おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

絵合 五

2020年7月23日  2022年6月9日 
昼間の興奮冷めやらぬまま、はや夜明けが近づいてきた。一日が終わることが何となく惜しくなり、帥宮親王を相手にしみじみ盃など傾けつつ昔語りを始めるヒカル。
「幼い頃より、学問には力を入れておりましたが、少々学才がつきそうにも思われた辺りで、故桐壺院に諫められたことがあります。
『学問の才能というものは世間で重用されるからか、とことんまで究めた人が長生きと幸せとを同等に獲得できるような例は滅多にない。お前は高い身分の貴族として生まれ、さほど学問に身を入れずとも人に劣ることはないのだから、むやみにこの道に深入りするな』
 そんなわけで正式な学問以外の芸能をも教えていただきましたが、特に出来の悪いものもなく、また取り立てて上達したものもございませんでした。ただ絵を描くことだけは、拙いながらも不思議にやめられず、いつか心ゆくまで存分に描いてみたいと常々願っておりましたら、思わぬ山がつの身となり、四方の海の深い趣を見ることになりました。お蔭でそれなりの境地には至りましたが、筆で描くことにはおのずと限界があり、心のうちをそっくりそのままというわけにもいかず……このような機会でもなければ、ご覧に入れるほどのものではありませんでした。お恥ずかしい。催しにかこつけてうかうかと、と後々のお笑い草になることでしょう」
 帥宮も語り出す。
「何の芸道でも心を解き放たないと修得できないものですが、道ごとに師がいて学ぶ場所もある芸能は、その深さ浅さは別として、おのずから学んだだけの跡は残るでしょう。筆を取る道と碁を打つことは、不思議と天分の差が現れるもので、大した労も無く見える者でも、その天分によって巧みに書いたり打ったりする者も出てきます。名門の子弟の中にはやはり人に抜きんでて、何事にも上達する方がみえますね。故院の御前では、親王達、内親王、どなたにもさまざまなお稽古をつけてらっしゃいました。その中でも、とりわけ貴方には熱心に伝授されて、
『ヒカルは詩文の才はいうまでもなく、それ以外の芸事でも、琴の琴を弾くことを第一に、横笛、琵琶、筝の琴を次々と修得していった』
と仰せられる程でございました。世の人々の評価もしかり。そんな貴方でも、絵は筆のついでの慰み半分の遊びごとかと思っておりましたら……驚きました。あの完成度!古の墨絵師たちが裸足で逃げ出しそうな絵を描かれる腕がおありとは、いやはや、とんでもないことです……!」
 長々とくだを巻く帥宮、泣き上戸なのかそのまま故院の思い出話を涙ながらに語り始めて、皆もらい泣きに泣いた。 

