関屋 一
「右近ちゃん、ありがと。はー、慣れないことすると疲労度三倍増しだわあ」
「大輔命婦さんが退職されたのは聞いてたけど、常陸宮邸がそんなことになってたとは。大変だったね。てか侍従ちゃん、よくぞここまで黙ってたよね。王命婦さんも感心してたよ、侍従セキュリティ最強って」
「いやー、もう言いたい気持ちはエベレスト級だったんだけど、周りの人間関係まるっと壊しかねなかったからねー、怖すぎて切り出せなかったってのが真相。ぶっちゃけ疚しい気持ちが無限大!だったのよね、結局見捨てた形になっちゃったし……やっとスッキリ!したわよマジで」
「いや充分やり尽くしたと思うよ。平安女房の副業はあるあるだけど普通はそこまで面倒みないからね。ささ、お茶でもどぞ。あと王命婦さんから差し入れもね」
「わあーーーい!何々?どこのスイーツ?」
バサっと紙束が置かれる。
「エっ何コレ。まさか今度は王命婦版手記?」
「ううん、まあ読んでみて。短いからお茶請け程度にね」
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どうもーっ、右近将監でーっす。あ、違うかもう靫負になりました♪右近靫負っす。今日は、何を血迷ったか文章書いてみちゃったり?してます!侍従ちゃんもすなる手記をってね♪いや、会ったことないんだけどさ!
伊予介って覚えてる?ホラ「帚木」で出て来たじゃん、ヒカルの君が方違えに行った邸の持ち主。あんときは不在だったけどね。あの人、実は自分の父だったんスよ。エーっ?!そんな設定知らんかったマジで!じゃあ右近ちゃんのおとーさんでもあるってこと?!ってなるけど、この手記はまあスピンオフっていうかー「別世界線の話」としてその辺華麗にスルーしてくれると助かるな☆ってことでヨロ!
で、その伊予介なんだけど、桐壺院が崩御された翌年、今度は常陸介として任国に下って、例の帚木の女「空蝉」の君ね、一緒に連れてった。ヒカルの君の都落ち話はもちろん常陸国にも届いたんだけど、手紙送るにも伝手も何もないし、そもそも距離が遠すぎて一体どういうことになってるのか明確にはわかんないしで、全く何の交流もないまま過したんだよね。そのうちヒカルの君が帰京されて、その翌年の秋には父も帰任になったんスよ。
で、父一行が逢坂の関(琵琶湖の西端辺り)に入る日、ヒカル大臣もたまたま石山寺(大津)に願果しの参詣ってことで出かけてたんスよね。京から出て来てた兄の紀伊守とかお迎えの人たちが、
「内大臣の御一行が今日この辺で参詣だって!」
って予め教えたから、そりゃきっと道中渋滞するわってことで夜が明けるか明けないかのうちから急いだんスけど、女車が多くて超スローペースなうえに道一杯に練り歩くもんだから進まない進まない。すぐ日が高くなっちゃった。
自分は勿論ヒカル大臣にお供してたんスけど、粟田山(京都府東山区辺り)を越えたあたりで前駆の人たちが打出(うちいで)の浜までワラワラ先に出てったみたいで、父一行はああこりゃ無理だってことで関山で一旦停止っスよ。あちこちの杉の木の下で車の轅を下ろして、木陰に座りかしこまってやり過ごそうとした。まあ先に行けそうな車は行かせたりはしたんスけど、それでも一族多いですからね、結構な人数だった。
その車十台ほどスかね、衣裳の袖口とか裾とかの色目もキレイにこぼれ出て見えてるのが、こんな田舎じゃちょっと見ないくらいの品の良さで、斎宮様の下向の物見車か何かスか?って感じだったんスよ。ヒカルさまはもちろんのこと、前駆の人たちも皆この女車の列に目が釘付けでしたね。
九月(現十月)最後の日だったんで、紅葉も色が出そろって、一面霜枯れの草むらとのコントラストが得も言われぬ趣深さってやつ?そこに颯爽と現れる内大臣ご一行さまッスよ。目にも綾なる色とりどりの狩襖(かりあお)は、それぞれジャストフィットの刺繍や絞り染め加工、そんな超絶オサレ集団が関屋からスっと出て来たひにゃそれはもう、ねー。ヒカルさまは例の「空蝉の君」の一行だと知るや、簾を下したままの車からあの小君、今は右衛門佐になった青年を速攻召し寄せて
「今日の関迎えは、無視しないよね?」
なーんて、懐かしいね!覚えてるよって感じでお声かけッスよ。マメだよねー。佐はもう緊張しすぎて言葉が出ない。後で聞いたんスけど、空蝉の君ももちろん忘れてなくて、あの頃を思い返して胸のうちを詠んだらしいッス。
「行くも帰るも逢坂の関、せき止めがたき私の涙を
絶えず流れる清水と人は見るでしょう
きっとお分かりいただけまい」
エモいッスね、マジ。
石山寺から帰る時、右衛門佐が出待ちしてて、通らせていただいて恐縮です的なご挨拶に参上したんス。昔イロイロあった関係で、五位を得るまではお蔭を被ったんスけど、例の騒動があった時には世間の目を憚って常陸に下向しちゃったんスよね。ぶっちゃけ逃げた、と。内大臣も多少根に持ってないこともなかったんスけど、一切表には出さず、昔と同じとはいかずとも親しいご家来の一人として破格の扱いだったみたいッス。
兄の紀伊守、今は河内守になってますが、同じように内大臣に対しては少々体裁が悪い。右近将監を解任されてお供に下った弟の自分が今や靫負、格別なお引き立てをいただいてるのは一族の誰もがよく知ってて、
「どうしてわずかでも、世におもねる心を起したのか」
って後悔しきりでしたね。ま、ドヤって感じッスね正直(笑)。
ヒカルさまは佐を召し寄せて、例によって女君へお手紙ッスよ。佐は、
「随分昔の話で、すっかりお忘れになっていても不思議ではないのに、何といつまでも変わらぬお気持ちでいらっしゃる……」
っていたく感激してたみたいッス。手紙の内容はコレ。
「先日は、貴女と私のご縁の深さを知らされましたよね。そうは思いませんか?
