おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

絵合 三

2020年7月21日  2022年6月9日 
「まったくあの人ときたら、権中納言にもなったというのに少しも変わらない。むやみに絵を隠したりして、帝にいらぬ気を揉ませるなどもっての外だ」
 ヒカルは愚痴りつつ、帝には
「私の邸にも、古代の絵が数々ございます。探してこちらにお持ちいたしますよ」
 と奏上し、二条院に戻って紫上とともに絵の厨子を開ける。古きも新しきも、片端から出してあれこれと仕分けしつつ並べ出す。「長恨歌」や「王昭君」などの絵は趣があり感銘深いものだが、どちらも悲劇なので「縁起でもない題材のものは、この場合相応しくないだろう」と外した。
「おお、そういえばこんなものを描いていたんだった。まだ貴女には見せていなかったね」
 ヒカルはあの須磨での絵日記が入った箱を見つけて、紫上に見せた。当時、家来たちをいたく感動させた絵の数々は、何も知らずとも人の情を解する者ならば誰しも涙を誘われずにはいられない哀感に満ちていた。ましてこの二人にとっては、つい昨日のことのように万感胸に迫って来る。紫上は涙ぐみながら歌を詠む。
「独り都で嘆いているくらいなら、海人が住む
 干潟をこのように見ていられたらよかった
 不安な心も慰められたでしょうに」
 ヒカルも返す、
「辛き目をみたあの当時よりも今日はまた
 過ぎた方(潟)に立ちかえる涙か」
 帝だけでなく、藤壺中宮にも是非ともお見せしなければ、ということで出来の良さそうなのを一帖ずつ選り抜くことにした。浦々の景色がはっきり描き出されているものを、と見繕っていると、否応なくあの明石の住居をも思い出す。
(皆、どうしているだろうか……)
 時折ヒカルの視線があらぬ方に彷徨うのを、紫上は見逃さなかった。

 ヒカル側がこのように絵を集めていると聞きつけた権中納言は、なおいっそう対抗意識を燃やし、軸、表紙、紐飾りなど装飾部分までも力を入れて調える。
 時は三月(四月ごろ)の十日過ぎ、空もうららかに晴れわたり過ごしやすい気候で、人の心ものびのびと和んでいる。内裏においても、節会と節会の合間で時間的な余裕があることも手伝って、あちこちで絵を描いたり品評したりといったことが始終行われていた。
「どうせなら帝にこそ楽しんでいただこう!」
 競い合っているとはいえそこはヒカルと権中納言、特に示し合わせたわけではないがいつしか目的はひとつとなった。お互い全力で絵を集め、帝に献上する。
 集まった絵はかなりの量になった。二条院から出した物語絵は精緻で優しい感じのもの、梅壺の斎宮女御からは昔の有名な物語の由緒あるもの、弘徽殿方では、ここという場面を厳選して描かせた出来立ての新作が揃う。パッと見の華やかさはやはり弘徽殿のものがひときわ抜きんでていた。
 帝付きの女房達で絵心のある者は皆「あれはどうかこれはどうか」と批評しあうことが近頃の仕事のようである。

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 こんにちは!お久しぶりでございます、藤壺の中務にございます。皆さまお元気でお過ごしでしょうか?本日、この藤壺にて極秘イベントが催されることと相成りまして、今ここにおられる貴女?貴方?だけに少しだけ、その模様をお伝えしていこうかと存じます。いえいえ、課金などは一切ございませんのでご安心ください。但し、極めてクローズなイベントにつき、言葉を選ばざるを得ない、もしくは端折らざるを得ない局面が出て参りますし、途中で予告なく打ち切りもあり得ます。ご了承の上ご視聴くださいませ。

 準備をまつ間、当イベントが開催されるいきさつを少しご説明させていただこうと思います。この頃の内裏での絵の大流行、藤壺の女院さま……中宮さまがそんな面白そうなことをお見逃しになるわけがございません。内緒ですが、勤行もそっちのけで夢中になっておられました。女房達が日々熱く議論を交わし合う様子を、微笑んでご覧になっていた中宮さまがある時、
「この際、左右に組み分けして対戦形式にしてみたら如何?」
とご提案されたのです。なんと素晴らしい、ナイスアイディアでしょうか。流石は中宮さまでございます。会場づくり、メンバー選定、進行に至るまで準備に手間はかかりましたが、本日無事開催の運びとなりました。ご協力いただいたすべての皆さまに感謝いたします。……さて、準備も整いましたようなので、これより実況を始めさせていただきます。
 
