おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

「賢木 十 ~オフィスにて~」

2020年2月15日  2022年6月8日 
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「あのさあ……何この
『紅葉真っ盛り☆~お寺男子ヒカルのぶらり一人旅~』
みたいな話」
「久々に来たわねその手の煽りタイトル。まあね、雲林院って昔から朝廷と縁の深いお土地柄な上に平安時代は官寺としてブイブイ言わせてた有力寺だから。知名度もあるし皆の共感が得やすかったんじゃない?」
「あーなるほど確かに。あーあそこね知ってる知ってる、アタシ行ったことあるわーなんて親しみを持たせる的な」
「それにそこいら辺って紫式部さんの出身地に近いみたいよ」
「えっマジで?」
「そうそう。『紫式部産湯の井戸』なる史跡が近くにあるらしい。そもそも呼び名も地名の『紫野』からって説が有力」
「へーへーへー。ちなみに紫野ってさ、更に大先輩の額田王さまのお歌のアレ?ほら
 あかねさす 紫野ゆき 標野ゆき 野守は見ずや 君が袖振る
ってやつ」
「あの歌の舞台は近江国の蒲生野(がもうの)で、紫野は単に紫草が一面に生えてる野って意味みたい。まあでも、意識はしてたかもね博学の紫式部さんなら」
「ほうほう、勉強になるわあ」
二人とも何だか説明的な会話ねえ。たまにはいいかもだけど」
「あっ王命婦さん!」
「珍しいわね。今日はこっちなの?中宮さまは」
「ううん、昨夜三条宮に戻られたんだけど私だけ野暮用で。それより聞いてくれる?あまり大きな声じゃ言えない話なんだけどさ、いつもの如く」
 辺りを見回しながら声を落とす王命婦。
「なるほどご用はそれね(笑)じゃあ奥にどうぞ。こっちへ」
「アタシお茶入れて来る!」
「あっいいのよ侍従ちゃん、手短に済ませるから。今すぐ一緒に聞いてほしいの」
 格子を閉め、几帳を立て奥まった隅に集まる三人。
「ヒカル大将がお土産届けに来たのよ、雲林院で取って来たっていう紅葉の枝」
「やっぱ紅葉ぶらり旅じゃん。観光じゃん」
「侍従ちゃん、その通りなんだけどとりあえずシーッ」
「何もなかったように普通に、
珍しく参内されたと聞いて伺いました。春宮さまと中宮さまが今どんなご様子なのかよくわからず、かといってあまりあれこれ気を回すのも、せっかく思い立った仏道修行の数日間が甲斐の無いものになりかねないし……なんて迷ってたら遅くなっちゃいました。紅葉は一人きりで観ていましても、せっかくの美しさが夜の錦、
※見る人もなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり(古今集 紀貫之)
いかにも勿体なく思われましたので、どうぞ良き折にご覧ください』
 ってテンション高めな饒舌っぷり」
「すっかりリフレッシュしたみたいね」
「それでそれで?」
「確かに立派な枝ぶりですごく綺麗だったから中宮さまも喜ばれたんだけど、よく見たらお文もこっそり結んであってさ。対応したの私だし他には中務ちゃんや弁の君だけ、当然三人ともスルースキルをいかんなく発揮してたんだけど、中宮さま顔色変わっちゃって。またか!って」
「アチャー……」
「懲りないわね。修行はどうした」
「まあ予想通りよ。人間そうそう変わるものじゃないし。中宮さま、
『未だにこういうお心がやまないのは本当に疎ましいこと』
って吐き捨てられて、哀れ紅葉は瓶に挿されて廂の柱の隅へ」
「お、お手紙に返事は」
「するわけないっしょ」
「春宮さまの後見役ではあるから、どうしても必要なことだけごく事務的にって感じかな。私たちはともかくとして他の女房さんたちにちょっとでもん?って疑われたら終わりだから。いくら用心深くしてもし過ぎるってことはないわよ」
「ですよねー。噂ってすーぐ広まるからね」
「でもヒカル王子の方は?それで素直に引っ込むタマじゃないでしょ」
「勿論。でも彼はそういうの慣れてるのよね、ギリギリの線は心得てる。ちょうど中宮様が退出されるその日に朱雀帝をご訪問するなんて技を使うわけ」
「メインは朱雀帝ですけどー、どうせなら中宮様がいらっしゃる間にって思って的な?」
「朱雀帝、王子が大好きだもんね」
「そうね。まあヒカル大将の方も、故院によく似てらっしゃる今上帝はやっぱり兄弟って気持ちもあるし、何より穏やかで優しい方だからギスギスしようがない。案外仲良しなのよ。例のほら、帝ご寵愛の尚侍の君のことも、未だに大将と切れてないって薄々ご存知だけど、
『入内する前からの仲だというし多少は交流があっても仕方ないよね
みたいな感じで見てみぬ振り、らしいわよ」
「何それすご。帝、超いい人じゃん。神か」
「ていうか、現実から逃げてる…」
「言わないであげて右近ちゃん。傍でみてても本当に仲睦まじいお二人でね。世間話したり、学問について教えたり教わったり、恋バナなんかも……ほら例の、野々宮での話とか」
「六条の御方さまね」
「その娘さんの斎宮、帝は儀式の時に間近でご覧になって、すごく気になってるみたいなのよ。何せお母様譲りの美貌と気品だからね」
