おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

須磨 八 ~オフィスにて~

2020年5月12日  2022年6月9日 
岡山・清風庵
「ねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「もう縫物飽きたよう(ゴローン)」
「今日ちょっとムシムシしてるもんね。私も休憩しよっと。典の局さんもいないし」
「今って大したイベントもないしー、あっても目玉がないしー、何ていうかさ、楽しみが無くない?ああこの日のために、このイベのためにアタシ働いてるのよ…!って人生の喜びっつうかね」
「内裏全体がなんとなーく沈んだ感じよね。理由は誰も言わないけどさ」
「(小声)王子にはお文を出すのもこっそり見つかんないようにしなきゃなんだってね。怖ーい」
「あっそういえば、昨日うちの兄から手紙来てたわ。忘れてた」
「ちょ(笑)酷くない?あんなに大騒ぎしたのに」
「そうよー。出発前にウチの親が首絞めんばかりに『ゼーッタイ、定 期 的 に文を寄越せ!』って脅しつけてたからね。まあいつまで続くかわかんないけど。あれよ、王子の住居って昔、行平の中納言つまり在原業平が流されて住んでた辺りなんだってさ。ホントにすぐ近くらしい。海辺からちょっと入った山奥だって」
「マージーでー!『藻塩垂れつつ』の業平さんよね。同じ須磨のイケメン繋がり!」
※わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩垂れつつ わぶとこたへよ
「それは兄も言ってたわ。気が合うわね(微笑)。それでね、家がこれまた廃屋同然のボロッボロだったから、家司の良清朝臣?がビシバシ仕切って速攻で目鼻つけたらしい。梅雨入りの前にはほぼ落ち着いたって」
「良清さんって、惟光さんと並ぶ側近中の側近よね。さすが有能だわあ」
「あの方、昔あの辺で勤務してたらしいよ。だから地元の国守とか、荘園の管理人とかとも懇意なわけ。結構な人の出入りがあって賑やかだって。まあ、勿論王子ほど身分の高い人はいないけど」
 御簾がひらりと揺れる。
「話し相手がいなくて暇なんでしょうね」
「あっ王命婦さん!いらっしゃーい!」
「いらっしゃい。このところ多いわね。誰か休み?」
「それがさ……春宮さまもようやくヒカル大将の不在をご理解したみたいで、愚図っちゃって大変なのよ。毎日毎日、会いに行きたーいって泣かれちゃってね。二人態勢じゃないともたない」
「あー(泣)そっかー、大好きだもんね王子のこと」
「あのお歳じゃ難しいわよね。理解は出来ても納得は出来ない!みたいな。お疲れさま」
「ありがと。まあ私はここでストレス解消させて貰うから。はいお土産」
「わー!アマビエの練切り!カワイイ!美味しそう!お茶入れて来まーす」
 給湯室に消える侍従。
「いつもありがとうね。これ、春宮さまにも?」
「ええ、暑くなってきたし疫病退散も兼ねてね。少し笑ってくださったわ」
「王命婦さんもあんまり無理しないようにね。ほら、私たちも肩身の狭いのは同じだし。むしろこっちが多数派なのよ」
「お茶入れましたー♪さあさあどうぞー♪」
「ありがとね。こういう場があるからバランス保ってられるのよ私も。いただきます」
 しばしアマビエ練切りでお茶を楽しむ三人。
「おいしーい♪王命婦さんのお持たせは全くハズレなし!」
「今日はずっと縫物ばっかりだったから効くわあ。すっきりした甘さ」
「よかったわ。でね、今日の議題はこれよ
 おもむろに紙を取り出す王命婦。
「お文?……あっ!これってもしかして」
「ヒの付く王子?」
「すっかり名前を口にできない人扱いね(笑)そうそう」
「えっとー、『松島の海人の苫屋もどうなっているでしょうか
 須磨の浦人は涙にくれております今日この頃です
