おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

蓬生 二 ~侍従手記②~

2020年7月6日  2022年6月9日 
幸か不幸か、その頃ちょうど王子が赦免されて都に帰って来る!って話が表に出たのよね。そりゃあもうメデタイ!って世間は大騒ぎよ。今まで冷たーく知らんぷりしてた人たちは華麗に手のひらクルー
「自分だけはわかってましたよきっと許されるって!」「お帰りになる日をずっと待ってました!」
って、男女も身分もカンケーなく、ワラワラ湧いて出て群がって売り込みに必死。我こそはオイシイ分け前をいただこうってね。あの時は傍で見てても世の中って……ってなったよね。まして王子本人は、帰京前後はコバエみたいにぶんぶん飛び回って寄って来る輩をさばくのに大変で、何かを思い出すどころじゃ無かったと思う。当然、常陸宮邸に連絡なんて来るわきゃない。
「ああ、もうこれでお終い……長年、ヒカルの君のご不運を悲しくお気の毒な事と思いながらも、きっとあの方ならば春の中の春、『萌え出づる春』にまた巡り逢うだろう、そうなってほしいと願い続けていたのに。取るに足りない下賤の者たちまでが喜び騒いでいる君の昇進などを、他人事として聞かねばならないとは。訪れが殆ど無くて悲しかったことも『わが身一つのためになれる』、つまりひとり芝居だったと……最初から何の甲斐もない仲だったということなのね……」
 さすがのニブ……いや超がつく世間知らずの姫君も事態を理解したか凹みまくって、あばら家の片隅で人知れず号泣されてた。
※岩そそく垂氷の上の早蕨の萌え出づる春になりにけるかな(古今六帖一-七 志貴皇子)
※世の中は昔よりやは憂かりけむわが身一つのためになれるか(古今集雑下-九四八 読人しらず)
 そこにいらした大弐の北の方、つまり叔母さまね、溜息をつきながら
言わんこっちゃない。そもそも、こんな貧乏ったれで誰が見ても恥ずかしい有様の貴女を、一人前の妻として扱う奇特な方なんぞおりませんよ。仏様や聖人だって、罪の軽い人ならよくお導きもされましょうが、この状況で偉そうに世間を見下して、父宮や母君がご健在の頃と一ミリたりとも変わらずにいようという、そのご高慢っぷりにはいっそ感心しますわ。泣いてても仕方ないでしょうが。しっかりなさい」
 ってビシバシ辛辣に言い放った後、
「ねえ姫君?『世の憂き時は、見えぬ山路を』尋ねよというではありませんか。エイヤで飛び込んでみる勇気も時には必要ですわよ?田舎暮らしなどむさ苦しい、下品なものとお思いでしょうが、私たちだって別に鬼でも蛇でもないんですから、世間体の悪いようなおもてなしは決していたしませんよ。悪いことは言わない、ご決心なさいな
※世の憂き目見えぬ山路へ入らむには思ふ人こそほだしなりけれ(古今集雑下-九五五 物部吉名)み吉野の山のあなたに宿もがな世の憂き時の隠れがにせむ(古今集雑下-九五〇 読人しらず)
 一転猫撫で声よ。家の外に出たこともない桐の箱入り娘には到底太刀打ちできない、この説得力とド迫力。心折れまくりの女房さん達の方がすっかりその気になっちゃって、
「ああもう、せっかくのご提案なのに何故乗ってくださらないの。現状、このボロ屋で朽ち果てていくだけの未来をどうお考えになって、ここまで意地を張られるのかしら全く」
 ってヒソヒソ文句よ。アタシもやっぱその方がいいんじゃないかなーって思って、説得頑張ってみたんだけどさー、全っ然ダメ。無理。そりゃあ京の都の中ですら出たことないのに、いきなり筑紫の国(九州)はハードル高すぎだわよね……わかる。それはまあ、わかる。けど、ホントにこのままだともう終了!しか見えないし、アタシだっていつまでも通ってられないからさあ……こっちはそれこそボランティアだし、本業に差支えの無い程度にしか関われないもん。ただでさえ忙しくなってきてたし。
「侍従ちゃん、ちょっといい?」
 業を煮やした叔母さまが手招きよ。
「こうなったら少々荒療治で行くしかないわ。耳貸して」