 二十日過ぎの月が差し出てきた。こちら側にはまだ光が届かないが、概して空の美しい季節なので管弦遊びに相応しい。書司の琴を召し出し、和琴を権中納言が引き受ける。何だかんだで人並以上に上手な弾き手なのだ。帥親王は筝の琴、ヒカルは琴の琴、琵琶は梅壺の少将命婦がつとめる。さらに殿上人の中から名手を召し出して拍子を仰せつける。ほの暗い中の奏楽はしみじみと皆の心を打った。
 しらじらと明けていくにつれ、花の色も人の顔かたちもほのかに見えはじめ、鳥がさえずり出す。気持ちも澄み渡る、素晴らしい朝ぼらけであった。藤壺の女院より禄など下賜され、さらに帥宮親王からも御衣を賜った。
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「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「この間の絵合対戦、超面白かったよね!もうどこでもあの話でもちきりだよ!」
「うんうん。けっこう長丁場だったからメッチャ疲れたけど、楽しかった。それに帝のお顔、初めてちゃんと見たけど美少年だったわねえ。女院さまにもよく似てる」
「アタシたち超いい場所だったもんね。持つべきは実力派女房の友だわん」
「ちわー、実力派女房でございまーす」
「きゃー王命婦さんいらっしゃーい!」
「お疲れ。まあまあ入って」
「はー、久々に徹夜したら回復するまでけっこうかかったわ。まだ眠い」
「ここで寝ていってもいいのよ」
「そうですよ王命婦さん!ちょっとゴローンしちゃいなYO!」
「ありがと。でも、やっぱりお喋りしたいわここでは」
「だよねー(笑)」
「と思ってお茶用意してありまーす(笑)今日のお茶請けはシンプルに塩羊羹♪」
「あら、私も持ってきたわよ。引き菓子の余りで悪いけど」
「あっコレ、あの時出て来た超美味しいお干菓子じゃん!ヤッター!」
「充実したおやつタイムだわあ」
「そういや、例の内大臣の絵巻物ね、女院さまにお納めしますっていうんで今藤壺に置いてあるんだけど」
「あーいっぱい観に来てたよね!並んでたもんね」
「そうなの。ここ数日でやっと引けてきたんだけど、女院さまも帝も続きを観たい!何なら最初から通して全部観たい!って仰ってるんだけど、あんまりおおっぴらにやるとそれこそまた大行列になっちゃうからさ、少しずつこっそり……ってやるらしい。お二人には逐一教えるからそーっと来てね」
「きゃーん嬉しいー!さっすが!」「ありがとう、楽しみにしてる!」
「いえいえ、いつもお世話になってるからね。今回の絵合も何だかんだお手伝いしてもらって助かったし。女院さまはもちろん、帝もすっかりご満悦だったからホント良かったわ」
「やっぱり今の御代になってから内裏がすごく洗練されたよねえ。こういう知的興奮をかきたてる雅なイベントを開くのもそれだし、いつもの節会の雰囲気も全然違う」
「そうね、何につけても『この帝の御代から始まったと後世に語り伝えられるような先例を作っていこうキャンペーン!』って感じで、ごく私的なイベントも今までにない趣向を凝らしてそりゃあ素敵よ」
「斬新だけど、派手派手しいってわけじゃないのよね。藤壺や梅壺の品格の高さはもちろん、ライバルの弘徽殿だって、ダントツで華やかだけど決して下品にはならない。そこは権中納言さまのセンスよねー」
「あの方、絵合で負けてからそりゃあ心配なさってたみたいだけど、元々ご寵愛は弘徽殿の御方が上なのよね。梅壺の御方も相当の美人だけど、どっちかというと趣味繋がりって感じだもの。絵合の後でも、そこのバランスは何も変わらないんだってわかって、ようやくホッとされたみたいよ」
「必死だったもんね。でもまあ、久しぶりに楽しまれたんじゃないのお二方とも」
「いいなーああいう関係って!いがみ合ってるみたいだけど、実はメッチャ仲良し!ってやつ」
「あら、侍従ちゃんと右近ちゃんだって良いコンビよ。羨ましいわ」
「いやそこは『トリオ』というべきでしょもはや」
「ですよー!メッチャ登場回数多いですもん王命婦さん!」
「嬉しい。じゃあこれからも遠慮なく立ち寄るわ!……でね、内緒なんだけど」
「キター!待ってました!」
「侍従ちゃんシーっ」
「いや、そこまでシークレットってわけでもないけど。ご本人結構あちこちで言っちゃってるし。内大臣ね、どうも出家を真剣に考えてるらしい」
「……ハア?」
「エエエー!(口を押さえる)ま、マジで……?」
「いやもちろん、今すぐってわけじゃないのよ。だけど、絵合の後の宴で帥宮さまと話してた内容からするとさ、自分あんまり長生きできないんじゃ?なんて思ってる節はあるのよ。京に返り咲いて、今まさに上り調子!って状態でしょ?もう自分の旬は過ぎた、途中で零落したぶん今まで寿命が延びただけ、今後は心配……ってことで、静かな山里の土地買って、お堂造らせて、仏像や経文の準備もさせてるらしい」
「いやいやいや、無いわ。実質帝の摂政役でしょ?(お父さんだし)梅壺の御方さまだってついこの間入内したばっかじゃん。それに、お子さまたちどうすんの。大殿の御子息だってまだ元服前だし、明石の姫なんて乳児じゃん」
「そ、そうだよね?いや、別に出家したからっていきなり全てにサヨナラするわけじゃないけどさ……早すぎでしょさすがに」
「どこまで本気だかわかんないけどね。準備だけ一応しておこうぐらいの気持ちなのかもしれないし」
「何にせよお金持ってるわねー。でも、まだまだ上を狙ってると思うけどね王子は」
「つうか、男としての自分にサヨナラ!が無理だと思う!アタシもそんなの考えたくないよー泣」
「さすがね右近ちゃんも侍従ちゃんも。まるっとその通りだと思うわ私も。まあ、注視しましょ。多分まだまだそうはならない」
「王子ってホントに構ってちゃんよねえ……」
「(よくわからないけど)嵐の予感……」
参考HP「源氏物語の世界」他
絵合 六 につづく
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