おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

須磨 十四

2020年5月18日  2022年6月9日 
播磨の国・明石の浦は、須磨から這ってでも行けそうな近い距離にある。ヒカルの側近・良清朝臣が「若紫」の巻で語った話を覚えておいでだろうか?我が娘をして志を果たす、果たせなければ海へ入ってしまえばいいと嘯いて、良清含む数多の求婚をことごとく蹴ったという、明石の入道の話を。
 良清は未だ忘れられない「明石の娘」に再び文を送った。が、娘から返事は無い。ただ父入道から
「申し上げたいことがございます。直接お会いしたい」
と言って来るばかり。
「何で父親がいきなり出てくるんだよ……本人に脈は無さそうなのに、のこのこ出かけていっても結果は見えてるじゃん……」
 どうみても自分自身が求められてるわけじゃないよねと思うと面白くなく、行く気にはなれない良清だった。

 この入道、偏屈な上にとてつもなくプライドが高かった。播磨国内では国守の一族だけが偉い者とされて幅を利かせているが、娘の結婚相手としては全く眼中になく、いたずらに年月だけが過ぎていく。そこにヒカルがやってきたのだ、すぐ目と鼻の先の須磨に。これは願っても無いチャンス!とばかりに妻にまくしたてる。
「なんと、桐壺更衣が産んだあのヒカル大将が、朝廷の咎めを被って須磨の浦に退去してらっしゃるそうだ。我が娘には思いもよらない宿縁があるものよ!何とかこの機会をものにして、娘を差し上げたいものだ」
 娘の母君は、
「何ということを仰るのですか。京の人たちの話では、高貴な身分の恋人が何人もいながら、こっそり帝の后とまで過ちを犯したという方だそうですよ。こんな山奥の卑しい田舎娘に目を留めることなどありましょうか」
 バッサリ斬り捨てる。父入道は腹を立て、
「お前は知らないだろう、私の真意など。心づもりをしてくれ。こちらにお迎えできるよう何とか取り計る!」
 委細構わず言い募る。如何にも頑固なこの父は、娘ばかりは眩しいほどに飾り立て、掌中の珠として育てて来たのだ。母君は
「ご立派な方なのでしょうけど、どうして娘の初めての縁談に、罪に問われて流されていらした人を考えなければならないのですか。それ以前に、あちら様がお心を留めたりしないでしょう?お戯れにでもありそうにないことを、心づもりなんて無理ですわ」
 あくまで撥ねつけるが、父は一歩も引かない。
「罪が何ほどのことだというのか。唐土も我が朝廷でも、このように世に傑出し何事も抜きんでた人にはありがちなことだ。どういう御方でいらっしゃると心得る。亡き桐壺御息所は、私の叔父である按察使大納言の娘なのだぞ。まことに素晴らしい方と評判をとって宮仕えに出た所、当時の帝にも殊の外気に入られ、並ぶものもないご寵愛を得たが、周りから酷く妬まれてはかなくなってしまった。その息子であるヒカルの君が、何はともあれ健在でいらっしゃる、大変喜ばしいことではないか。よいか、女こそ気位を高くもつべきなのだ。ヒカルの君ほどの方ならば、私がこのような田舎者だからといって、よもやお見過しになることなどあるまい」
 まったく口が減らない。
 入道の娘は、特に抜きんでた容貌というわけではないが、気立てが良く、その品格も教養も高貴な女性に決して引けは取らないレベルにあった。本人はわが身の境遇がさほどでもない自覚はあるものの、
「お父さまが仰るような身分の高い方なら、私など物の数にも入れてくださらないだろう。とはいえ、程々の身分での結婚はもっと嫌。そのまま長く生きて両親に先立たれてしまったら、尼にもなろう、海の底に沈みもしよう」
 と心に決めていた。
 幼い頃から父入道に重々しく扱われ、持ち上げられて大事に大事に育てられた娘の意識は高かった。一年に二度、住吉の神に参詣していたこの親子は、神の霊験を心ひそかに期待していたのである。
 まだヒカルには知る由もない話であった。
参考HP「源氏物語の世界」他
<須磨 十五につづく>
ー記事をシェアするー
B!
タグ

コメント

notice:

過去記事の改変は原則しない/やむを得ない場合は取り消し線付きで行う/画像リンク切れ対策でテキスト情報追加はあり/本や映画の画像は楽天の商品リンク、版元ドットコム、公式SNSアカウントからの引用等を使用。(2023/9/11-14に全記事変更)(2024/10より順次Amazonリンクは削除し楽天に変更)

このブログを検索

ここ一か月でまあまあ見てもらった記事