おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

松風 三

2020年7月31日  2022年6月9日 
「ねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「ヒカル王子、まだ帰って来てないの?遅くない?」
「あー、何だか桂川の辺りで捕まっちゃってるみたいよ。ウチの兄も帰ってこないし」
「え?!王子って例の明石の人とお泊りデートしてたんじゃないの?少納言さんに聞いたよ?紫上に、
『ああ、しまった。ちょっと桂に行かなきゃいけない用があったのに忘れてた。随分日が経ってしまったなあ、訪問するって約束した人があの辺に来て待ってるっていうのに。まあ、大したことではないんだけどさすがに気の毒だし、あとホラ、嵯峨野の新しく造ったお堂。まだ飾りつけの出来てない仏像もあるし、そのついでに二、三日泊りで行って来るね!』
って、いかにもビジネスマター!的な感じに言って来たんだって。それで、
『そうですか。お泊りはあの、急ぎ造営されたという桂の院ですの?』
『そうだね』
『その、お待ちになっている方とやらもご一緒なのですよね。二日や三日で足りますの?きっと斧の柄が朽ちて取り換えるほどの長期になられるのでしょうね、待ち遠しいこと』
※斧の柄は朽ちなばまたもすげ換へむ憂き世の中に帰らずもがな(古今六帖二-一〇一九)
 完全にバレバレで王子絶句よ。
『ちょっとちょっと、何でそんなプンスカしてるの?普通に出張みたいなもんだよ?悲しいなあ、ヒカル内大臣もすっかり落ち着かれたね、昔とは大違いって世間でも評判なのに』
 とかなんとか宥めてるうちに出るの遅くなったけど、キッチリ直衣着こんでおめかしして、側近のご家来だけ連れていそいそ出てったって」
「なるほど(笑)侍従ちゃんも中々上手いね王子と紫上の真似。それでウチの兄も連れてかれたわけだ。確かに、桂院に行く前に例の大堰の山荘には寄ったみたいね。今でもずっとそこにいるのかどうかは知らないけど」

