松風 五
「あっ少納言さん!いらっしゃーい!」
「いらっしゃい。こっち来るの久しぶりね」
「ちょっと近くまで来たもので。今、大丈夫ですか?」
「ちょうど今休憩しようかって言ってたとこー。お茶入れてくるね♪」
「まあ休憩メインで仕事時々って感じだけどね(笑)ささ、中へどうぞ」
侍従、お茶とお菓子を運んでくる。
「はーい今日は頂き物の栗のグラッセでーす♪美味しいよ!」
「で、今日はどうしたの?例の山荘の話?ウチの兄から多少は聞いてるけど」
「あ、そうなんですね。さすが話が早いですわ。そのことなんですけど、どうも本格的にあちらの姫君を紫上の養女にするプロジェクトが動き出したみたいで」
「エー!そうなんだ!」
「それは楽しみね。じゃあ準備とかでこちらに?」
「いえ、まだ具体的にいつっていうのはないんですけど、つい嬉しくて、まだ用もないのにお店やなんか見たり、お子さんがいる局を見学に行ったりなんかしちゃったりして」
「あーわかる。ウキウキしちゃうわよね、あのカーワイイ子がついにって思ったら。でもよく承諾したわね、お母様が。あっちにしたって一人娘でしょ?」
「そこなんです。どうもまだ話も出してないっぽいんですよ。聞いて下さいよ、あの三泊のはずが三.五泊になった後の話」
「イエー!待ってました♪」「どうぞどうぞ♪」
二条院にお帰りになったのはもう朝方でしたね。ちょうど起きてらした紫上がお迎えしたのですけれど、まあテンション高かったですわ。
「いやーゴメンゴメン、遅くなって。風流人たちが大挙して訪ねて来てね、帰ろうとしたところを無理に引き留められちゃって、つい長居してしまった。飲み過ぎたよ。あー頭痛い……ちょっと寝るね」
そのまま普通に寝てくださればいいのに、必ず余計な一言を添えてしまうのがヒカルさまなんですね。お疲れだろうと、何も聞かずに寝間の用意をする紫上に向かってこうですよ。
「同等ではない人をああだこうだと想像して比べてるなど悪い癖ですよ。私は私と思い成してください」
右「ぁあ?!何言っちゃってんの?!」
侍「右近ちゃん怖い(泣)」
いやもう、ホントに。何でですかね。意味わかりませんよね。罪悪感の裏返しなのかもしれませんけど、だったらごめんねーお休みーでいいじゃないですか……。
結局日暮れに参内されたんですけど、バタバタ準備してる時に脇で隠しながらサササっとお手紙書いてコソコソ使者を出されてましたね。多分、明石の方への。はた目にはどうでもいい感じには見えませんでした。むしろいつもより気合を感じた、っていうのが女房連の統一見解でしたね。
その夜は内裏に宿直の予定だったんですけど、バツが悪かったのか、夜更けに退出してらしたんですね。そしたら絶妙なタイミングで、朝出された手紙のお返事を使者が持って来て。西の対に直接ですから、もはや隠すことも出来なくてそのままご覧になってらしたんですが、特にマズイ箇所も無さそうとわかったのかひらん、て落して
「これは破り捨てておいてください。まったく面倒くさい。こんな手紙が散らかるのも、もう似合わない年になってしまったよ」
脇息に寄りかかってじっと燈火を眺めてらっしゃる。切ないお顔でね。文は広げたままほったらかし。
右「自 分 で 捨 て ろ や。何で紫上に捨てさせるのバカなの?!」
侍「う、右近ちゃん落ち着いて!」
もちろん紫上は手も触れず、見もしませんよ。そしたら
「そんなに無理しないで。見てみぬふりのその目つきが厄介ですよ」
なんて、ニッコリ微笑まれるんですよ。その瞬間、辺り一面パーって光り輝いてこぼれんばかりの魅力に溢れていて、憎らしいことに周りにいた私たち女房連までポーッとなっちゃいました。
侍「恐るべしキラキラ☆オーラ……年を経て更にパワーアップしてるのねん」
右「確かに。王子以外の男なら次の瞬間シバき倒されるセリフよねコレ。半端ないわ」
まさにそのタイミングですよ、
