おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

須磨 六 ~オフィスにて~

2020年5月8日  2022年6月9日 
「……ねえ侍従ちゃん」
「なあに右近ちゃん。……ってアレ、疲れてない?どっか行ってた?」
「いやさ、さっき実家からすぐ帰って来い!って連絡来たもんだから慌ててダッシュして今戻ってきたんだけど」
「えっ、ご実家なんかあったの?そのままお休みしちゃえばよかったのに」
「いや!侍従ちゃんに是非とも言いたくて!聞いて!なんとさ、うちのバカ兄、王子と一緒に須磨に行くんだって!
「エエエエエエー?!マジ?!えっと、お兄さんてあの、御禊の日に王子の随身としてパレードしてた右近将監の蔵人さん……」
「そうなのよ。例の司召しにお声がかからなくて、官位も貰えないばかりかお給料まで削られちゃって仕事も干されて、実家でゴロゴロしてたんだけど……今朝っていうか昼ね、起きて来て『あ、俺さ今日から須磨だから』って!」
「今日って、えっホントに今日?
「ついさっき。今夜出発だっていうのによ?ハアーーーー?!ってかんじよね。準備してる様子もなかったし、大丈夫なの?!って聞いたら、え?別に……ってお前はエリカ様か!ってキレ散らかしたらさ、のほほーんと『持って行くものなんてないよ着替えだけって言われてるしー』って。それが本気で小学生の修学旅行どころか遠足?ってくらいの荷物なわけよ。つかそれ以前に、何でもっと早く言わないわけ?!親が呆れて泣くわ怒るわでもー大変だったわ……」
「!……ねえ、もしかして王命婦さんの言ってた情報源って」
「違う違う、あの単純バカ兄にそんな隠密行動出来るわけないじゃん。今日の今日まで家族にすら伝えるのを忘れるくらいなんだから。マジで素で忘れてたっていうのよ?ありえなくない?」
「まあまあ右近ちゃん、いいじゃんどうせニートしてたんなら。王子のお供ならお手当ガッツリ出るんでそ?」
「そうだけどさー、はー……あんなんじゃいつまでたっても結婚もできないわよ。どーすんのかしら」
「あー右近ちゃん、そこはブーメラン来ちゃうからあ☆」
「そ、そうね。その辺はまあ置いとくとして……ちょっと気になる話を仕入れてきた」
「そんなパニック状態の実家で?さすが右近姐さん!」
「大した話じゃないんだけどさ。ほら王命婦さん、王子が故院のお墓参りに行ったって言ってたじゃない。それに兄もお供したらしいのよ」
「ほうほう。それも右近家は知らなかったと」
「トーゼンでしょ。成人男性が外出しようがお泊りしようが誰も心配しないわよ、ましてあの兄じゃさ。全く、余計なことはペラペラ聞かれてもないのに喋り倒す癖に、肝心なことはサッパリなんだから……ああ、ダメだわいくらでも愚痴が出て来る。それはともかく、入道の宮さまのところで長居しちゃったもんだからすっかり日も暮れてさ。仕方ないから月の出を待って出発したんだって」
夜にお墓参りかあ……怖くない?」
「そうなのよ。御陵って山の中だしただでさえ寂しい場所なのにさ、ついてく人も最小限でせいぜい5、6人っていう。普通ブルっちゃうじゃん?なのにうちのバカ兄ったら、山の上の、賀茂の下宮が見渡せる所で、
『大将のお供をして葵を頭に挿した御禊の日
 あの時の御利益はどうしちゃったんでしょうか賀茂の神様!』
って詠んだんだって、馬の轡を引きながら。祭の時みたいに」
「うわっそれ王子にぶっ刺さってない?(笑)」
「奴の空気読まないド直球ストレートっぷりはいつものことで慣れてるんだろうから、苦笑いくらいで済んだらしいけどね。よくあんなの連れていこうと思ったよね大将も」
「そういうとこがええんやでーって感じじゃないの?アタシも嫌いじゃない(笑)」
「えっじゃあ引き取って、いつでも歓迎するから。で、王子も馬から下りて皆一緒にお社の方を拝んだわけ。神様へのお暇乞いにって、姿勢正してね。
『世知辛い京の都と今別れます、留まるは噂ばかり
 是非は糺す神にお任せして』
んあー!さっすが!カッコ良すぎてクラクラするー!役者が違うわねん」
「……兄と全くおんなじ反応ありがと侍従ちゃん。マジで気が合うかもしれないわ。須磨から帰ったらよろしくね」
「エっ?!あ、そうね、うん是非ぜひ☆」
社交辞令ありがと侍従ちゃん(笑)でね、問題はその後よ。参拝が終わってさあ帰ろうとしたら月が雲に隠れてね。木立の中だからもういきなり真っ暗よ。草ぼうぼうで足元見えないし、まごまごしてるうちに夜露で体も冷えてきちゃうしで余計ぞくぞくしてたんだけど、まあどうにか参道を見つけられたわけ。そしたら王子がふ、っと振り向いて
『亡き父はどうご覧になっていることか
 眺めていた月も雲に隠れてしまった』
 そう詠んだ瞬間、そこにいた全員さああーーーっと鳥肌が立ったんだって。何かわかんないけど、振り向いちゃいけない気がしたらしい。王子だけがずっと後ろの、故院が眠る御陵から視線を外さないままぼやーっと突っ立ってるから、皆で引きずるようにしてそそくさ山を下りたんだって」
「こ、怖っ!いきなり心霊話?!王子ってそういうの多くない?」
「故院からしたら、せっかく細々と遺言して後を頼んだはずなのに、最愛の息子がこんなことになってってご心配だろうねえ……」
「ぶるる……」
「まあ時間も時間だし、場所も場所だし、普段から細やかでイメージ力の高い王子だから、自分の心の内を映像として観ちゃった的な感じなんだろうけどね」
観ちゃった……ってことは、えええええそそそそそれってやっぱり……」
出たんでしょうねえ。あの鈍感力だけは高い兄が感じたくらいだから。集団心理もあるにしても」
「ひいいい……」
「とはいえこういうことがあると、元々強い結束がさらに高まるわよね。王子ってやっぱり王子ね、持ってるわ」
「な、なるほど。……右近ちゃんもこの際ファンになっちゃう?」
「いや(笑)でも王子がいい感じのおじ様になったら考えなくもない。なんてね。じゃ、ちょっと早いけどそろそろ帰るわ。てんやわんやの実家から無理くり抜け出して来たから。あんな兄でも一応見送らないとね」
「わー!そうよね、早く帰ってあげて。気をつけてね!」
 手を振りつつ小走りに去る右近。
 ふー、と溜息をつく侍従。
「またもや嵐の予感……」


参考HP「源氏物語の世界」他
<須磨 七につづく>
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