんでもない、落ち着けと自分に言い聞かせておりましたが、やはり抑えがたく存じまして……!」
 いきなり喧嘩腰に、しかも涙を浮かべながら訴えるので、大宮は化粧をした顔色も変わるほど目をむいた。
「いったい何事ですの?こんな年寄りに、気が引ける、恨むなどと」
「思えば、預けっきりで自分ではなかなかお世話もできないままでした。まずは身近にいた姫君の宮仕えをどうにかしないと!と右往左往していた故ですが、こちらでもう一人の姫君をきっと一人前にしてくださるものと信頼しきって、お任せしておりましたのに……実に心外で、悔しいことです!」
 一切口を挟ませない勢いでまくしたてる。
「たしかにあの年齢にしては、天下に並ぶものなき優れた若者ですよ?それは認めます、ですが、あまりに近しい者同士が何となく流れで結婚するなど、いかにも浅はかで人聞きもよくない。たいした身分でもない同士でさえその手の縁組は憚りますのに、ヒカル……あちらの父君にとっても体裁が悪いでしょう。まったくの他人、初めての家で、ゴージャスかつ華々しく大切にされてこそでしょ、貴族というものは。それが縁者同士の馴れ合いの結婚って、あのヒカルだってエ?!って思うんじゃないですかね。まあ、そこは置いても、何ゆえ私にお知らせくださらなかったのか……かくかくしかじかと予めご説明いただいていたなら、もうちょっと考えて、世間的にももっともらしい理由をつけてどうにかしましたものを。未熟な者同士の心に任せて放っておかれたのが、まことに!残念にございます!」
 唖然としたまま聞いていた大宮は、ここぞと口を開く。
「お話はわかりました。それがもし本当ならば、貴方がそう思われるのも当然のことでしょう。ですが、わたくしは全然この子たちの本心など存じませんでした。とても驚きましたし、残念なことで、こちらこそ貴方以上に嘆きたいくらい。そのわたくしにまで罪を負わせる、そのお心も悲しいことですわ」
 溜息をつき、更に言い募る。
「外孫とはいえ、お世話をはじめてからは殊の外可愛く思えて、貴方のお目が届かないところまでもしっかり、きちんとしてやろうと内々に考えてはいたのですよ。まだ年端もゆかないうちに、孫可愛さに目が眩んで急ぎめあわせようなどと、そんなことするはずがないでしょう。いったい誰がそのようなことを申し上げたのでしょうか?つまらぬ世間の噂を真に受けて、そんな風に容赦なく仰るのも如何なものかしら?根も葉もないことで姫君のお名に傷がついたら何としましょう」
「どうして根も葉もないことなどと。仕えている女房達も蔭では皆笑っているようですよ?ああもう、口惜しい!面白くない!」
 内大臣は言い捨てて、足音も高く出て行った。
「まあ、酷い。お年寄り相手に」「あれ程までに怒るようなこと?」
 事情を知る女房同士は同情を寄せるが、昨夜蔭口を叩いた二人は戦々恐々である。
「どうしてあのタイミングであんな話をしちゃったのか私たち……」
 と密かに悔やんでいた。