「実はね、可愛らしい子に逢ってきたんです。縁が浅くも見えないが、かといって一人前に扱うのも憚りが多く困っていてね。私の身になって考えてみて、あなたが決めてほしい、どうすべきかを。ここで育てていただけないだろうか?古事記に出て来る蛭の子が海に流されたのは三歳、その子も同じ歳だが疵ひとつなく、とても見捨てられないんだ……袴着の儀を取り計らってやろうと思うんだけど、お嫌でなければ、そのいとけない腰結を引き結ぶ役を務めてくれない?」
右「あーもうこれは承諾以外の選択肢ないわね」
侍「うまい!さすが王子!てかアタシならここまで手練手管使わなくてもオールオッケーだけど!」
ええ、もちろん紫上は快諾されました。引き受けない理由がありませんもの。
「わたくしはいつも、思ってもいない方にばかり受け取られてしまいますからね。その貴方の冷たいお気持ちを、無理に気づかない振りをして無心に振る舞っていてはかえって良くないでしょう?わたくしのこの素直さが、幼い姫君のお心にはきっとかないますわ。三歳、どんなに可愛らしいお年頃かしら……いつ頃此処にいらっしゃるの?今すぐにでも抱っこして一緒に遊びたいですわ」
それはそれは喜んで、楽しみにしていらっしゃいます。もちろん私も。
ただ、あちらへ行かれるのも頻繁にというわけには参りません。嵯峨野の御堂の念仏の日に合わせるとすれば、せいぜい月に二度程度。年に一度の七夕の逢瀬よりはマシでしょうが、これでどうやって相手を説得して姫君をこちらに連れてこられるのか、お手並み拝見といったところですね。
右「うーん、けっこう大変かもね。お母さんも一緒に来られるといいんだろうけど、それはイヤなんだよね?」
侍「ていうかさ、養女にするんなら同じ屋根の下に元のお母様がいたら色々面倒なんじゃなーい?数えで三歳てことは二歳でしょ?ギリギリ、今日から紫上がお母さんだよーってやっても何とかなる微妙なタイミングよね」
少「そうなんです、全くその通りで、連れて来るなら一日も早い方がいい。実の母の記憶がはっきり残っちゃうと厄介ですからね……いくら乳母のせっちゃんが一緒だといっても」
右「明石の君や尼君にしたらキツイ話よね。今まで可愛がって育ててきたんだろうし。王子、納得させられるようガンバって感じかな」
少「そうですね……そこはキチンと筋を通していただいて、此方は精一杯フォローしていかないとですね」
侍「ああーマジでつら!玉の輿つら!でも、姫君には会いたいなー。早く来ないかなー」
右「そうね。私たちに出来るのって、楽しみに待つことしかないのよ。少納言さんだって同じ。あんまりアレコレ考えすぎず、ゆったり待ちましょ」
少「ありがとうございます。そう言っていただけるとホントに……やはりお二人のおられるここは私にとってかけがえのない場所ですわ。いつもいつも感謝してます」
右「いやいや、そんな大層な場じゃないから。単なるお喋り場だから」
侍「お菓子つまみながらキャッキャするのいいよねー。令和コロナは気の毒。何でもない日常こそ大事だわん」
少「ですよね。本当に……あっいけない、長居しすぎました。これで失礼します、手土産も何もなくてごめんなさい」
右「全然!また来てね!」
侍「いつでも手ぶらでオッケー♪」
何度もお辞儀をしながら少納言去る。右近、侍従手を振る。
「さーて、もうひと仕事しますかそろそろ」
「あら侍従ちゃん、珍しい。今日は定時ダッシュ?まー兄も帰って来てるしね(ニヤニヤ」
「エ?!な、何言ってんの?!そ、そんなんじゃないから!」
「明石の女房さんとは別に何もないみたいよー、軽くやり取りしただけで。心配ないと思う」
「だからあ、関係ないってー」
御簾がザっ、と音を立てて開く。
「貴方たち、仕事終わったの?」
「い、今からちゃんとやりまーす!」「ええ今すぐ!」
(久々の結び)
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