おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

松風 四

2020年8月2日  2022年6月9日 
チーッス、右近靫負です。じゃなかった、このたび自分、靫負尉(ゆげいじょう)になりました。ちなみに位階は五位、順調な出世ってやつですねフフフン。てことで大堰・桂院レポします。よろしくッス。
 山荘に一泊した翌日は、朝からヒカル内大臣のお供で嵯峨野の御堂に出向いて、毎月の十四・十五日・晦日の日に行われるはずの普賢講、阿弥陀、釈迦の念仏の三昧はもちろん、さらに何を加えるべきか決め、堂の飾り、仏像の道具類など、触れを出してそれぞれに振り分けたッス。まあこっちもこっちで大事な仕事なんで、時間かけて詰めました。それでも月の明るいうちには大堰の山荘に戻ったッス。
 明石最後の日の晩を思い出したんスかね、女君側からすかさず琴の琴が差し出されました。ヒカルさまが形見にって預けたあの琴ッス。おおー懐かしいねってことでしみじみしたヒカルさま、思わず引き寄せて掻き鳴らされたッス。絃の調子も狂ってなくていい感じだったんで、当時をありありと思い出されたんでしょう、
「絃の調子が変わらぬうちにとお約束した通り、今ここにいる
 私の心をお判りいただけたでしょうか」
 って詠んで、女君の返しがコレ。
「変わらないと約束されたことを頼みにして
 松風の音に泣き声を添えてお待ちしておりました」
 くーっ。レベル高いっスね。こんなやり取り自分には無理ですわ。これだけ見たらどこの上級貴族?って感じッスもんね。お二人ともラブラブでお幸せそうで何よりッス。いやマジで、明石にいた頃より明らかに御執心でしたねヒカルさまも。自分らは覗き見するわけにもいかないし実際出来ないんでわかりませんけど、態度が全然違う。大堰にいる間は超イチャイチャしてました。
 本当言うと、あんまりにも女君が二条院に移ることを渋ってらっしゃるんで、姫君だけ連れてっちゃう?て話はしてたんスよ。さすがに内大臣の御令嬢ともあろう姫君が、こんな山里で引き籠って育つのも世間体悪いし、明石より相当近づいたとはいえ、ここまで通うのは不便で面倒なことに変わりはないですしね。
 だけどこうして実際に顔合わせちゃうと、中々切り出せるもんでもないッスよね。母と子を引き離すことになるし。姫君がこれまた可愛い盛りで、最初は恥ずかしそうに隠れてたのにだんだん慣れて来て、自分らに対してもニコニコ笑いかけるわぴょんぴょん跳ねたりするわでもうたーまりませーんって感じでした。ありゃ絶対将来有望、超絶美人確定ですわホント。
 ヒカルさまがその子抱っこして立ってる姿もね、全然所帯臭い感じも無く、それこそ絵物語から抜け出たみたいな感じ?女房さんたちもウットリでしたね。