「なるほど、お互いに打ち明けっこ☆ね。修学旅行の夜にありがちな。アタシも混ざりたーい」
「王子の方はそんなにのどかでも純でもないだろうけどね」
「そうやって盛り上がってるうちに夜も更けて、空には二十日の月が煌々とさしのぼる。中々の風情に帝が
『管弦の遊びなど催したいような夜だね』
なんて仰るのに同意しつつ、あくまでさりげなく
『そういえば今宵中宮さまがご退出されるとのこと、そろそろお暇してお世話に伺おうかと思います。故院のご遺言もあり、他に後見する方もいらっしゃらない春宮さまが気がかりですので』
『私も故院から春宮を養子にし皇太子とせよと頼まれていたから、とりわけ心をかけてはいるんだよ。誰が後見役かどうかというのも今更でしょう、確固とした地位をお持ちなのだから。それより、春宮はお年の割に筆跡も格別にお上手で素晴らしいね。何事においてもぱっとしない私の面目を施してくれている』
『何を仰いますやら。確かに春宮は賢く大人びていらして器用に何でもなさいますが、まだまだ及びませんよ』
「王命婦さん、イケボ……(うっとり)」
「ちゃんと誰の声かわかるのが凄いわねえ」
「まあそんな風に謙遜しつつも、春宮が如何に賢く愛らしいかを超アピールしてお開きになったんだけど、移動中に承香殿へ向かう頭の弁の一団と行き当たったらしい」
「承香殿……ああ、あそこの女御さまの兄君さん?たしか藤の大納言のお子さまよね」
「知ってる知ってる。大后の甥っ子でしょ、今を時めく右大臣家の筋だからってイキり気味で感じ悪いのよねー。ブサ寄りのフツメンのくせにさ」
「狭い通路だったもんだから、ヒカル大将のほうが気を利かせて前方を空けさせたわけよ。道を譲ってお先にどうぞって通したの。そしたらさ、その頭の弁が立ち止まって
『白虹日を貫いた、太子は畏じた』
ってわざとらしくゆーーっくり朗誦して」
「???何それどーゆー意味???」
「白虹って太陽や月の周りに輪っかみたいに出来るかさのことを言うんだけど、ここでいう『日』は天子、つまり帝なのよ。始皇帝暗殺を計画した荊軻が太陽の周りに現れた白虹をみて成功を確信するんだけど、その主人である太子は失敗を恐れたって故事から引っ張ってる。原典は司馬遷の『史記』」
「右近ちゃん説明すご……いけど、全然意味がわからんちん……何でそれをヒカル王子に???」
「臣下が反乱して君主を犯す前兆、つまり
『ヒカル大将、アンタは朱雀帝になりかわろうと躍起になってんだろうけどそうはいかないぜ、失敗は見えてる。実権は俺達右大臣家が握ってんだかんな!』
みたいな感じかしら」
「あんなイキリ若造の真似まで上手いわね王命婦さん」
「なるほどなるほど勉強にな……って超失礼じゃん!何様なのソイツ!」
「ヒカル大将も相当イラっとしたみたいだけど、その場でそんな煽りに乗ってもいい事ないから、聞こえない振りの完全スルーしたって。その後私たちがいる春宮さまのお部屋に来た時には、全くそういう素振りは見せなかったわね(後で聞いたのよ)。
『遅くなりました。帝の御前で昔話に花が咲き、ついつい夜更かししてしまいまして。今宵のような麗しい月夜には、よく管弦の遊びで迎えていただきましたことを思い出しますね』
 なーんて泣かせること言うから、中宮様もつい本音がポロリよ。
『宮中にはどうやら霞が幾重にもかかっているらしく
 雲の上の見えない月に思いをはせる夜です』
 やっぱり故院の頃とは全然変わっちゃったのよね。時代は今上帝・国母・右大臣の三拍子揃ったあちらさんがメインで、私たちはもはや蚊帳の外。って皆でしんみりしたところで大将のお返し、
『月影は過ぎし世の秋に変わらないけれど
 隔てる霧が辛いですね
 霞が人の仲を隔てることは昔もあったことでしょうが』
「なーんか思わせぶりだけど、まあギリ一般化されてるかしらん」
「そりゃ春宮さまもいるところで色めいた歌なんて詠めないでしょ」
「そうそう、春宮さまがまた可愛くてね。中宮様が退出されるまで起きてる!って頑張ってて、だけど色々言い聞かせられてもわかってるんだかわかってないんだか、ただ母君に構われるのが嬉しくてたまんないって感じだった」
「ええー、ヒカル王子のミニチュア版みたいな顔面でそれ……よいわあ」
「侍従ちゃんよしなさいそういう言い方。わかるけど」
「それでいて、退出される時に縋りついたりぐずったりはしないのよ。キリっと顔引き締めて、立派にお見送りするの。中宮さまの方が涙ぐんじゃって、隠すのに苦労されてたわ。……いけない、流石にもう行かなくっちゃ。ついついお喋りしすぎた。聞いてくれてありがとね!じゃまた」
「あんまり無理しないで、ちゃんと休むのよ!」
「落ち着いたらまた女子会やりましょうねー!」
 手を振りつつ速足で去っていく王命婦を見送る二人。
「なんだか……じわじわ肩身が狭くなってってない?ヒカル陣営、というか故院とパイプが太い左大臣家筋か。不穏な感じ。大丈夫かしら」
「左大臣、娘さん亡くしてから元気ないもんね。何とか巻き返してほしいわね」
「まだまだ嵐の予感……」

参考HP「源氏物語の世界
<賢木 十一につづく> 
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