須磨 十一 ~オフィスにて~
「あ、ど、どうも……(マジで来た!)」
「いらっしゃい。今日はどうしたの?(ニッコリ)」
「これ……つまらないものですけど」
手土産を差し出す中納言。
「あっハイ。ってコレ!」
「アマビエの和菓子ね。今流行りだものね。どうもありがとう(ニッコリ)」
「……もしかして、被っちゃいました?」
ひるむ侍従。笑顔を崩さない右近。
「大丈夫よー、全然種類もデザインも違うから。美味しそうね、一緒にいただきましょ」
「(えっ)お、お茶入れて来るね!」
給湯室に逃げる侍従。
「まあ座って。何かお話があるんでしょ」
奥に案内するや直球で突っ込む右近。
「は、はい……実は」
おもむろに文を出してくる中納言。
「これは?(必殺・知らない振り能面の術)」
「ヒ……海辺からのお便りです。知り合いから、なんですけど」
「ハイハイなるほどね。えーと、
『徒然と過ぎ去った日々の心を思い出すにつけても
性懲りもなくお逢いしたく思っておりますが
塩焼く海人はどう思っておいででしょうか』
……元カレか何か?(ニッコリ)」
黙って首を横に振る。
背後からそっと近づいて茶碗を置き、スっと離れようとする侍従の手をガシっと掴む中納言。
「ひっ」
「聞いていただきたいんです、お二人に!」
「(でたよ……)わ、わかった。わかったから放して……」
「何のお話なのか見当もつかないけど、私たち、ただ聞いて感想を述べるくらいしか出来ないわよ?以前も言ったと思うけど(ニッコリ)」
「(右近ちゃんのニッコリ怖っ)そうそう!聞くだけよ聞くだけ!」
中納言は俯いて黙っている。
「(いつもと違うじゃん)えっと別に言いたくなければ」「あの!」
「あっハイ」「声、押さえて押さえて」
「……すみませんつい。(小声)えっとまず、ぶっちゃけたご意見を窺いたいんですけどー、ヒカル大将と朱雀帝と、どっちが男として魅力あると思います?」
「えっ……(困惑)」「それはちょっと、内裏勤めの女房にはNGな質問ね。何でそんなことを聞きたいの?」
「あーそれもそうですよね。すみません自分ちょっと動転してますんで、撤回します。えっとどこから話せばいいんだろ……あっそうそう、コレ、自分宛の手紙の中に入ってました。筆跡からすると明らかにヒカル大将なんで、つまり尚侍の君に来たやつですね」
「わかる人にはわかる系の歌よね。お返しはしたの?」
「ええ、もちろんソッコーで、
『須磨の浦の海人でさえひと目を避ける恋ですから
都でくゆる煙は行き先がありません
今更言うまでもない事々はやめておきます』
って。持ってきた使者さん待たせておいて、自分が適当なこと書いた紙に包んで厳重に封して渡しました」
「ふーん、なかなか大胆ね。尚侍の君も」
「だよね。この手紙見られたらアウトじゃん、地名も出ちゃってるしさ」
「自分もそう思ったんでー、使者さん間違っても落としたりしないように、コッソリついてったんですよー都の出口まで」
「おうふ……けっこう遠いよ?よくぞそこまで」
「さすがは尚侍の君の一の女房ね中納言さん」
「あざーす。手紙来たのってひと気のない早朝、ていうか深夜?だったしー、明るくなる前に戻ってこられるようダッシュですよ。もう超頑張りました自分」
「尚侍の君って、暫く自宅謹慎されてたわよね。それが七月に入ってからはずっと参内なさってる。お許しが出たってこと?」
「……ハイ。右大臣さまが一生懸命、娘は女御でも御息所でもない、あくまで公的な宮仕えの立場だからそこまで厳格にすることはないって、帝や大后さまを説得してくださってー」
「あの時はさすがの温厚な帝もお怒りだったって聞いたけど」
「うーんそこはよくわかんないんですよー、そもそも怒った顔とか全然見たことないんで想像つかないです。大后さまのフカシかも。あの方未だに吹き上がってますからねーもう三か月以上経つのに。それはともかく尚侍の君ご自身は、一生顔向けできない、参内なんて無理無理無理!って仰ってたんですよね……でも右大臣さまに強引に連れてかれて。最初の日はホントお顔しんでました」
「ああ……つら。つらみ」
「でも帝は、以前と同じように接してくださって。ご寵愛が全く変わらないどころか、ますます深くなったって感じでー。それでも時々は、悔しいなーとかチクっと仰ったりもするんですけどー、かえってそれぐらいの方がこちらとしては楽じゃないですかー気持ち的に」
「そうよね、あれだけの事件、何も無かったようにされたら余計キツイ」
「……ダメだ、聞いてるだけでもいたたまれないわアタシ」
「この間、ちょっとした管弦の催しがあったんですね。でも正直、あんまパっとしない感じでー、決して悪くはないんだけど無難すぎて面白味がないっていうかー」
「あーわかる。わかりみ」
「何にしろ最近は、あんまり盛り上がったって話聞かないよね」