 で、翌日帰る予定だったんスけど、朝ゆっくりしてる間にえらいことになっちゃって。内大臣が桂院にいらっしゃる!って聞いてワラワラ参集してた人たちが、アレ?いない?何処何処?こっちだってよ!ってもんで山荘に大挙して押し寄せて来たんすよ。しかも殿上人まで結構な人数で。朝寝坊してらしたヒカルさま焦る焦る。
「うわ、カッコ悪……発見されるの速くない?若者ぶって隠れて女のとこ行ったなんて思われてたら痛すぎじゃん」
 慌てて身支度されて、やいのやいのいう声に引っぱられる体で外に出られたんス。ただ女君に碌に挨拶もしないままだったからって、戸口の辺りでウダウダしてたんスけど、そこに乳母のせっちゃんが姫君を抱いて出て来たんス。うわーおはようー今朝も可愛いねーなんつってちょっと撫でたりなんかして、
「ヤバいしばらく会えないと思うとメッチャ辛い……どうしたらいいんだろ。まさに『里遠し』だね」
※里遠みいかにせよとかかくのみはしばしも見ねば恋しかるらむ(元真集-二七三)
「遙か遠くで訪れを望むべくもなくただ思っているだけの頃より、これからのお扱いの方がはっきりしないなんて、余程気がかりなんじゃないですかね」
 さすがのせっちゃんチクリと一刺しのお返しッス。で、姫君がニコニコ手差し出して、抱っこちて?みたいな援護射撃すよ。もう全面降伏ッスよねそんなことされちゃ。ヒカルさま膝までついて、
「ああもう、何でこう物思いの絶えない我が身なんだろ。これじゃ行くに行けないよお父さまは。母君はどこ?どうして一緒に出て来て別れを惜しまないの?そうしてこそ、人の心の機微ってものも教えられるってものじゃない?」
 なんて仰るもんだから、せっちゃんも思わず笑って、女君にそのまま伝えたんス。
 まあこういう、何ていうんですか、後朝の女の振舞いとして、物思いに耽る体で臥せってるってのが確かに定番なんスけど、さすがに大袈裟かなって思いましたよね。ここ都じゃないですし、実際上級貴族でも何でもないし。女房さん達もちょい呆れ気味に、焦ってさあさあ!って急かしてやっとッスよ、渋々いざり出て来たのは。几帳の蔭から自分も遠目にチラ見したんスけど、横顔のシルエットは確かに綺麗でお品があるし、醸し出す雰囲気は皇女さま?って思う程高貴なんスよね。いや見たことなんてないですけどね?
 それでもそこはヒカルさまで、帷子を引き上げて何やかや語りかけられるんスよね。もうサッサと出ちゃえばいいじゃんメンドクセーとか自分は思っちゃいましたけどね、そこが圧倒的な違いなんだなあモテと非モテの。立って出ていらした後も、振り返って暫く目を離さないんスよ。マジ凄いわ、あれだけやられたらそりゃどんな頑なな女も落ちますって。
 またヒカルさま、今が旬!っていいたいくらいのキラキラ☆オーラ振りまいてますからね。帰京する前の精悍ワイルド風味から、すこーし肉がついて逆に均整が取れた感あって、年齢的にも立場的にも相応しい貫禄っつうかね、着こなしが更に板について、指貫の裾の空き加減とか揺れ方までイケメンなんスよ、マジで。いや家来の贔屓目っちゃあそうかもしれないッスけどね(笑)。
 それにひきかえ自分はまだまだッス。昔より昇進したもんだからすっかりいい気になって、ドヤ顔でヒカルさまの御佩刀を取りに行ったんスね、昔馴染みの女房さんとこに。
「昔のことは忘れていたわけではありませんが、畏れ多くてお訪ねできずにおりました。浦風を思わせる今朝の寝覚めに、ご挨拶申し上げる手立てすらなくて」
 なーんてポエムちっくに気取って声かけたら、
「『八重立つ山』は全く『島隠れ』の浦にも劣りませんのに、『松も昔の』の歌の如く松以外に気にかける者はおられないと思っておりましたわ。お忘れでなかったとは存じませんでした。まあ頼もしいこと」
 ゴッテゴテに歌引用しまくりのコレ。けんもほろろとはまさにこの通りッスね。
※身を憂しと人知れぬ世を尋ね来し雲の八重立つ山にやはあらぬ(後撰集雑二-一一七三 読人しらず)
※ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れ行く舟をしぞ思ふ(古今集羈旅-四〇九 読人しらず)
※誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに(古今集雑上-九〇九 藤原興風)

「酷いなあ、自分だって全然思い悩まなかったわけでもないんだけど」
 相当凹んだんスけど、
「まあ、いずれ改めて!」(キリッ)
 って感じで退散しました。

 何しろ内大臣さまですから、しずしず威儀正しく進む車に途中から大勢人が群がって来るわけですよ。前に出て来る者は前駆が大声で払って後ろに回らせて、ってやって。そのうち、出世頭の若手公達まで顔出して来たもんだから、ヒカルさまの車の後部に乗せたんですね。頭中将とか、兵衛督とか。
「ちょうどいい隠れ家と思っていたのに、いちはやく見つけられてしまって悔しいよ」
 実際マジで詮索されたら困るところなんスけど、そこはヒカルさまなんで、わざとかるーく冗談めかして自分から言っちゃうスタイルでしたね。
「昨夜の月に、ああお供しそこなった、残念!と存じましたので、今朝、霧をかき分けて参上しました。『山の錦』はまだのようですね。野辺の色は盛りでございました。何某の朝臣が小鷹狩りにかかずらわって遅れていますが、はて何処に行ったのやら」
※霜のたて露のぬきこそ弱からし山の錦の織ればかつ散る(古今集秋下-二九一 藤原関雄)
 まあお若い方らしき、どうでもいい会話ッスね。
「今日はやはり桂殿で!」
 ってことで結局、帰る日が一日延びるの決定ッス。桂院じゃ突然大人数が現れて酒宴の準備ってことで大騒ぎ、鵜飼たちを急きょ呼び寄せてました。須磨や明石での、海人たちも同じように賑やかだったッスねえ。懐かしいッス。
 野原で夜明かし?てことになってる例の公達は、小鳥を申し訳程度に結び付けた荻の枝を手土産に参上されました。宴が始まると酒の盃が何度もぐるぐる廻り続けて、みんな酔いに紛れて一日過したッス。川近くなんで、万一誰かが落っこちたらマズイんで、自分らは潰れないよう控えてはいましたけどね。