「姫君、折り入ってお話が」
「何かしら侍従さん」
「実は私、結婚することになりまして(嘘)」
「えっそうなの?!おめでとう、どんな方かしら。お祝いしなきゃね」
「それが、その……実は叔母さまの甥御さまにあたる方なので(嘘)」
「……えっ」
「私も筑紫についていくことになりまして(嘘)」
「……そう、なの……」
「姫君もご一緒しませんか?私、姫君をここに残したまま出立するなんて心残りで、心配でたまりません。ここにいても、邸はどんどん荒れて寂れていくばかりですし、そのうち全部崩れちゃうかもですよ?」
「……」
「私がいなくなったら、後は本当にお年寄りばかりですよね。お掃除もお炊事も、ただでさえ人足りてないのにますます出来なくなっちゃいますし」
「……」
「(キタよだんまり攻撃……)筑紫の国って私も行ったことないですけど、気候がよくて賑やかで、食べ物も美味しいみたいですよ?私がいれば安心じゃないですか、行きましょうよー!」
「……」
「姫君、」
「……ら」
「なんですか?もう一度仰って」
「……もし、あの方がいらしたら、わたくしが此処にいないと……あんなにしみじみと、心を込めた深い契りをかわしたのですもの……いつかは思い出してくださるはず。いまは忘れていらしても、風の便りに、わたくしがこんな酷い有様で暮らしている、と聞かれたらきっと訪ねてくださるはず」
「姫君……それは」
「だから、わたくしはここから離れない。調度類も何もかも、あの頃のまま、変えないで置いておくの。だって、ここを引き払ってしまったら……それこそ、万に一つも逢うことはできなくなるのよ?それはわたくしには、堪えられない……!」
 号泣。
 結局のところ、姫君は王子のこと大好きなのよね。そりゃそうよね、物語から抜け出てきたようなイケメンでさ、物越し柔らかで優しくて、お金持ちで。アタシもファンだからわかる、推しから物理的に離れるのは嫌。筑紫なんて、須磨や明石以上に遠いし、どうひっくり返っても王子が来るなんてこと絶対ありえないもんね……なーんて、鼻真っ赤にして泣き続ける姫君を見て考えてたら、もうなんも言えなくなってもらい泣きしちゃったわ。ミッション大失敗の巻。しょぼん。

 四の五のいわず、サクッとお文でも出してみればよかったのかもしれない。でもさ、アタシの伝手っていったら皆差しさわりがあるじゃない?右近ちゃんのお兄さんが一番確かだけど、それだと情報元がバレっバレ。ヘタ打って王子に嫌われちゃったりしたらそれこそ多方面に大迷惑。王命婦さんにしても同じ、まして少納言さんには絶対頼めないでしょ。王子の真意を直接聞けない以上、リスク高すぎて動けないわけよ。
 その時ちょうど法華八講もあってさ。どこもかしこもバッタバタでもうニッチもサッチもってなって、ふーやっと終わったわあって一息ついた時、また来たわけあの兄君!
「いや凄かった、権大納言殿の御八講に参上してきたのだ。まことに立派で、この世の極楽浄土ともみえる装飾、それにもまさる荘厳さと興趣の限りを尽くしておられた。あの方は仏か菩薩の化身でいらっしゃるのだろう。五つの濁り深きこの世に、よくぞお産まれになったものだ」
 そう、案外デキる奴だったみたいなのよあの兄君。けっこうなハイレベルのお坊さん達ばかり選り抜かれてたから、参加するだけでも倍率高くて大変だったはず。ていうか、最初に、決まった時点で言ってよってかんじよね。さすがに現地で王子と直接話したりは無理だろうけど、ご家来衆になら何か出来たじゃん、お手紙でも言付けでも。実の兄君なら、妹が心配で~っていう体で押せばいけたよね……後で聞いて頭抱えたわよ。頭はいいのかもしれないけど、そういうことホントいっこも気がつかないんだよね。いきなり帰りがけにフラっと来てベラベラ一方的に喋りまくったかと思えばすぐお山に帰っちゃって。マジ使えない。
 兄妹同士なんだからさ、もうちょっとソッチの暮らしはどうだ?とか、聞けよって思うよね。この邸が潰れちゃったらそんな風に立ち寄って自慢話する場すらなくなるわけじゃん?姫君もさあ、黙ってないで少しは言えばいいのに、多分あの兄君、妹と王子が一時期つきあってたことさえ未だに知らないよ?
「……それにしても、こんな寄る辺ないわが身を、辛く不安なまま放って過しておられるとは、無情な仏さま、菩薩さまだわ。やはり、これきりの縁ということなのかしら……」
 お?姫君、ついに諦めの境地に?! チャーンス到来ー!
 ってとこでタイミング良く、ラスボス……大弐の北の方がアポ無しで登場……!

