おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

明石 七 ~オフィスにて~

2020年6月2日  2022年6月9日 
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「明石の娘さんの話、キッツいんだけど。何なのコレ玉の輿ってちっともよくないじゃん……ていうか親!特に父親!先に気づけよ!ってかんじじゃない?父親が悪い、全面的に」
「結局明石入道も、完全に地方に根付く気はさらさらなかったってことよね。狙いは京、しかもその中枢。良清さんの件からしても、最初から王子に目をつけてたのかも」
「娘が出世の鍵なのは平安時代の常だから仕方ないけどさあ、ここまでされるとドン引きだよねー。だって小さい頃からずっと、お前は他の子とは違うんだって言い聞かせてきたわけでしょ?田舎住いの一人っ子、地元の人とも深く関わらない、とんでもなく世界が狭いよね。別に、良清さんでも全然良かったわけじゃん。むしろその方が幸せになったかもよ?向こうからも望まれてるんだし。少なくとも王子に突撃するよりはリスク低いわ」
「ただ、あれだけハイスペック・ハイクオリティのセレブ女子を山と見て来た王子に、結構気に入られてるっぽいのは大したものよね。そこはあの入道の教育の賜物じゃないかな。王子が熱心に通わないっていうのはアレよ、都と違って他に選択肢が全く無いわけじゃない?一人にどっぷり嵌りこんでもうあの家から土地からにっちもさっちも離れられない、ってなっちゃうのがイヤなんじゃないのかな。いつか都に帰ることが前提の結婚なのよね、父入道の意図からしても」
「あーもう何もかもつら!つらみ!やっぱりアイドルは観てるだけのほうがいいわねん。アタシはプロの王子ファンとして強く生きるわ!てかホントにそろそろ戻って来ないのかなあ。王子のいないお正月がもう二回も過ぎただなんて信じられない」
大后さまの抵抗がどこまで続くかだわね。帝はもう、相当キテると思うわよ」
「いやマジでさ、怖いよね。内裏の中でも、帝と大后さま周りだけ謎の不調って。アタシたちぴんぴんしてるし、京の中もいたって平穏なのに。そりゃあ呪いかもってなるわ」
「こんにちは」
「あっ!少納言さんじゃん!」
「久しぶりね。どうぞどうぞ入って」
「お久しぶりです、ちょっと近くまで来たもので。失礼します」
 例によってお茶を入れに走る侍従。
「ちょっと痩せた?まだ忙しいの?」
「この頃は慣れてきましたし、他の方に任せられることも増えて少し余裕が出来てきました。この間はごめんなさいね、せっかくお誘いいただいたのに」
「いいのいいの、大変だったんだもの」
「お待たせー♪ねえこの、少納言さん持ってきてくれたお菓子美味しそう♪」
「ありがとうございます、板かりんとです。今二条院でブームで」
「どれどれ……あ!美味しい!カリカリのパリパリ!」
「やばいこれ、いくらでもいけちゃう」
「そうなんです、食べ過ぎちゃうのが玉に瑕で。よかった、喜んでいただけて。ああ、お茶も美味しい」
「紫ちゃん、じゃない紫上はお元気?」
「元気ですよ。女主人として立派に二条院を切りまわしておられます。ああ、ただ……この間ヒカルさまからお手紙が来たんですけど」
「そ、それって……」「まさか……
 周囲を見回し、声をひそめる少納言。
「お二人だから言いますけど、そのまさかです。内容が……
『そうそう言い忘れてた。いや、全然大したことじゃないんだけどさ、時々貴女に怨まれたこと思い出すたび胸が痛くなるんだよね。なのにまたしても、アヤしく儚い夢?を見ちゃったみたいなんだよね。何言ってんのこの人って思うだろうけど、何も隠し立てしない私のこの胸の内だけはわかってくれると嬉しいな☆約束も忘れてないって。
 何事につけても、
 貴方の事が思い出されてさめざめと泣けてきます
 海松布(みるめ)は海人の生業であり、私の標準仕様なんだよね』
「ちょ、自分から言っちゃう?!」
「みるめ、って男女が逢うって意味もあるから結構あからさまに白状してるわね。何なのかしらね、黙ってればわかんないのに」
 少納言は溜息をつき、
「ヒカルさまは案外とそういうところがあるんですよ……わざわざ波風立てて、こちらが困ったり悩んだりするのを見て、楽しむんじゃないですけど、すごく優しくされたりするんです。今回もそういうことじゃないかと」
「えっそれ何だっけ。ナントカ症候群みたいな名前ついてない?」
「代理ミュンヒハウゼン症候群?」
「いや、そこまで激しいものじゃないんですけど……うーん、試し行動的な感じですかね。自分への気持ちを確認する手段というか」
「何にせよ、少納言さんからしたらド迷惑な話よね。紫上は大丈夫?」
「それがですね、お返し聞いてもらえます?
『貴方の隠し切れない夢語り、ですか。まあ思い当たることは多々ありますが
 裏はないものと(そちらの浦ではそんなことなしないものと)信じていましたわ、あれほど固くお約束しましたものね。
 『末の松山』のように波は越えないものと』」
つよい……つよすぎる」
「冷静な一突き、天晴だわ。成長したわね~あの若紫ちゃんが」
「本当に。どうやったらヒカルさまに刺さるか、よーくおわかりなんですよね。あれだけ魅力的な男君ですから、誰かしら寄って来られるのはある程度仕方のないことなんですけど、こちらは一途に信頼して、二条院を守って待っているんですよってことくらいははっきり申し上げておかないと
「……少納言さん、怒ってる、よね?」
「とんでもない。早くお帰りにならないかなーって毎日祈ってますわ(ニッコリ)」
「(ひっ)」
「王子が帰京されたら、打ち上げ兼ねて女子会しましょうね。きっとその日はそう遠くないと思う」
「良いですね!今度こそ二条院で万難を排して開催しますわ。では、もうそろそろ失礼します。お茶御馳走様でした。久々にお喋り出来て楽しかったです」
「こちらこそ!またいつでも遊びに来てね、待ってる」
「かりんとありがとう!またねー」
 笑顔で手を振り去っていく少納言。
「……何か、凄みと迫力が三倍増しじゃない?」
「そりゃあ、二条院の全女房を束ねる頭だもの。さて、私たちも仕事しますか(たまには)」
「ふーい」

 紫上のただならぬ思いは確かに遠く明石まで届いた。「あ……ヤバい」と察したヒカルは手紙を下に置くことも出来ず見続けて、その後は久しく忍び通いもしなかった(できなかった)。
 その代わり、明石の住まい周辺の景観をスケッチし、所々にコメントも書きつけて、紫上がそれに沿って返歌するような体で集めて仕上げた。そこは多才なヒカル、見る人の心に染み入るような出来であった。一方、紫上も二条院で、気持ちを紛らわせようと同じように絵を沢山描き、日々の諸々を日記風に書いた。空で心が繋がっているのか何なのか、知らず知らず同じ行動をとる二人。さてこれからどうなっていくのか。


参考HP「源氏物語の世界」他
<明石 八につづく>
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