賢木 十二 ~オフィスにて~
蘇(金文)白川フォントより |
「なあに侍従ちゃん」
「なんかー、最近つまんなくなーい?新年明けて色々行事があるにはあったけど、なんかイマイチ……」
「あーわかる。何しろ年末にかけてビッグイベント目白押しだったじゃない。特に法華八講!凄かったよねアレ。
一体いくらかかったの?!
ってクオリティで、しかもオチが超絶サプライズの中宮様ご出家でしょ。これ以上ないドラマよね」
「そうそうそう!お年寄りだっていざ出家となるとしんみりしちゃうのに、あんなお若い美女がなんて……やだ、また泣けてきた」
「行事が面白くないのはさ、やっぱアレよ『今こそ俺たちの天下だぜ!』が鼻につくんだよね。中宮様に対抗してるのか何か知らないけど、すっごいキラキラ派手派手で。残念ながらお品が無いのよね、お金はかけてるんだろうけど」
「アタシ、あのウェーイ系なノリにはとてもついてけないわ。年かしら。よぼよぼ……」
「ヒカル王子も三位中将さま(頭中将)もいない、イケメン度だだ下がりだもんね。テンション上がんないのも無理ないわよ」
「尚侍の君もお綺麗だし、周りの女房さんたちも若くてカワイイ子ばっかりなんだけど……よぼよぼ」
「気に入ったのねよぼよぼ。しかし藤壺の皆さまがいなくなったのは痛いわよね。あの研ぎ澄まされた美的センス、立ち居振る舞いの優雅さ、知性とウィットに富んだ会話術、かといって威張らない出しゃばらない、奥ゆかしい品格っていうの?そういうの今の内裏にはないもの」
「ああーホント!ホントそれ!藤壺メンバーズカムバーック!」
「呼んだ?」
「!」
「!キャー王命婦さん!いらっしゃーい!」
「今更だけど明けましておめでとう。今年もよろしくね。尼削ぎ姿で立ち寄るのはちょっと恥ずかしかったんだけど」
「明けましておめでとう、こちらこそよろしく。何言ってるの、凄く素敵よ。お召し物の青鈍色(ブルーグレイ)によく映えて、むしろ若々しく見える」
「そうですよ!今で言うとミディアムボブ?いやーん、サラっサラの艶々で綺麗!あっ、あけおめ・ことよろですっ!」
「二人ともありがとね。お世辞でも嬉しいわそこまで褒めちぎられると。実は私も結構気に入っててこの髪形。なんたってラク!!!なのよ、洗うのも梳くのも。歩く時も邪魔にならない!重くないから肩凝らない!御簾に引っかかったり誰かに踏まれてイテテテ、ってならない!」
「わかる、わかりみが深い」
「平安女子あるあるよね…」
「さすがに切り落とされた髪束を手に取った時はウッ……ってなったけど、その晩からもう寝るのも軽やかで、中宮様ともどもグッスリよ」
「あの日は大変だったものね。お疲れさま。今日はゆっくりしていけるの?」
「まあまあかな、小一時間くらいなら。はいこれお土産」
「あっ蘇じゃないですかこれ今流行りの!うわあ嬉しい!お茶入れてきますね!」
給湯室に消える侍従。王命婦を奥に入らせ、席を調える右近。
「中宮様はお元気?」
「お元気もお元気。三条邸の西の対の南側に新しく建てていただいたお堂があるんだけど、毎朝早起きして皆でそこまで歩くの。ちょっと離れてるからいい運動でね、勤行三昧で声も出すし心も落ち着くし、出家前よりむしろ健康的な生活かも」
「お待たせー♪」
「侍従ちゃんありがとう。あっこれ、蜂蜜かかってる。いいの?」
「とっときのレンゲ蜂蜜でーす!何たって蘇ですもん、ちょっと贅沢でもオールオッケー♪」
「どうせうちの典局さんにはご挨拶済みなんでしょ王命婦さん。遠慮なくどうぞ、って私が言うのも何だけど」
しばし蘇とお茶を楽しむ三人。
「で、今日のお題は?王命婦さん」
「ワクワク♪」
「あら二人ともお見通しね。そうなのよ積もる話がね……」
小さく溜息をつき、目を伏せる王命婦。
「世知辛い話よ」
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