 と思ったら、中々入って来ない。どうも門扉の左右の戸が両方傾いて倒れ込んでて、車が入れなかったらしい。家来の男衆がやんやと騒ぎながら取り除けて、草ぼうぼうの中やっとのことで南面のここまで車を寄せてきた。
「ああ、大変だった……本当にもう、この邸に住むには限界なんじゃありませんの?私たちも早く出立しなければと思いながら、貴女のお気の毒なご様子が見捨て難くて今まで延ばしに延ばしておりましたが、流石にもう行かねばなりません。……侍従ちゃん、準備はできてる?」
 煤けた几帳の前で、アタシに目くばせするわけ。(首尾はどうだった?)黙ってそっと首を左右に振ったら(そっかー、やっぱりね)だって。
 すぐそこに停まってる車も立派だし、衣装も小奇麗に整えて、いっぱしの奥様然としてる叔母さまはいつもよりテンション高く、
よろしいですか姫君。故宮がご存命のみぎり、受領に嫁した私は面汚しとまで罵られ、見捨てられました。それ以来このお邸とは距離を置いておりましたが、私のいない間いったい何をなさっておられたのでしょうね?いずれ貴女お一人きりになることは分かり切っていたのに、高貴な身分に思い上がり、どなたかに縁づけることもせず囲い込んでしまって。たまたま大将殿がお通いになるという幸運が舞い込まれ、私もあやかりたいと思いつつ遠慮がちに過ごしていましたが、こうなってみると私のような数ならぬ者はかえって気楽な立場にございます。私など及びもつかない、近寄れないとみておりました貴女が、このような悲しい境遇に陥ってまことに気の毒な事と思いつつも、近くに住んでおれば何かあっても駆けつけられるし、と呑気に構えておりました。ですが、この度筑紫という遙か遠くまで下るのです。いったい頼る者もいないこの邸でどうなさるのかと心苦しく、悲しい気持ちにもなりますわ」
 長々語りたおすんだけど、例によって姫君はだんまりで返事も無し。やっと口を開いたと思ったら、
「叔母さまのお気遣いはとても嬉しいのですが、世間知らずの私なぞがどうして一緒に行けましょうか。このままここで朽ち果てようと思っております」
 まるっとお断りだ、みたいな。
「なるほど、そのようにお思いになる。わからなくもないです。しかし生きながらこんな気味の悪い住いに暮らし続けたようなためしはないでしょう?もし大将殿がお手入れくださるなら、たちどころに玉の台にでも成り代わりましょうよ、たいへん頼もしゅうございましょうが、ただ今のところは、二条院にいらっしゃる女君より他に心をお分けになる方もないようです。昔から浮気性なお方で、かりそめに通われた人々は皆離れてしまったようですよ。まして、こんなみすぼらしい有様で藪原に過している人が未だに操を立てて頼みにしてらっしゃるなんて、想像もつきませんよ。わざわざお尋ねになるなど、まずあり得ないことでしょう」
 正論オブ正論。ぐうの音も出ない。もう泣くしかないよねえこれじゃ。
 こんな調子で言葉を尽くして宥めすかしたけど、姫君は動かざること山の如し。日も暮れて来て、困り果てた叔母さま、遂に最後の勝負に出た。
「では、侍従だけでも連れていきますからね!」
(エッ)
(振りよ、振り!)
「え、えーと姫君、それではまず今日のところはお見送りだけでも参りましょう。叔母さまが仰られることももっともなことですし、姫君が迷われるのも当然です。間に立つ私は見てるだけでシンドイですよよよ……」
「皆行ってしまうのね。長年仕えてくれたのに、あげられるような衣装が何もないわ……」
 ごそごそ音がして、出してこられたのが「かもじ」いわゆるエクステね、百%人毛の。抜け落ちた髪を綺麗に洗ってまとめた3m近い長さのかもじ、そりゃあ見事だった。それを小奇麗な箱に入れて、薫衣香をひと壺添えて下さった。
「貴方とは絶えるはずのない間柄と頼みにしていたけれど
思いのほか遠くへ行ってしまうのですね
 貴女のお母様、亡き乳母が遺言したこともあったから、不甲斐ないわが身でも最後まで仕えてくれるものと思っていました。見捨てられるのも当然ですが、誰に後を頼めばいいのかと……悲しい」
 いやもう、良心の呵責がビシバシよ。もうちょっとで、イヤイヤ嘘なんですう!すべては姫君を引っ張り出すためのエサなんですう!ってぶちまけちゃうところだったわよ。
「乳母の遺言(嘘:ウチの母まだピンピンしてる)はもとより申し上げるまでもなく、長年耐えがたい生活を耐えて参りましたのに、このように思いがけない旅路に誘われて、遙か遠くに彷徨いゆくこと
 お別れしたとしても見捨てるわけではありません
 行く道々の道祖神にかけて誓いましょう
 寿命だけはわかりませんが」
「侍従ちゃん、行くわよ!暗くなっちゃうから早く!」
 こうなったらもう仕方ない。アタシも最後の勝負!よ。荷物ひっつかんで車乗って、出て行く振り。でもここまでやっても、姫君のお気持ちは一ミリたりとも動かなかった。振り返っても振り返っても、ただ悲し気にこちらを見てるだけ。え……そんなもんだったの?アタシの存在なんてって、ちょっとショックだったなーさすがに。
「案外アッサリだったわね侍従ちゃん。貴女になら最後の最後についてく!って言うかなーって思ってたんだけど」
 ため息交じりに叔母さまにも言われたわ。
「まあ、でも気にすることないわよ。あの姫には他人の気持ちなんてわからないし、わかろうともしない。そういう発想の無いヒトだから、侍従ちゃん自身がどうとかじゃ全然ない。この際此処とは縁切って、ホントにいい人見つけなさいね。後はこちらで何とかするから。今までありがとね」
 泣いちゃったわ……やっぱいい人じゃん叔母さま。