偶然に近江路でお逢いしたこと、ちょっと期待しちゃいましたが
甲斐はありませんでしたね、琵琶湖はやはり潮海ではないから。
関守(夫の常陸介)がただ羨ましく、忌々しく思われましたよ」
「長年のご無沙汰も、今更と気恥ずかしいものの、心の中では時の流れも関係なく、ただ今のことのように思う性分なのです。またチャラい振舞いだとますます疎まれてしまいそうですが」
言付け込みで姉のところに持って行って、
「お返事はとにかくいたしましょう。こんな私を嫌うどころか、昔と全くかわらぬ態度でやさしくお気持ちをかけてくださる、ひとしお有り難いことです。浮気ごとの取りもちまでは無用のことと思いますが、全てを撥ねつけるようなことはとてもできません。女の身としては、お情けに負けてお返事をしたところで、何の非難も受けますまい」
熱く説得ッスよ。女君からしても気恥ずかし過ぎて身の置き所がない気持ちだったとは思いますが、まあ久しぶりのことだし、もう一度こんな機会があるかどうかもわかんないですからね、お返し来ました。
「逢坂の関はいったいどのような関なのでしょう
こんなに深く嘆かせて仲を割くなど
まるで夢のような心地でいます」
まさに、愛しさとー切なさとー心強さとー♪って感じッスよね。こういう、昔の女にも全力で向かっていって、しっかり心を揺り動かす我が主人の力技、マジ凄いと思います。自分も精進しますわ。
そんなこんなで京に戻ってきた父の常陸介は気が緩んだか年のせいか病みついて、自分ら子供と顔を合わす度ただ継母のことばかりを頼んでました。
「万事、この母君の心にのみ従って、私の生きている時と変わらず仕えよ」
毎日毎日おんなじことばっかり言い続けてましたね。
女君は元々身寄りがないし、父が大分年取ってからの後添えで子供も生まれなかったし、弟はもう別家庭だし、周りは他人しかいないしで、
「辛い運命の下に産まれ、この夫にまで先立たれたら、どんなに落ちぶれるのか……何処ともしれない所を彷徨うことになるのか」
って不安しかないッスよね。
「命には限りがあるから、惜しんだとて止める術はない。この方のために残しておく魂があればいいのだが……我が子たちがどこまで面倒を見てくれるやら、知れたものではないし」
父はずっと心配して、何とか自分が生きてるうちに生活基盤を作ってやろうとしていたみたいですが、出来ないうちに亡くなっちゃいました。
その後暫くは「父の遺言どおり」、皆一応それなりに優しく振る舞っていたんスけどね。やっぱり実子ではないし、どうしても家族同様親身にとはいかず、だんだんギクシャクしてきた。まあ想定内っていうかよくある話なんでね、女君は自分さえ我慢すればとりあえず生活してはいけるって思ってたようなんですけど、兄の河内守がねーちょっと。昔からこの継母にちょっと関心があったんスよね。
「父上にもよろしく頼む、と言われてますので、至らない私ですが、何なりと遠慮せず仰ってください」
って、ご機嫌取ろうと必死!になって一気に距離詰めすぎた。兄弟の中じゃ一番真面目でお堅い兄なんスけど、ムッツリっていうか結構粘着質っていうか、まあ不器用なんスよね。ゆっくり時間かけて少しずつ警戒を解いて、周りにも根回しして、その上でしょ。いくら何でも父が亡くなって間もないのに、グイグイ押し倒さんばかりに迫ってったらそら逃げますわな。世間体も悪いし。
「両親も早世、夫にも先立たれ、ひとり生き残って、終いにはこんなとんでもない事態に……もう何も見たくないし聞きたくない」
女君はひとり思い悩んで、誰にもそれと知らせないまま尼になってしまいました。
仕えていた女房達は寝耳に水で、何でもっと早くにご相談くださらなかったのか、水臭いと涙涙ッスよ。兄もそうとう凹んで
「私をお厭いになってのことなんだね。まだ先の長いお年でいらっしゃるのに。これから先どう過ごしていくおつもりか」
ってブツブツ言ってたらしい。つまんない負け惜しみのお節介ってやつだよね。まー、そんな感じだった。オチも何もないけど、ひとまず自分の知ってる話はここまで。じゃ、また♪
参考HP「源氏物語の世界」他
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