澪標 三 ~第三回平安女子会@二条院①~
「はいっ」「はーい」「は~いっ」
「では、ただ今より第三回平安女子会を開催いたします。乾杯の音頭は不肖、わたくし少納言がつとめさせていただきます。皆さま色々と、ほんっ……(3秒溜める)とうにお疲れさまでした!カンバーイ!」
「(全員で)カンパーイ!!!」
……しばし歓談中……
侍「結局このメンツなのねん」
王「典局さんも誘ったんだけど、やっぱり忙しいみたいでね」
右「それにしても二条院のこの部屋、初めて来たけど広いしキレイだしステキねえ。私たちだけで使わせてもらうの申し訳ないみたい」
少「身内の来客用なので大丈夫ですよ!他の女房さんたちもちょくちょく使ってます」
侍「へー、女子会専用部屋なんだあ。さっすがセレブ!お料理もおいしーい♪」
王「ホント、ゴーカよねえ。中庭の眺めもいいし虫の声に癒されるわ」
少「そういっていただけると私も嬉しいです。去年までは中々暇が無くて。あっ、王命婦さんもですよね」
王「干されてた間は暇といえば暇だったんだけど、思うように春宮さまと入道の宮さまを会わせられなかったから気持ち的にキツかったのよね。今は好きな時に好きなだけって感じでラク。あ、そうそう、言い忘れてたわ。入道の宮さま、准太上天皇になられるのよ」
右「えーっ?!すごい」
少「おめでとうございます!」
侍「准……何???つよそう」
王「冷泉帝の即位で、大后さまが太皇太后になられたの。で本来、次の皇太后は入道の宮さまになるんだけど出家なさってるから、位を退いた上皇に准じますってことで准太上天皇。待遇は御封も含め上皇相当、院司も付く。今後は藤壺の女院と称されますのよ」
侍「ヤッバ!超カッコいい!!」
少「素敵ですね。それはヒカルさまの計らい……?」
王「もちろん」
右「これはもう一回乾杯じゃない?」
侍「ハイハイ、おつぎしまーす♪」
「(全員で)カンパーイ!!!」
右「このお酒、美味しいわ。うかうか飲んだらすぐリタイアしそう」
王「でしょ、気をつけてね。いつもの兵部卿宮セレクトよ。ただね、最近凹んでらして。ほら、例の事件が起きて以来二条院と関わりを切っちゃってたもんだから、ヒカル大臣のお覚えがめでたくないのよね」
少「そう……ですね。ちょっと、いやかなり怒ってらっしゃるかも。ヒカルさまが帰られるまで、お見舞いはもちろんお手紙ひとつも一切いただいてなかったので、誰よりも紫上をないがしろにしたのが許せないと仰って。紫上ご自身は今となってはさほど気にしてらっしゃらないんですけどね。向こう様にもご家族があるわけですから、当時のあの状況では中々立ち回りは難しかったと思うんです」
侍「わかるー。あの方、適当に誤魔化してあっちにもこっちにもバレないよう良い顔する、とか出来なさそう」
王「兵部卿宮さまね、どうも娘さんを入内させたいみたいなんだけど、ヒカル大臣知ってて知らんぷりしてるから女院さまも困っててね。まさか邪魔まではしないと思うけど、あそこまであからさまにシカトじゃけっこうプレッシャーだと思うわ」
右「案外陰湿だよね王子って。だってアレでしょ、帰京して以来ずっと大后さまにはものすっごい親切にしてるんでしょ?挨拶は欠かさないし、特に頼まれてもないのに色々お世話したり、実の息子以上に息子らしいって噂」
王「あー(笑)かなりイラっとされてると思う。きっと今回の准太上天皇待遇の件も面白くはないだろうけど、そんな風にされてたら文句の言いようがないものね」
右「あっという間に政権交代ね。世の常とはいえ怖いわあ」
侍「さーてそろそろお注ぎしますよ……って!少納言さん早っ!」
少「す、すみませんつい。でも、注ぐのはフリーでいいですよ侍従さん。無礼講ですし」
右「それはともかく、何かまた話すことあるんじゃないの?少納言さん」
王「溜めちゃダメよ、いいことないわよ。ささ、一杯」
王命婦が更に注ぐ。一気にあける少納言。
少「はー、美味しい……すみません、いつも申し訳ないんですが語ってよろしいでしょうか」
「いいにきまってるじゃん」「さあさあ早く!」「どうぞどうぞ♡」
皆さま大体察しはついてらっしゃると思いますが、例の、明石の君のことですね。無事女の子がお産まれになったようです。何だかんだそわそわしてらしたから、あーそろそろなのかしらとは思ってましたけど、特に紫上には申し上げなかったんですよ。まあわかりますけどね……身ごもってらしたのも何とはなしに伝え聞いてましたし、乳母をお探しになっていたのなんて女房ネットワークでバレバレでしたから。
王「あー、アレね。結局典局さんの伝手じゃないのかな。直接ではないけど」
侍「エエー、さっすが古……もといベテラン女房連。半端ないわ」
こういうことはいくら隠していても漏れるものですからね。正確じゃない噂話として耳に入るよりは自分から、ってそこはいいんですよ前も言いましたけど。でもね……嬉しいことなのに嬉しくないふりして、
「何だか世の中うまくいかないよね。すぐにでもできてもおかしくない・待ち遠しいところには全然で。しかも女子だっていうし。別に放置しておいてもいいんだけど、さすがにそれは酷いかなーって。近いうちに、こちらに呼びよせてお見せしたいと思ってるんだけど……やっぱり憎たらしい?」
って。
