須磨 九 ~二条院からの手紙~
若紫の姫は、名実ともに「紫上」とお呼びするべき御方となりました。二条院全体を統括する西の対、その長でいらっしゃるからです。
とはいえヒカルさまが須磨に立たれてからすぐ、お疲れからでしょうか、お熱を出されしばらくの間寝込まれておりました。お休みになっている間も涙がちで、女房一同お慰めするのにひと苦労でした。そうそう、いただいたアマビエ練切り、可愛くて美味しかったです!あれには紫上もニッコリされて、床上げするきっかけの一つになりました。王命婦さんにもどうぞよろしくお伝え下さいね。
二条院はヒカルさまの生活の場でしたから、ご愛用の調度類も、弾きならされていた琴も、脱ぎ置かれた衣裳もまだほのかに薫り、気配もそのままに残っております。何時戻られるか先の見えない旅ゆえか、紫上はまるでヒカルさまがこの世を去ったかのような嘆きようです。無理もありませんが、縁起の良いことではないので、僧都にご祈祷をお願いいたしました。お二方のために御修法などしていただく間、「紫上がどうか一日も早く嘆きの底から抜け出され、前向きに生活していかれますように」と切に祈っておりました。
その甲斐あってか、紫上は少しずつ立ち直られています。この間は、ヒカルさまのために寝具などを誂え、須磨に届けさせたりまでなさいました。ただ、かとり(固く目を緻密に織った平織の絹布)の直衣や指貫は、以前とは全く違う、如何にも丈夫さ第一といったご衣裳です。それだけでも今の苦境を思い知らされますのに、鏡をご覧になるたび、まさにご自身が「去らない鏡の」と詠まれた通りヒカルさまの面影が浮かび、どうにも離れられないと泣いておられます。
物事の分別がついて世慣れた年配の女房たちでさえ、ヒカルさまが出入りされていた辺り、寄りかかっていた真木柱など目にするだけでも胸が塞がる思いですのに、ましてまだお若い、幼い頃からヒカルさまを父とも母とも思って馴れ親しんできた紫上が苦しまれるのはもう致し方のないことです。本当にこの世から去られたのならば諦めもついて、少しずつ忘れていくことも出来ましょうが、さほど遠くもない須磨、それも何時までとも知れない生き別れでは、中々お心の持ちようも難しいかと存じます。
ごめんなさい、何だか湿っぽくなってしまいましたが、実をいうと悪いことばかりというわけでもないのです。ヒカルさまに仕えていた東の対の女房さん達、初めこそギクシャクしていましたが、長である紫上の美質が徐々に明らかになるにつれ、目に見えて雰囲気が変わってまいりました。容姿の美しさもさることながらその細やかなお心遣い、教養の高さ、趣味の良さ、気品あふれる所作、更には須磨に送った縫物のクオリティの高さ(ほぼお一人で縫われました)など、高貴な方を見慣れた女房さん達からみても殊の外素晴らしく感じられたようで、この方こそ二条院の女主人として相応しいという総意が得られたようです。まさに今、紫上を中心に一丸となり、この二条院をしっかり維持管理していこうという気運が高まっています。私といたしましてもまことにありがたく、頼もしいメンバーに恵まれて幸せだと思っています。
まだまだバタバタしており気軽な外出はままなりませんが、もうあと少しの辛抱と信じ、日々奮闘しております。落ち着きましたら是非、皆さまで遊びにいらしてください。大歓迎いたします!また近況をお知らせしますね。ではでは 少納言@二条院
参考HP「源氏物語の世界」他
<須磨 十につづく>
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