「そうですよねー。でもねちょっと聞いて下さいよー、その日帝が仰ったこと。
『あの人がいないのが本当に寂しいですね。きっと私以上にそう思っている人も多いでしょう。何を見ても聞いても物足りない。光が消えたようだ。私は、故院があれほど頼むと仰られたそのお心を違えてしまった。きっと何かの罰が下るだろう』」
「帝は何も悪いことしてないのにね。気の毒すぎ」
「ほんそれ!てか、メッチャ似てる……もはや下りて来てるレベル」
「『この世で生きることは、特に面白いことでもない。そう思い知らされることばかりだから、長生きをしようとは全然思わない。もし私が世を去ったら、貴女はどのように思うだろう。きっと先の……あの生き別れほど悲しみはしないだろうと思うと、妬ましい。昔、愛する人に死なれた男が、一人で生きていくなんて意味がないと詠み残したようだけど、浅いね。私は元から一人だ、多分これからもずっと』」
「エエエ……ちょっとちょっと、大丈夫?この間の王子のアレとは全然違うよコレ?」
「そうね、かなり根が深い感じ。いつもあのお母様に気圧されて言いたいことも言えなかったんでしょうね」
「ああーありがとうございます。お二人ならきっとわかっていただけると思ってましたー。このセリフをですよ、いつもの優しい口調で、淡々と仰るわけですよ。泣けますよね……尚侍の君も思わず涙ポロリだったんですけど、
『それは誰のための涙?』って」
「うわあきっつ……」「全部ご承知なのね……ちょっとイメージ変わったかも」
「と思うでしょ?これね、ぜんぜん嫌味じゃないんですよー。本当に、素直に聞いてらっしゃるだけなんです帝は。自分のために泣いてるなんて、はなから考えてないんです。
『今の今まで私に皇子がいないというのも張り合いが無くてね。だから春宮を、故院のご遺言通り我が子同様に扱いたく思っているんだけど、中々そうさせてくれない。それも心苦しくてたまらないんだ……』
帝といえども、何ひとつ思う通りには出来ないんだって仰るんです。まして尚侍の君のお気持ちを変えられるなんて思っていない、だから隠したり抑えつけたりしなくてもいいんだよって。凄くないですか?人間出来過ぎですよ帝」
「ていうか……何もかも諦めてる?」「よね……悟りすぎじゃ?まだ29歳でしょ?」
「だからこそ!尚侍の君が好きなんですよ帝は。自由奔放で我儘で、自分の気持ちに正直に生きてる尚侍の君が。色んな事に絶望してる帝が、ただ尚侍の君だけを光として、一途に求めてるって素敵じゃないですか?またその時の帝、ちょっとカッコよかったんですよー!いつもは主張が無さすぎて目立たないっていうかー、地味ーな感じだったじゃないですかー。だから気づかなかったんですけど、かーなーりのイケメンですよ帝って。自分、本気でぐっと来ちゃいました。尚侍の君も、そうとう心に響いたみたいで最後には号泣しちゃってー」
「……なるほど」「うん、何かすごい腑に落ちた」
「尚侍の君とヒカルさまとは同じタイプなんですよねー。だからこそ惹かれ合った、でも同じだからこそこうなっちゃった。今はお互いに好きあってるかもしれませんけど、これから先はわかりませんよね。ていうか無理ですよね今の時点で。お手紙見たらわかる、ヒカルさまはどうとでも言い訳のきくような婉曲表現ですよね。尚侍の君のそれと比べたら、明らかに腰が引けてますもん。となると誰より一番尚侍の君を好きで大事にしてくれるのは……わかりますよねー?」
大きく頷く二人。
「で、最初の質問に戻るわけですよ。どっちがいいでしょうかね尚侍の君にとっては」
「そりゃあ……ねえ?」「もう答え決まってるじゃーん。どう考えても帝でしょ」
「ですよね!よかった、やっぱり来た甲斐があったー!あのお二人がうまくいくよう本気出します自分!まだまだ尚侍の君、未練たっぷりですからねーヒカル大将に」
「ちょ、ちょっと待って。私らの意見で決めたわけじゃないよね?最初からそう思ってたんでしょ?」
「もっちろんそうでーす!大丈夫ですよーここでの話は全部オフレコってくらい弁えてますからー!あースッキリした!いつもありがとうございまーす♪お茶御馳走様でした!じゃ、また!」
満面の笑みで部屋を出る中納言、例によって躓くが持ちこたえて小さくガッツポーズ、手を振りながら去っていく。
「嵐が来て、吹き荒れて、去っていった……」
「まあ、別にいいんじゃないの特に害はないし。それに、帝の良さに気づいたのは中々見所あるわね」
「あれ、右近ちゃんて実は帝推し?」
「そりゃ王子よりは好みかな(笑)ちょっと黒いところもいいよね」
「えっむしろ真っ白けじゃないの??」
「わかんなきゃいいわよん♪さ、仕事仕事」
「ちょっとー!教えてよ右近ちゃーん!」
参考HP「源氏物語の世界」他
<須磨 十二につづく>
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