 ピコーン♪

「あっせっちゃんだ!」
 タブレットを取り出す侍従。パスコードを入力する。

せ「こんにちはー、宣旨の娘です。定時報告いたします」
侍「はいこちら侍従でーす!どうぞ!」
右「時代は変わったわねえ(変わってない)」
せ「まずヒカル内大臣なんですけど、今朝がたそちらへお帰りになられたと思います。今夜内裏で宿直のようなので。結構な二日酔いのはずですから、暫く二条院で休んでから行かれるんじゃないでしょうか」
侍「結局、大堰の山荘には二泊?三泊?」
せ「二泊ですね。三泊目は桂院で飲み会だったのでおそらく殆ど寝てらっしゃらないかと。山荘でも……まあ、全般的に睡眠不足気味でしょうね」
侍「あらやだ意味深ー☆」
右「姫君はお元気?大きくなったでしょうね」
せ「はい。ますますお可愛らしくなられて、ヒカルさまも喜んでおられました。
『何と美しい子だ。今まで離れていたのが悔しいよ。世間は大殿の息子を可愛い可愛いともてはやすけれど、アレは私へのリップサービス、おべっか使いだとよくわかる。全然、足元にも及ばない……!』
 いやそんなことはないでしょう、と思いましたけど誰もお顔を見たことがないので何ともコメントできませんでした。どうなんでしょう?」
侍「エっ、普通に類まれなる美少年よ?今童殿上してる子の中じゃ真面目にダントツ」
右「お母様の葵上も相当の美女だったし、両方の祖父母からしても、美形になる以外の選択肢無いわよね」
せ「やっぱりそうですよね。ヒカルさまにとっては初の女の子で、人見知りもせず無邪気にニコニコしてらしてそれはもう可愛い盛りですから、褒めそやすあまりに口が滑られたんですね(笑)」
右「まあ正直、大殿の息子さんに対してそれほど愛情ないわよね王子は。男だからってのもあるけど、自分であんまり見てないし」
侍「平安時代って子供は妻の実家で育つもんだし、女子なら宮仕えだの何だの色々あるけど、男子の場合育ったらさっさと出てけってかんじで父の役割大してないもんね」
せ「そうですねー。ただ、ヒカルさまはほんっとうに素敵な方な上にすごーくお優しくて、私にまで
『はじめは痩せすぎで心配してたんだけど、すこしふっくらしてちょうどいい感じになったね。突然田舎に連れていかれてさぞかし不安だったろうし大変だったろうに、ここまで姫君を育ててくれて本当にありがとう』
 なんて労ってくださって、感激しましたわ(うっとり)」
侍「ああー、せっちゃんもやられたわねあのキラキラ☆オーラに!わかる、とってもよくわかる。色々どうでもよくなっちゃうわよね!」
右「せっちゃんたち、いつ頃こっちに来る予定?ずっとその山荘にいるわけじゃないでしょう?」
せ「はい。ただやはり御方さまの気持ちとしては、すぐさまというわけにはいかなくて。寂しい山奥ですけれど、ある意味気楽は気楽なんですよね、あそこでの生活は」
侍「そうねーなんかわかる。いきなり京のど真ん中に来て、王子のあのゴーカ絢爛な御殿に入って紫上をはじめそうそうたる女君たちとしのぎを削る、とか考えたら胃がキリキリするわアタシ」
右「侍従ちゃんが緊張してどうする(笑)」
せ「そうか、そうですね。こちらでのお二人のラブラブっぷりときたら傍で見ていても照れくさいほどですけど、確かにそちらに移られたらそうはいきませんよね……」
侍「人里離れた山荘でハニムーン気分♡て感じかあ。あーああ羨ましい!」
せ「ヒカルさまとしては、ここで一生を過ごすわけではないから、お庭なんかは最低限の修繕だけして、なるべく元のままの風情を活かそうというお考えなんですね。
『あまり根を詰めて手入れすると、出て行くときに凄く寂しくなるんだよ。明石の時も後ろ髪を引かれたからね』
 御方さまとしみじみ思い出話をなさって、お二人泣いたり笑ったりしてくつろいでらっしゃるのが本当にお似合いで。物蔭でご覧になっていた尼君も思わずニッコリですよ。ちょうどその時、桂の院近くの荘園の人たちがこちらに集まってこられてて、ヒカルさま直々のご指示のもと、前栽を綺麗に切りそろえたり倒れた立石を整えたり、東の渡殿下から湧き出る遣水を見栄えよく直したりなさってたんですね。ヒカルさまは起きたなりの、しどけない袿姿でアレコレ采配してらしたんですけど、そのうち閼伽の道具があるのに気づかれて。
『尼君もこちらに?しまった、こんなだらしない格好を見られてしまったか』
 そう仰って、直ぐに直衣姿に着替えられるや、尼君のいらっしゃる几帳の前で居ずまいを正して、
『姫が前世の罪障も拭い去られ、このように美しく生い立たれたのも、ひとえにお二方の熱心な勤行の賜物でありましょう。そこまで深く心を澄ませてお住まいであった家を捨て、この憂き世にお帰りになったその志に、あらためて深謝いたします。また遠い明石の地で留まられている入道殿が如何に此方を心配しておられるか、察して余りあります』
 こうですよ。もう尼君号泣しちゃって、
『いったん捨てた世に今更立ち帰るという、悩み深き心をくみとっていただいて、長生きした甲斐もあるものよと嬉しく存じます。荒磯の蔭で勿体なくも生い育った二葉の松に、娘と孫をなぞらえて、今は頼もしき未来と祝福しておりますが、親が浅き根ざしゆえどんなものかと、あれこれ心配せずにはいられません』」
侍「王子やさしい……こんなこと言われたらもう泣くしかないよねえ、わかる」
右「やっぱり身分の差を気にしてらっしゃるのねえ。辛いわあ玉の輿って」
せ「そうはいっても、ここを所有していた尼君のお祖父さまは中務宮、親王さまなんですよ。血筋は決して悪くはないんです。尼君もそこはヒカルさまにご理解いただきたかったようで、その親王さまの昔話をぽつぽつと語られていらっしゃいました」
右「なるほど。そうね、明石入道さまにしたって元は大臣の御子息ですもんね。そこまでへりくだらなくてもいいんだわ」
せ「そうなんです!で、聞いて下さいよ。手入れの終わった遣水の音を聞きながら、尼君が詠まれた歌!
『住み馴れていたはずの私は帰って来て昔を辿ろうとしていますが
遣水の方がこの山荘の主人然と、訳知りな音を立てていますわね』」
右「わお。中々ねー尼君」
侍「へ?どゆこと?説明プリーズ!」
右「つまりね、遣水は王子なのよ。さっき修繕させてたじゃん?遠回しに、この山荘の元々の主をよく認識しといてくださいね、そんなに馬鹿にしたものでもないんですのよ、少なくとも私はまだ覚えている話ですからねって言う感じ?」
侍「おおー!凄い!お品ある一撃!
せ「ですです!ちょっと気持ち良かったですわ全然関係ないんですけど私。それに対して、ヒカルさまの切り返しがコレです。
『小さな遣水は昔を忘れてはいないのに何故でしょう?
 もとの主が姿を変えてしまったからではないですかね
 ああ、それにしてもよき音ですね』」(遣水を眺めながら)
侍「なにこのオシャレなやり取り……尊すぎて倒れそう。明石の皆さまって本当凄くない?あの王子と対等にこれだけやりあえるって、やっぱり只者じゃない」
右「ほんとよね。圧倒的な教養の高さを感じる」
せ「ありがとうございます!って私のことじゃないんですけど(笑)嬉しいです。その時、ヒカルさまがすっと立たれたんですが、その動作がまたこの世のものとも思えないくらい美しくて。尼君も御方さまももちろんですけど、私もすっかり見とれちゃいました!」
 せっちゃ、と可愛い声。
せ「あっいけない。姫がお昼寝から覚めたみたいです。ちょうど報告も終わりましたし、これで失礼しますね」
 画面いっぱいに姫君。
右・侍「あああああ!きゃわわわわわ!
せ「近すぎよ姫(笑)さ、バイバイしてくださいな。右近お姉さまと侍従お姉さまに」
 恥ずかしそうにバイバイする姫君。
「あsdghjkl!」(必死で手を振る・言葉にならない)
せ「ではまた、さようなら~」

 プツン。

参考HP「源氏物語の世界」他
<松風 四 につづく
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