右「ええ……その憎たらしいはどこにかかるの?まさか浮気相手&その赤ちゃんじゃないよね」
王「どっちにも取れる言い方して相手に決めさせる的な?」
侍「もー、二人とも考えすぎ!普通に王子のことにしとけばイイじゃーん」
そうなんですよ……もちろん、会ったこともない人を憎むも何もないですから、目の前にいるヒカルさまに当たればいいんです。わかりきったことですよね。紫上は顔を赤くして抗議されました。
「ちょっと何仰ってるのか……いっつもそういう言い方される私って、一体どういう女だと思われてますの?だいたい、私がもし誰かを憎むとしたら、それを教えたのはどなた?」
「そうだね(笑)誰が教えたんだろう。教えた覚えはないから、自然と出て来たんだろうね。誰も思ってもいない方に邪推して勝手に焼餅を焼く、というようなことは。はー、悲しいなあ」
「邪推も何も、他の女の方と契られたのは事実でしょう?お子さまが産まれたのですから。この二年半ひたすらお帰りを待ち続けて、恋しい胸の内はただ手紙に託して、ああ私と同じお気持ちなのだわ一緒に耐えていかなければ……などと思っていた、それが何もかも嘘で単なるお遊びだったとわかって……今の私の気持ちは焼餅などというレベルのものではございませんが」
「待って、それは違う。貴女への思いは真実ですよ。貴女以上に愛する女などいない。参ったなあ。明石の件に色々かかずらわっているのは、ある考えがあるからです」
「考えとは?」
「また誤解されそうだから、今は言わない!」
まあ言わなくてもわかりますよね。おそらく、その子をこちらに引き取って面倒みてほしいってことですよ。それこそ早く話されればいいのに何を勿体ぶられているのか、横で聞いててイライラしましたわ。それどころか、
「都から遠く離れて暮らしも変わって、何も無い所だったから良く見えただけだと思うんだけどね。田舎にしては出来の良い子だなって」
って何故か明石の方アゲ話を始めちゃって。
右「あー。例のアレね、わざと怒らす・悲しませるようなことを言い出す癖」
王「侍従ちゃん、悪いけど少納言さんのグラスに注いであげて」
侍「……はっ!気がつきませんで!あっ王命婦さんもね!(ザルと枠)」
それがまた、藻塩焼く煙が立ち昇る夕暮れ、みたいな情景を挟みつつ、歌を詠み交わしたとか、チラ見した顔形がどうこうとか、琴の音色が素晴らしかったとか、仰るわけですよ。放置してもよかったんだけどねーどころじゃない、相っ当気に入ってますよねソレ?って感じで。もう紫上は溜息まじりに、
「その方はその方、私は私」
背中を向かれてしまいました。
「随分と深く通じ合った仲でしたのね。
心ひとつに同じ方へと靡く二人、と思っていたのに違ったのですね
いっそ私は煙となって先立ってしまいたい」
「何ということを仰る。縁起でもないことを。
いったい誰のために都を離れ海山を彷徨って
絶えぬ涙に浮き沈んできた我が身だったのか
ほら、こちらを向いて。私の目をよく見て。命こそ、人の思い通りには決してならないものだ。些細なことでも、人に嫌われたりしないようにと気をつけるのも、ひとえに貴女一人のためにやってることなんだよ」
ヒカルさまはそう仰って、筝の琴を引き寄せて掻き鳴らし、紫上にも勧めましたが手も触れようとはなさいませんでした。当たり前ですよね、明石の方は琴の名手と散々お褒めになった後ですから。そうやって拗ねている姿も可愛い、とばかりに笑ってらっしゃるんですよ……
右「うわー、ないわー。やっぱ性格悪いよねー王子って。まあこのくらい俺様一番の鉄面皮じゃないと政治もやれないとは思うけどさあ」
王「なんていうか、こういうプレイなんだろうね彼にとっては。この後超イチャイチャするわけでしょ」
侍「王命婦さんたらヤダー!でもでも、わかる気がする。本当に愛してるのは君だけだからね♡なんて甘い言葉をかけまくるんだろうなー。キャー!何だか照れるううう」
少「ああ、皆さんのその反応、すごくすごく嬉しい……そうなんです、大部分の女房さんたちからしたら、単にお二人がイチャイチャしてるようにしか見えないんですよ。まあーいつも仲睦まじくいらしてよろしいですわねーみたいな。いや、その通りではあるんですけど、こんな話ここでしか出来ないんです……」
王「そうよね、わかる。私も同じよ。この女子会が私のキャリア継続の生命線といっていいくらいだわ」
右「そ、そこまで?!ただおちゃらかして聞いてるだけなのに」
侍「はーい皆さん、お注ぎしますよう。アタシは注ぎたいから注いでるだけなんで、気にしないでくださいねん」
王「そうね、やりたいからやる。コレよね。というわけで、突然だけど宣旨の娘さん、明石の君のお子さんの乳母やってる人ね。今つなぎまーす」
おもむろにタブレットを取り出す王命婦。パスコードを入力し会議アプリを開く。
侍「いきなりキター!平安時代考証丸無視!」
右「まーいいじゃんいいじゃん、無礼講なんだからあ(既に酔っ払い)」
少「……私、聞きたいですわ。もうこうなったら何でも」
王「その意気よー少納言さん。……あ、繋がったみたい」
初のテレワーク女子会、つづきます。
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