 各自が漢詩文の絶句なんか作ったりして、月が明るく差し出た頃、大がかりな管弦の遊びが始まりました。メッチャ華やかでした。
 弾楽器は琵琶や和琴ぐらい、笛は上手な人だけ、季節に相応しい調子を吹きたてるのに川風が吹き合わせてマジ風雅って感じ。そのうち月が高ーく差し昇って、何もかも澄みきった感じに夜が更けていったころ、殿上人四五人ばかりが連れ立って参上されたんス。
 みんな殿上の間に伺候してたんスが、ちょうど管弦の遊びがあったついでに帝が仰ったそうなんス。
「おや?ヒカル内大臣はどうした?今日は六日間の物忌が明ける日だから必ず参内されるはずなのに。何故?
 どなたかがここに御滞在の由を申し上げたところお手紙を書かれて、蔵人弁を使者として遣わされたそうです。
「月のすむ(澄む・住む)川の向こうの里なので
 桂の影はさぞかしのんびり眺められることでしょうね
 羨ましい」
 出仕サボって遊んでるのが帝にまでバレちゃった挙句、責めるどころか楽しそうだね♪ってこりゃキッツイッスよね(笑)さすがのヒカルさまも面目ないって頭抱えてました。
 殿上人がたにしたって、いつもの職場で大人しく遊ぶより、そりゃこんな雰囲気ある山里に遠出して、秋を身近に感じながら身に沁みる楽を満喫するほうが酒も進むってもんですよ。ところでこの宴に来た客への引き出物、この桂院には何も用意がないもんで、大堰の山荘にお願いしに行ったんす。あり合わせでいいからって、急ぎ衣櫃(きぬびつ)二荷(ふたかけ)を持ってきてもらって、すぐに帰参しなきゃならない使者の蔵人弁に一領女装束をあてがいました。
「久方の光に近いのは名前だけで
 朝夕霧も晴れない山里ですよ」
※久方の中に生ひたる里なれば光をのみぞ頼むべらなる(古今集雑下-九六八 伊勢)
 行幸お待ちしてます☆ってお気持ちを込めた返歌ッスね。「中に生ひたる」って元歌を朗誦なさってるうちにあの淡路島を思い出されたんでしょう、躬恒が「所からか」と詠んだ逸話なんか話題に出して、しんみりしましたね。なんせ酔っ払いばっかりなんで涙腺が緩い。
※淡路にてあはと遥かに見し月の近き今宵は所からかも(古今六帖一-三三二 躬恒)
「めぐり来て手に取るばかりに近くに見える月は
 淡路島を遙かに眺めた月と同じなのだろうか」
 ヒカルさまが詠むと、
「浮雲にしばし隠れていた月の光もいまでは澄み切っています
 今宵はいつまでものどかでありましょう」
 頭中将が「今は貴方の世ですよ」とばかりに返す。
 少し年かさの左大弁、故桐壺院の御代にも睦まじく仕えていた人は
「雲の上のすみかを捨てて夜半の月は
 いずれの谷間にお隠れになったのだろうか」
 と往年の日々をしんみり懐かしむ、などなど、他にもまだ色々ありましたけど省略します。なにしろ多すぎて覚えられなかったッス。
 ここに来てる人らは何やかや仲間内ですからね、気兼ねもいらないし、おハイソな会話からインテリジェンス溢れる議論、昔話まで何でもござれで、それこそ千年でもここにいて楽しみたいって風情だったんスけど、さすがに紫上さま言うところの「斧の柄も朽ちて」しまいそうなんで、お開きになりました。
 例の引き出物を身分に応じて分けるのも、人数多いですから時間かかりましたけど、とにかく帰路につきました。霧の絶え間に見え隠れする皆の衣裳の色合いが、前栽の花かと見まがうようなあざやかさで、超オシャレでしたねー。列に付き従ってる人たちの中には、近衛府の名高い舎人や芸能者もいましたから、この趣深い中に黙って歩くだけなのは勿体ない!とばかりに、皆で「其駒」など謡いはやしたんで、超アガりましたね。すげえ良い声だしメチャクチャ上手いですから。ヒカルさまも喜んで、アレもコレも持ってけって衣裳をどんどんお与えになって、皆肩にかけるんですけど、その色のカラフルなことキレイなこと、秋の錦を風が吹き散らしてるみたいでしたね。うん、詩人ッスね自分も中々。
 とにかく大騒ぎでしたから、大堰の山荘にももしかしたら聞こえたかもしれませんね。ただこんな感じで手紙を出す暇も無かったんで、ヒカルさまはちょっと心配顔でした。大堰・桂院レポは以上っス。靫負尉でした!
参考HP「源氏物語の世界」他
<松風 五 につづく
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