おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

賢木 十三 ~オフィスにて王命婦が語る~

2020年3月9日  2022年6月8日 
奈良国立博物館収蔵品データベースより
お正月ね、当然だけど特に新年らしい雰囲気は何もなくて、中宮職の中でも親しい人だけで人も少な目、皆なんとなく俯き加減でひっそり沈んでたわね。
 ただ白馬の節会だけはやはり今まで通りにってことで、皆で見物に参内したのよ。内裏は参賀に来た上達部だらけ、所狭しとひしめきあってたんだけど、こちらには誰も挨拶どころか見向きもしない。集まる先はお向かいの右大臣エリアね。仕方ない、こちらは世を捨てた身だしって思ってはいても、目の前で見知った顔に続々とスルーされ続けるのは中々キツかったわね。
 そこにヒカル大将がやってきたわけ。そんなに華やかな装いじゃなくごく地味目に抑えてたけど、ひと目でそれとわかるあのキラキラ☆オーラ、わかるでしょ侍従ちゃん。それが誰も寄りつかない、ポッカリ空いた私たちのエリアに堂々とまっすぐ入って来るわけ。その瞬間ひしめく公達・殿上人どもすべてがモブ化、まさに一騎当千てやつね。一同感動に打ち震えて、私まで不覚にも涙が滲む始末よ。
 当の大将はここまで寂しい有様だとは思ってなかったみたいで、しばらくは言葉も出なかった。あまりに様変わりしてるからね、色目がまず基本地味でしょ。御簾の端、几帳も青鈍色、隅々から微かに見える薄鈍色、くちなし色の袖口とか。
「いやこれは……なかなか奥ゆかしくて素敵だね。それにこの、一面に解けかかっている池の薄氷や岸の柳の景色はそのままで、時の流れを忘れそうだ」
 なんてさり気なくフォローしながらしみじみ眺める、「無辺(自然物)にも情緒はある」なんて忍びやかに唱える様子がまた艶めいてて、一同またまた溜息よ。
「海人の住処という松が浦島と見まがうにつけ
 まず涙が零れてしまいます」
 とにかく部屋全体が仏道モードだから狭くてね。中宮様の御座所も以前ほど奥深くには出来なくて、端近とまではいかないけど確実に距離は縮まってるのよね、
「昔の面影すらないこの松が浦島に
 立ち寄る波も珍しいこと
 誰も寄りつかないこの場所にいらっしゃるのは貴方位ですよ」
 返歌を私に伝える中宮さまの声がほのかに聞こえるくらいには。ヒカル大将もつい涙腺が緩んだみたいで、袖で取り繕いつつ、それ以上余計なことは言わないでささっと帰っちゃった。まあ周りは尼だらけで、注目の的になっちゃって居づらかったとは思う。
「まあ、なんと立派な男君になられましたこと」「何の不安もなく世に栄え時流に乗ってらした時は、ありがちな傲慢さも見えて、一体こういう方が世の中の機微を思い知ることがあるのだろうかと思っていましたが」「今は大層思慮深く落ち着かれて……些細な所作にも繊細なニュアンスが備わったのは、今のご時世のせいかと思うとお気の毒ですわね」
 とかなんとか、特にお年を召した女房さんたちはもう号泣状態。中宮さまも流石にしんみり思い出話なんかなさってた。

「な、なるほど……流石は王子、全部持ってったわね」(右近)
「見てみたかったなあその図。ざんねーん。アタシたち二人とも、その頃ずっと実家だったもんね」(侍従)
 
 あとさ、この間司召(人事異動のお知らせ)があったでしょ。あれが酷くてね。中宮さま関係は上から下まで殆ど全員、全然ダメだったの。年次から考えると当然賜るはずの官職も付かない、加階も無し。普通は、出家したからってすぐに位を外されたり御封(給与的な収入)が減らされるなんてことは無いはずなのよ。それが色々と理由をこじつけられてさ……中宮様にしても周りの人たちが皆不安げな顔でしょぼんとしてるのを見るのもお辛かっただろうと思うけど、どうにもなんない。
「我が身が犠牲となっても、春宮の御代を平らかにしていただけるなら……すべての罪障は私が受けます、どうか春宮が無事に即位できますようお守りください」
ってひたすら勤行三昧よ。私たちも同じ、耐えて祈るしかない。