 内大臣はその足で姫君の部屋へと向かった。ただただ愛らしい、何も知らない姫君の姿を一瞥し、お傍付きの乳母たちを問いただす。
「いくらお若いと言っても、ここまで幼稚で、無分別でいらしたとは知らなかった。よくぞ一人前に育った、と思っていた私こそいい面の皮だよ」
 いきなり来てまくしたてる内大臣に、みなが狼狽える。
「大事に大事にかしずかれている内親王さまですら、過ちを起こすことはありますよね。昔物語にもあるように、二人の気持ちを知る者が隙をみて手引きなどをすれば」
「このお二人は長年、明けても暮れても一緒に過してらしたんです。どうしてその幼いお二人を、大宮さまの差配を飛び越えて私どもが引き離すなどできましょうか」
「たしかに仲睦まじくいらっしゃいましたが、一昨年ごろからははっきりお二人を隔てる扱いに変わりました。若い人の中には人目をかいくぐって、何としたものか……ませた真似をする向きもあるようですが、このお二人に限って夢にも色めいたことはございませんでした。少なくとも私どもは全く存じません」
 口々に知らなかった、気づかなかったと訴える。
「よし、暫くの間このことは他言無用だ。隠し切れないことだろうが、噂にはよくよく注意して、せめて事実無根だともみ消すように。これからは私の近くに置くことにする。大宮さまのやりようが恨めしいよ。お前たちだっていくらなんでも、こうなってほしいとは思わなかっただろう?」
 内大臣の言葉から、どうやら自分たちは責任を負わなくて済むと受け取った女房達はやれ嬉しやと追従する。
「まあ、とんでもありません。姫君の継父である按察使大納言さまのお耳に入ることをも考えますと、いくら立派な若者とはいえ、臣下の……しかも六位の方とあっては、何を結構なことと望んだりいたしましょう」
 姫君は問われても何が悪いのか、何を言われているのかも理解できず、ただひたすら子供のように泣きじゃくる。
「どうしたら傷物とされずにすむ道ができようか」
 内大臣はこっそり乳母たちと相談し、大宮だけを悪者にする。

 一方大宮の方も内大臣を恨めしく思っていた。
(わたくしも、やはり内孫の、冠者の君の方をより愛していたのだろうか……こんなことになっても、そんないじらしいお気持ちだったのねお可愛らしい、と思うだけで、傷をつけたのつけないのなどとは全く。たとえお二人がこのまま結婚したとしても、何が悪いというのかしら?)
(そもそも息子は、此方の姫君には初めからさほどの関心も持たず、大事にお可愛がりになろうなどとも思っていなかった。わたくしが今までこうしてお世話してきたからこそ、春宮への入内も検討できるまでになったというのに。自分の思い通りにいかないからといって、あの態度はどう?)
(だいたい、同じ臣下と結ばれるのならば、冠者の君以上の方がいる?顔形や立ち居振る舞いからして、同等の方などどこにもいない。むしろこの姫君以上の身分の方こそ相応しい、とまで思うのに)
 もしお互いの心の内を見せ合ったならば衝突必至である。そこはやはり親子なのであった。

 こんな騒ぎになっているとも知らず、夕暮れ時に冠者の君がやってきた。昨夜は人目が多すぎて言葉をかわすどころか手紙すら渡す暇もなく、モヤモヤしたままだったからだ。
 大宮は、いつもは何を置いても微笑んで来訪を喜ぶのだが、今回は真顔のまま応対する。
「貴方のことで内大臣がお恨みなの。とてもお気の毒でした。人に感心されないことに夢中になられて、心配をかけさせるとは辛いことです。こんなことお耳に入れたくはなかったのだけれど、まったくご存知ないままなのも不都合かと思ってね」
 まさに心配していた通りのことに、冠者の君はさっと顔を赤らめた。
「何のお話なのかさっぱり……静かな所に独り籠りましてからは、ともかく誰とも交際する機会がございませんので、お恨みになるようなことは何もない、……と思いますが」
 狼狽を隠せない孫の様子を可哀想にも思った大宮は、
「いいわ、これからはご注意なさい」
 というだけに留め、話題を切り替えてしまった。
ー記事をシェアするー
B!
タグ

コメント

notice:

過去記事の改変は原則しない/やむを得ない場合は取り消し線付きで行う/画像リンク切れ対策でテキスト情報追加はあり/本や映画の画像は楽天の商品リンク、公式SNSアカウントからの引用等を使用。(2023/9/11-14に全記事変更)(2024/10より順次Amazonリンクは削除し楽天に変更)

このブログを検索

ここ一か月でまあまあ見てもらった記事