乙女 五
「なあに侍従ちゃん」
「今年は除目が遅れてるってホント?例年ならとっくにお知らせ出ていい時期よね」
「あー、何か立后が揉めてるみたいよ」
「リッコウ?」
「次の中宮さまを誰にするかってやつ。弘徽殿女御さまか、梅壺の女御さまかで真っ二つらしい」
「へーーーえ。まあ、アタシたちからしたらどっちでもええやーんて感じだけど、要はヒカル王子(現・内大臣)と元頭中将(現・右大将の大納言)の戦いって感じ?」
「最近入内された王女御さまも忘れないであげて。元兵部卿宮、今は式部卿宮の娘さんね」
「あーいつも王命婦さんが差し入れてくれるお酒の出元の!紫上の父君だよね。え、てことは腹違いのきょうだいかー。でもさ、さすがに無理じゃない?特にご寵愛深いって話も聞かないし」
御簾が揺れる。
「だけど父君は必死なのよ」
「王命婦さん!いらっしゃーい♪」
「いらっしゃい。今日はゆっくりできる?」
「多少ね。お茶しましょ、式部卿宮さまのお持たせの花びら餅美味しいわよ」
「わーい!オッシャレ―!お茶入れてきますね♪」
「とすると、最新情報ね?ささ、奥へ」
いつもの場所に落ち着く三人。
「で、どうなってるの?誰が優勢?」
「今のところ、やっぱり梅壺かしらね。一番最初に入内してご寵愛もめでたい弘徽殿女御さまがはじめは最有力だったのよ。故藤壺中宮さまが先々帝の皇女でいらして、今また前春宮の忘れ形見である梅壺女御さまがってなると、皇統が続いちゃうからさ」
「ああなるほど。昔から、中宮は一定の臣下筋からっていう慣習あるもんね。故桐壺帝の御代は色々と異例なことが多かったから」
「へ?そうなの?全然知らなかった!え、じゃあ弘徽殿女御さまじゃん?何で梅壺優勢?」
「そこよ。鍵は式部卿宮さま」
「えっ王子じゃなくて?意外!」
「やっぱり娘可愛さでね、無理とわかってても主張したわけよ。亡き藤壺中宮さまは妹君だしさ、母方の縁が深いからってことで。
『母代わりとして後見できるしっかりした方を、という亡き中宮のご遺志に従うべき』
これを争点に持ってきたわけ。そしたら王女御さまだって候補に入れるからね」
「そっか、王女御さまも帝よりかなりお歳上だものね。でもその二人で対決となると、ご寵愛でいったら圧倒的に梅壺。気の毒だけど、父君自ら我が娘を選挙でよくある当て馬的な役割にしちゃった感」
「エー凄いね!わかりやすい!てっきり権謀術数ドロッドロで決まるのかと思ってたこういうの!」
「侍従ちゃん漫画の読みすぎ!」
「(笑)いやまあ、一応大義みたいなのはないとさ。今後も揉める元になっちゃうし。今回は、式部卿宮の天然に救われたって感じね、王子も」
「どうせ涼しい顔で成り行きを見守ってたんでしょ王子は。イケズだから」
「まー王子にとっては、どっちだろうが別に構わない、どうとでもなると思ってたんじゃなーい?そういう無欲な感じがラッキー棚ぼたを呼ぶのよねん」
「そうそう、そんな感じよ。右大将にしても、昔の右大臣とは全然違って見栄えも人柄もいいしさ、威厳もお品もあるし実務能力にも長けてる。本音を言えば任せきりたいとか思っちゃってんのよね内大臣も」
「イヤイヤイヤ、まだダメっしょ!ダメダメ!アタシが許さん!」
「単にメンドクサイだけでしょ王子は。まだまだ昇るわよ心配しなくても」
「ふふふ、本当に面白いわここでのお喋り。まあ、立后はほぼ決まったから、除目ももうすぐよ。さて、そろそろお暇しなきゃ」
お茶を飲み干し、立ち上がる王命婦。
「いつもありがとうね、またね」
「ごちそうさまでーす♪また来てくださいねーん♪」
閑話休題。(今回多め)
この辺り、原文だけだと何で梅壺なのか?がイマイチよくわからず、またもや「窯変源氏」に頼らせていただきました。この「臣下」というのは「藤原家」なんですね。その昔、中宮は藤原家筋から出すべきっていうことにしたみたいです。左大臣家・右大臣家というのはどちらもその実「藤原」系だったってことですよね。一度も具体的な姓名は出てきてないですが、当時であればだれでも察しがついたことだったのかもしれません。そうか、だから頭中将は決まった呼び名がないのね、と妙に納得してしまいました。
参考HP「源氏物語の世界」他
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