賢木 七 ~オフィスにて~
私たちが慌てて戻った時には、うつ伏せで固まってる中宮さまの隣でどうして、どうしてって泣いてた。中宮さまは何とか逃げようとしたんでしょうね、上着が脱げて投げ出されて、長い髪がまつわるようにもつれながら広がってて。さっきまであんなに整えられてたお部屋が……近くに人がいなくてよかった、本当に。
「酷く具合が悪いのです。他の時ならお返事もできましょうが今はどうか」
絞り出すように仰る中宮さまに、嫌だ、せめてこっちを向いてくれってまるで駄々っ子みたいに言い募っててね。完全に頭に血が上ってて、誰が何言っても無駄って感じだった。割って入ろうにも騒ぎになればまた皆集まってくる。そうしたら一体どんな修羅場に、と思うと流石の私たちもすぐには動きかねて、ただ見守るしかなかった。
「えっと……何時間くらい?」
「短く見積もっても八時間くらいかしら。忍び込まれた時から考えるとほぼ丸一日ね」
「長すぎー!また具合悪くなっちゃうじゃん。ていうか王命婦さんたちだって碌に寝てなかったでしょ?すごいブラック勤務じゃん」
「まあ私たちはいいのよ。とにかく中宮さまがまたどうかなっちゃったらって心配でたまらなかったから疲れも何も。でもね、中宮さま案外と冷静で、大将の言うことをそうね、そうだったわねって一旦受けとめて、やんわり落ち着かせててさ『たまにこうして思いのたけをお話しできるだけでいいんだ……大それたことは望んでない』なんて発言を引き出してた」
「さすがねえ。やっぱりかなり頭の良い人よね。故院のご寵愛も、ただ桐壺更衣に顔が似てるってだけじゃないんだわ」
「まさに真の天上人……」
そんなこんなで時間ばかり経ってどうにもならないから、私たちもたまりかねてついに口を出したわけよ。
「中宮さまも大変お疲れですから、どうかもうこれで」「このまま明るくなったらまた出られなくなってしまいます」「さあ今のうちに。ご案内しますから」
中宮さまもすっかり疲れ果てて、魂が抜けたみたいにぐったりされながら
「もう……このまま生きていても恥ずかしくていたたまれない。かといって今この場で死んでしまっては、世にも酷い罪となりましょう。もうどうにもできません、わたくしには」
などと仰るのに、ヒカル大将はもう何ていうの?大分おかしくなってたわね。
「逢うことが難しいのは今日だけに限らない、ならば
何度産まれかわったってこんな風に泣きわめいてやる!
成仏?そんなの知るか」
中宮さまはもう溜息しか出ない体で
「わたくしを未来永劫お恨み続けると仰いますけど
そんなお心、きっとまたすぐに移ろいますわよ。自分でおわかりでしょう?」
ストレートに本質を突くひと刺しよ!痺れたわ。
さすがのヒカル大将もそれ以上何も言えなくなって、やっとやっと!お帰りになった!
「おつかれ……本当におつかれ。いっそお憑かれと書きたいくらい」
「ありがと。もう私、一生中宮さまについていくわ。元々そのつもりだけど」
「一緒に出家するつもり?!」
「当たり前じゃない。中宮さまとは一蓮托生だもの私」
「ええええー!もうお酒飲めなくなっちゃいますよ?!」
「やだ侍従ちゃん、それが一番ツライかも(笑)でもまあ、いきなり山寺に籠るわけでもないし。ゆるふわ出家よ」
「うんうん☆内緒で飲めばわかんないよ!王命婦さんザルじゃなく枠だし!」
「女子会は継続ね。それにしても今後まだまだ忙しくなるわねえ」
「実はビッグイベントも控えてるの、中宮さま一世一代の。まだ計画段階だけど、それが表に出てきたらもう秒読みだと思ってね」
「そうか……」
「嵐の予感(再……」
参考HP「源氏物語の世界」
<賢木 八につづく>
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