「確かに今年の除目は何か変だったわよね。ウチの局は、大后には特に好かれてもいないけど嫌われる程でもない、割に中立的なスタンスなんだけど、当然この官職でしょ○位でしょ!って言われてた人がまさかの据え置きとか結構多かった。つまりは右大臣方の人たちだけあからさまに爆上げしたってことよね」(右近)
「こっわ……そっか、だからヒカル王子も二条院にお籠りしてるんだね。全然見ないもの」(侍従)

 極めつけは左大臣さまよ。何と、帝に致仕の表を提出したの。

「嘘でしょ?! 」
「……ごめん、ちじのひょう?ってナニ右近ちゃん」
「もうー、侍従ちゃんたら。いわゆる辞表、つまり政界を退くってことよ」
「エエエエエエ!!!」

 娘さんを亡くされてから、ただでさえガックリきてたところに中宮様の出家で、完全に糸が切れちゃったみたいなの……とはいえ、朱雀帝は誠実な方だから、
『故院には貴方を朝廷の重鎮として長く国家の柱石とすべしと言われてる!受けられない!』
 って撥ねつけたらしい。

「あら案外イケメンなところもあるのね。見直したわん」「侍従ちゃんウエメセー」

 と、私も思ったんだけど、まあそれ以上にお優しい方だからね。結局左大臣さまが無理くり押し付ける感じで返上したみたい。で、ヒカル大将同様に引き籠っちゃった。こちらもすぐに位はく奪ってことはないだろうけど、ずっと出仕しないままだとどうだかね。少なくとも政治には関われない。
 そうなると大変なのが左大臣方の御子息たちよ。揃ってお人柄も良くて、朝廷に重用されて頑張ってたのに、全員昇進無しの加階も無し。驚くべきは三位中将(頭中将)さまね。右大臣の四の君の婿にも関わらず、飛びっとびにしか通ってないからかヒカル大将と仲良しだからか知らないけど、なーんも無し。そもそも婿君って認めてないけど?って超塩対応。疎遠気味とはいえ正妻扱いで、お子さままでいるのにね。
 まあでもああいう方だからあんまり気にしてなくて、むしろ干されたのをいいことに引き籠ってるヒカル大将の元に通い詰めてるらしい。定例・臨時の法会、管弦の会、大学寮の無駄に暇そうな博士たちを呼び集めて漢詩文の作文大会とか韻塞ぎとか、気ままに遊び倒してるらしいわ。
 
「二条院がそんなことに……少納言さん大変そう」
「お手伝い行っちゃおうかなアタシ。だってヒマすぎだよね最近。右近ちゃんも一緒に行こうよー」
「侍従ちゃん、今はダメよ。リストラされちゃう。結構微妙な立場なんだからねウチの局も」
「えっマジ?!」
「典の局さんは故院のお気にだったからね。侍従ちゃんが私的にでも二条院で働いたりしたら速攻で敵認定される。とにかく大人しくして波風立てず、無暗に集まらず、よ」
「ええ……(困惑)令和のコロナじゃあるまいし……
「そうね、右近ちゃんの言う通り今は目立つ動きはしない方が無難かも。ヒカル大将も三位中将もお互いにイキりあっちゃって、結果として右大臣方を煽りまくりだからかなり危険な気がするわ。さて、そろそろ帰らなくちゃ。じゃあねお二人さん」
「気を付けてね王命婦さん。侍従ちゃん、ここでいつもの決め台詞よろしく」
「嵐の予感……」

参考HP「源氏物語の世界
<賢木 十四につづく>
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