葵 十五(第二回平安女子会)
最低ですわね、私。
「そんなのフツーでしょ、側近の女房あるあるよ」
バッサリ言い放つ王命婦に、右近も侍従も深く頷く。
ありがとうございます。
それでなくとも普段から、二条院をしっかり維持管理することは私の重要な仕事と心得ておりましたから、ヒカルさまがお留守の間でもその季節に応じた居心地の良い空間を創り出す努力は惜しみませんでした。お帰りの日が決まってからはなおの事、邸内を隅々まで磨き立て、女房一人一人から女童に至るまでとりどりに衣裳も新調いたしました。その甲斐あってヒカルさまにも、流石は少納言、よく此処を守っていてくれた、と身に余るお褒めの言葉をいただきました。
まだ覚えております。若紫の姫はその日を指折り数えて、それはそれは楽しみに待っておられたというのに、いざヒカルさまがお部屋に入られた時、まるで物慣れた大人の女性のように御几帳の内でそっぽを向いて澄ましてらして。
覗き込んだヒカルさまも微笑ましくお思いになったのでしょう、満面の笑みで中に入られて、今までの空白を埋めるかのように、二人仲睦まじくお喋りなさっておりました。てっきりそのまま此方でおやすみになると仰るかと思いきや、
「私の方の近況も詳しくお話ししたいけれども、まだ何となく縁起が良くなさそうだから、後でゆっくりね。今日は自分の部屋で寝るよ。何、これからは厭になる程逢えるのだから」
と、あっさり引っ込まれてしまったのです。ちょっと驚きましたね……姫ももうお年頃ですから、いくら何でも同じ部屋で一緒に寝るなどということは避けるべきと思い、色々と身構えていたのですが拍子抜けでした。
「きっとまだ悲しくて、疲れていらっしゃるのよ。お兄様、可哀想……ゆっくり休まれて、早く元気になってほしいわ。ね、少納言」
姫にそう言われて頷きはしたものの、何だか釈然としませんでした。確かに、まだまだ癒えない悲しみも、長く大殿に蟄居していたお疲れも当然おありでしょう。忌に触れた御身を憚られて、ということもある。ただ私の中には、
「もしや、既に他のやんごとなき女性に心を移してらっしゃるのでは」
という疑いの気持ちがまず出てきてしまったのです。
「ああ……まあそれは思うよね。なんせあの王子だもの(王命婦)」「うん。私でもそこ考えると思う(右近)」「で?で?実際どうだったの?」侍従が皆のグラスに酒を注ぐ。
今思うとそれが、とんでもない誤りだったのです。ああ、あの時あんなことを考えなければ……!
「少納言さん、ほらコレ美味しいよ☆食べて」侍従がきうりの梅紫蘇巻を差し出す。涙ぐみながらもぐもぐする少納言。
ああ、お酒もおつまみも美味しい……心がほっこりしますわ。
それで、ええと何だっけ。そうそう、中将の君という女房がいるのですが……ああ、六条の方のおもとさんとは特に関係ないです、紛らわしいですけど。とにかく二条院の中将の君はマッサージが殊の外上手なので、その晩はヒカルさまに呼ばれて足を揉んだらしいです。実際、お疲れではあったのでしょうね。揉んでいるうちに眠ってしまわれたようです。
「まあ波乱万丈の毎日だったものね……しかも気の張る嫁の実家で(右近)」「別に悪い人たちではないけど、格式も意識も高い系だからね大殿は(王命婦)」「アタシは無理だなあそこんちは。それにしても王子の足揉むとか羨ましい!中将さんに弟子入りしようかしら今度(侍従)」
まあとにかく、ヒカルさまはお帰りになってからというもの夜歩きも一切なさらず、時折大殿の辺りにお手紙を書かれるくらいで、のんびり過してらっしゃいました。若紫の姫は随分お背も伸び、髪もお肌も艶々と、より一層お美しく大人っぽくなられて、ヒカルさまと並ばれても明らかに大人と子供ではなく、男女としてお似合いの一対と見えなくもありませんでした。とはいえ、お二人でいる時は碁を打ったり、偏つぎ※などで遊んだりと、以前と何の変りもございません。姫自身も、そして私たち女房も、このままの日々がまだしばらく続くのだと、どういうわけか信じ込んでいたのです。
「えっと……これ何かフラグなわけ?(右近)」「あー。何となく察したわ私(王命婦)」「え?え?全然わかんないよ!(侍従)」
案外長丁場になりそうな予感。
※偏つぎ:平安時代の女子がよくやってた遊びというが詳細不明。漢字の偏と旁(つくり)の組み合わせを交互に言って、詰まった方が負け的なゲームらしい。この場面では、ヒカルが若紫に遊びがてら漢字を教えていた?のかも。
参考HP「源氏物語の世界」
<葵 十六(第二回平安女子会)につづく>
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