 ただ邸内では、アタシが出て行ったことの衝撃は大きかったみたいで、もう年取って碌に働けなさそうなご老人たちさえ
「いやはや、無理もないことです。どうしてこんな所に残っていられましょうか。私たちもとても我慢できそうにありませんわ」
 って、それぞれの伝手や縁故を思い出して出て行く気満々。姫君には可哀想なことをしちゃったけど、もうどうにもなんない。

 十一月(霜月)に入って、雪や霰の降る日も増えて、他の屋敷なら消える程度でも、この邸じゃ枯れ果てた雑草や葎が朝日や夕陽をさえぎって常に日陰だから、ふかーく積もったまま。越の白山か?と思う位の深雪で、出入りする下人もなく、ただぼんやり暮らす姫君。どうでもいいお喋りをして、泣いたり笑ったりして気を紛らわせる人(アタシね)もいない、昼も夜も埃だらけの御帳の内で、寄り添う人もいない。寂しいものよね。
 アタシももうこれで実質お役御免になっちゃったし、たまにそっと様子をうかがうくらいしか出来ることなかったんだよね。叔母さまたちはもう出発しちゃったし、そりゃお手紙くらいは出してくれるだろうけど、姫君がちゃんとお返事するかっていったら、きっとしない。そりゃあもう断言できる。アタシを強く引き留めたりしなかったのも同じなんだけど、アレって優柔不断とか、遠慮深いとかじゃないんだよね……物凄く意思が強いんだよあの姫君は。自己中とかそんなもんじゃない、ただ自分の気持ち!だけ!が彼女の中に存在してるもので、他の人がどう思ってるかとか、どう気を配ってくれてるかとか、存在すら感知してない。そこは兄君とそっくり。
 やっとそこに気づいたところでどっと疲れちゃって、もうどうにでもなーれってほっといたまま、いつしか年を越したわけ。
参考HP「源氏物語の世界」他
<蓬生 三 につづく
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過去記事の改変は原則しない/やむを得ない場合は取り消し線付きで行う/画像リンク切れ対策でテキスト情報追加はあり/本や映画の画像はamazonまたは楽天の商品リンク、公式SNSアカウントからの引用等を使用。(2023/9/11-14に全記事変更)

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