 いつとはなし、過去も未来も真っ暗闇で、まさに涙で汀もまさりて、という思いです』……え、なんか大丈夫?メンヘラちっくじゃない?」
「んー、まあ……そちらは如何お過ごしでしょうか?こちらは海を眺めながらついつい涙が出ちゃいますしょぼんて感じ?」
「(笑)右近ちゃんたら、私と解釈が同じ。ちょっと状況に酔っぱらっちゃってるわよね彼は」
「うん、僕ちん超凹んでます☆アピール」
「エエー、二人ともキビシくなーい?ほらアタシ素直すぎるからあ」
「侍従ちゃん、それは侍従ちゃんが彼を大好きだからよ。実は入道の宮さまもね、」
 辺りを窺い、声をひそめる王命婦。
「物凄く心配しちゃって。それはもう、はたで見てて引くほど。だって返信がこれよ?
『この頃はますます涙に濡れますのを仕事として
 出家した私も嘆きを積み重ねています』」
「あらまあ……完全にマジレスっていうか真っ正直に受けとめちゃってる」
「やっぱりまだまだ気持ちがあるんじゃん!ひーん、何か急に身近に思えるわあ畏れ多いけどー」
「まあ、もしバレたら……って長年神経すり減らしてたのが、物理的に遠く離れて少し心に余裕が出来た、のが良かったんだか悪かったんだか」
「どういうこと?」
「常にこちらの落ち度を見つけてやろうと虎視眈々狙ってる方がいるのに、一切問題にもならないし噂にも上らない。今まで疑われまいと必死で距離を取ってきたけど、これは……もしかしたらあの方も心のまま押し通していたのではなく、巧妙に隠してくださっていたのでは?なのにわたくしときたら都でのうのうと……あの方はこんなに辛い思いをなさってるのに、ってなっちゃって」
「んー、それはどうかなー。確かにいざとなれば口堅い人だとは思うけどー、例のホラ、塗籠事件だっけ?もうバレてもいいやどうにでもなーれって捨て身の行動だったよね。少なくともアレが外に漏れずに済んだのはほぼ100%元藤壺女房メンバーズの力だと思う!」
「ほんそれ。史上最大の危機だったのに、見事乗り切って凄いなと思ってた私も」
「侍従ちゃんも右近ちゃんもありがと。そう言って貰えると救われるわ。でもね何より一番大きかったのは、故院が全く疑わなかったことなのよ。妊娠の時期が問題になったときもいち早く『物の怪だ』ってことにして、生まれた若君をそれはそれは可愛がって」
「しかも後見役にもしたもんね。揺るぎない事実として扱って、周囲に有無を言わせなかったってことね」
「そうそう、そうなのよ。ああー話が通じるって嬉しい。ここ数日のストレスが消滅したわあ」
「ささ、お茶お代わりどぞー」
「まあでもさ、いくら宮さまがちょっぴり後悔したっていっても、実際目の前にはいないんだし当分帰って来ないし、物理的にどうにもなんないんだから大丈夫じゃない?」
「それもそうね。大体離れてる間は良いことばっかり思い出したりして、粗を忘れちゃうものだし。あんまり心配することなかったわね」
「えっとー、てことはヒ……あの方はあちらで元気にしてるってことでおk?」
「そりゃそうでしょ。元気いっぱいおセンチにたそがれてると思うよ」
「右近ちゃんたら(笑)そうだ、あの方のお文が来てる所がウチ以外にもあるんだけど、何処だと思う?」
「二条院、大殿は当然出してるよね。花散里の、麗景殿の女御さま。それと伊勢の、六条御息所さま?遠いかな」
「もう一人いるでしょ」
「えっ……まさか」
そのまさかよ
「……向こう行く原因になった人、よね」
「だ、だいたーん……」
「勿論、わからないように女房さん宛らしいけどね」
「その女房さんって、中納言ちゃんかなーもしかして」
「もしかしなくてもそうでしょ」
「あの子、また愚痴りに来るんじゃない?ここに」
「ちょ、うちの局っていつからそういうポジションになったの」
「(また)嵐の予感……」

参考HP「源氏物語の世界」他
<須磨 九につづく>
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