「陰謀の日本中世史」(角川新書)2018.4初版
「一揆の原理」(ちくま学芸文庫)2015.12初版 呉座勇一
普段から積ん読が多い上に並行して何冊も読むので中々読み終わらない今日この頃なのだが、この二冊読むのには予想外に時間がかかった。中身が濃いせいもあるけど、特に「陰謀」の方はトピックが分かれてて、間があいたところで問題ないので、ちょっと読んでは中断し、を繰り返していたらあっという間に年月が過ぎ去った。二年前なのか…買ったのは初版ではない、にしてもかかりすぎやろ(笑)
いやーでも面白かった!ガチの研究者が、相当噛み砕いて一般の人でもギリ読めるよう下りて来てくれてる感が半端ない。しかし自分の物知らずを思い知らされて辛い。精進しなければ。「応仁の乱」も読みたい。
呉座さんは某作家さんズとの大バトルが記憶に新しいが、ほんっとうに見るに見かねてのことなんだろうなというのがこの二冊読んだだけでも実感できる。何というかレベルが違いすぎてはなから相手にならないんだけど、だからといって無視し続けていれば、根拠の薄い、または無い「歴史」が、如何にも本当のことのように世間に流布され、やがてある一部の人の中では「真実」にかわってしまう。一度陰謀史観的な考え方に囚われると、後からいくら証拠が出て来ても誤りを指摘されても、認められなくなってしまうのだ。あとがきでご本人が仰っておられたように、「陰謀史観」の問題は「似非科学」のそれと非常によく似ている。歴史学の第一線にいらっしゃる身として、現実的な危機感に迫られた上での活動だったのだろう。
私はあの作家さんズは嫌いではないし作品も面白く読んでるが、ガチの歴史家と同列に考えようとは全然思わない。でも世の中には、本気で同列だと思っている人もけっこういるのだ。それはちょっと、いやかなり怖いことではある。
二冊とも最後に、現代の動きと絡めて語られているのだけれど、人間って結局同じような活動しかしていないんだなあというのがよくわかって興味深い。「一揆」は目的を同じくする人が集まって訴えるべきことを一同の合意としてまとめ、権力者に要求をのませるということであり、破壊や暴力そのものではないという。「他人とつながる」ということこそが本質であると。呉座さん自身、当時はこの「人と人との繋がり」によるSNS含む活動が、社会を変えていくのではないかという期待を書かれていたが、今全世界で起こってるあのデモを見る限り、中世日本の一揆以下というか……別物だ。むしろネットに乗って一気に、とんでもなく広範囲に火がついたせいで制御が効かなくなってる。集団が大きくなればなるほど、範囲が広くなればなるほど、暴走し止められなくなる危険性は高くなる、という人間の本質を理解していたからこその「一揆」だったんではないか、とやや陰謀史観ぎみな解釈をしてみたりする。ともあれ「自由」は簡単に「無秩序」に変貌するから、自分たちの意思を正確な形で表明し続けたいならば、ガチガチに制限をかけて少人数ずつに分かれてやるしかない。もちろん暴力・略奪行為は無しで。ってそれ、選挙とか政党活動とかじゃないの?もうあるじゃん。
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