 ただ今、梅壺方を左として、平典侍、侍従の内侍、少将の命婦。右の弘徽殿方には、大弐の典侍、中将の命婦、兵衛の命婦が配置されました。いずれ劣らぬ論客どもでございます。まずは思い思いの論争、流れるような弁舌の数々に、中宮さまが興味深く耳を傾けていらっしゃいます。あ……第一回目のお題が決まったようですね。まずは物語の元祖である「竹取の翁」絵巻物が左方より出されます。そして右方からは「宇津保の俊蔭」、この二作の対決となりました。
 ちなみに「竹取の翁」の絵は巨勢相覧(こせのおうみ)、大和絵の祖ともいうべき巨勢金岡(こせのかなおか)の御子息の筆にございます。書はあの紀貫之の手によるものです。紙屋紙に唐の綺、薄手の綾織絹ですね、それを裏張りして、赤紫の表紙に紫檀の軸、という定番の巻子に仕立ててございます。
 さあ、左方・梅壺より切り出されます。
「『なよ竹』が育っていくように、この物語は世代を超えて読み継がれ年を経てきました。今では特に目新しい節もありませんが、かぐや姫がこの世の濁りにも穢れず、遙か天上へと昇っていったその宿縁、まさに神代の領域といえましょう。底の浅い女の目には及びもつかない高みでしょうね」
 いきなりストレートにキツイ一発です。さあ右方、どう出るか。
「かぐや姫が昇ったという雲居は、仰る通り目の及ばない所ですわね。女だけではなく、どなたも知ることができません。しかし此の世での最初の縁は竹の中で結んだんですよね
?素性の賤しい者ともいえませんか?その上この姫、翁の家ひとつは照らしたものの、大内裏の畏れ多き光とはついに並ばずじまいでした。阿部御主人(みぬし)が千金を投じた火鼠もあえなく消えてしまって、あーあって感じでしたわね。車持の親王も、蓬莱山の深い理を充分に理解しておられながら、偽って玉の枝に疵をつけるとか、一体何をどう考えてそんな過ちを冒されたのやら。公達ともあろう方々が揃いも揃って」
 ああー、バッサリいっちゃいました。確かに、あのお話に出て来る求婚者たちって、詐欺にあうやら嘘をつくやら、どう考えても無茶ぶりな旅に出るやら、今考えるとエエーありえないでしょお間抜けすぎるって感じですよね……子供の頃はそこまで考えてなかったですけど。
 さて、すっかり沈黙してしまった左方に対し、右方は俄然勢いづいたようです。 
「それに引きかえ『俊蔭』は、激しい波風に溺れて見知らぬ国に流されますが、それでも目指していたことを叶えました。結果として外国の朝廷にもわが国にも滅多にない音楽の才を広め、名を遺し語り伝えられてきました。絵も唐土と日本とをそれぞれ対比させて描かれており、面白さにかけてはやはり並ぶものがございません」
 右方の出した『宇津保』は、白い色紙、青い綾織り絹の表紙、黄なる玉を軸としたモダンで贅沢なデザインにございます。絵は、こちらも大和絵の名手と呼ばれる飛鳥部常則(あすかべのつねのり)、書は王羲之の再来と名高い小野道風(おのどうふう)と、現代風でありしっとりと趣深くもあり、いやー眼福にございます。眩しいほどですね。あっ……左方は反論の余地がないのでしょうか、誰からも声が出ませんね……個人的には、この二作を比べるのはいささか無理があったのでは、と思います。わたくしはかぐや姫推しでしたからちょっと悲しいですね……内容の濃さや重厚さからいったらあの超大作にはそりゃ敵わないですけど、良く出来たファンタジーだと思いますよ、本当に。
 ともあれ、一回目の勝負は右方・弘徽殿の圧勝に終わりました。
 
 二回目の対決は、左方が「伊勢物語」、右方が「正三位」にございます。いずれ劣らぬ名作であります故、結論は中々出ないようです。こちらも、右方にはとにかくパッと目を引く派手さ・面白さがあり、取り上げた題材にしても、内裏あたりをはじめとした身近な風景を描いているので興味も湧き、見ごたえもございます。
 左方、平内侍は反論に困ったのでしょうか、歌を詠まれました。
「伊勢物語の深い心を尋ねずして
 単に古い物語だからといって価値まで貶めて良いものでしょうか
 世の常である色恋沙汰が面白おかしく書いてあることに気圧されて、業平の名を折ってよいものか」
 右方の典侍もすかさず返歌です。
「雲居の宮中に昇った『正三位』の心に比べますと
『伊勢物語』の千尋の底は遙か下も下に見えますわね」
 あ、ちょっと待ってください……藤壺中宮さまの辺りに動きがあります。今回も劣勢の左方を見かねてでしょうか、助け舟を出されるようですね。
「『正三位』の兵衛大君の意識の高さは捨てがたきものには違いありませんが、在五中将の名は汚すことはできますまい。
 ちょっと目には古臭くみえましょうが
 昔から名高い『伊勢物語』の名を貶めることなどできましょうか」
 決まりました!今度は左方の勝利ということです。いやー、ギリギリでしたね。在原業平という稀代のイケメン歌人に助けられてかろうじて、という体にございました。
 この後も、このまま続くようでございます。一体どれほど時間がかかるやら……とにかく一巻の判定に数多言葉を尽くしても、中々決着がつきません。会場に入れない若い女房達は興味津々で、少しでも見えないか聞こえないかと遠巻きに見守っております。あっ……ヒカルさまが参上されましたね。何事かと様子を見に来られたようです。このように賑やかな競い合いをご覧になって、非常に興味を持たれたようですね。……今、最新情報が入ってまいりました。
「同じことなら、帝の御前にてこの勝負の決着を付ければよくない?今特に何もイベントないんだし、是非ともやりたいね!」
 これは……思いがけない展開になってまいりました。内大臣のお言葉ですから、百%実現するといっても過言ではありません。まことに勝手ながら、準備の関係もございますので、対戦の途中ですがこれにて実況を終了させていただきます。また、内裏での本戦にてお逢いいたしましょう!実況は藤壺の中務でした。それでは、また。
参考HP「源氏物語の世界」他
<絵合 四 につづく
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