しゃぼんだまによせて 四

九二三年(大正十二年)九月一日午前十一時五十八分四十四秒、マグニチュード七.九の激震が関東一円を襲った。死者・行方不明者は十万五千余。関東大震災である。…………

 ここ数日蒸し暑い日が続いたが、今朝は日差しも柔らかく心なしか空が高い。風がそよそよと渡っていく。湧き出す水に誘われてか、むき出しになった鉛管の先に赤とんぼがとまった。瓦礫だらけで地面の見えないこんな場所にも、何処からともなく新しい命がやってくる。政代はでこぼこのバケツに水を溜める間、しゃがみこんで眺めていた。程なく赤とんぼはつい、と飛んでいってしまった。
 バケツを持ち校門をくぐる。避難所として開放された小学校は、最初こそすし詰め状態で体を横たえることすら難儀だったが、日一日と出て行く人が増え、今はもう半分以下に減った。

「小母さん、本当に、本当にありがとうございました。さようなら」
 涙で目を潤ませるナツエとその母親は互いにしっかりと手を握り合い、何度も何度も政代に頭を下げながら去っていった。ああいう上流の家の人達に面と向かってお礼を言われるなど、覚えているかぎり初めてのことだ。道を歩いていて悪童どもに囃し立てられたり唾を吐かれたりしたことなら数え切れないが。
 さて、これからどうしようか。元いた娼妓楼は街ごとすっかり焼けてしまった。何だかんだと加算されて延ばされていた年季奉公もご破算、待ち望んでいた自由の身だ。政代はヒビの入った手鏡を取り上げて、しげしげと自分の顔を眺めやった。十にもならないうちに親に売られ、毎晩酒と煙草と欲望にまみれて生きてきた、紛れもない女郎の顔。
 あの子、ナツエは違った。まだ十歳になったばかりの女の子には、政代にはない、育ちの良さからくる品があった。皆に可愛がられ大事にされて来たのだろう。お行儀が良く、穏やかな声で丁寧な話し方をした。
「もしよかったら、一緒にいらっしゃいませんか?」
 ナツエの母にそう聞かれて、咄嗟に断ってしまった。郷里に帰る当てがあると。お嬢様がお帰りになる以上、私も心置きなく算段できますと。ナツエは悲しそうな顔をしたけれど、母親は柔らかな表情を崩さず、すぐに紙を取り出して住所を書いてくれた。命の恩人なのですから、落ち着かれたら必ずお知らせくださいましね、屹度ですよと繰り返し。後で気づいたがお金も小さく畳んで挟んであった。
 私がどういう女か、あの奥様はひと目でわかったろう。なのにおくびにも出さず、私の嘘にも気づかぬ振りで、なお裏の無い、心からの言葉をくれた。嬉しいし、心底有り難く思う。だけど、だからこそ、あの人たちだけにはご厄介になってはならないのだ。
   
 バケツを置き、花瓶代わりの欠け茶碗の水を取り替える。昨日ナツエが摘んできたヒメジョオンを挿し直し、木箱の上の赤いドロップ缶の前に置く。これは政代が客に貰ったもので、少しだけ残っていたドロップを二人で分け合った。今は息子の骨が入っている。
 一人になって、今まで思い出しもしなかったこと、考えもしなかったことが次々頭に浮かんでくる。

 あの日は風が強かった。四方八方で火の手が上がり、逃げまどう人、人、人でごったがえす中、親とはぐれて泣いていたナツエ。偶然触れたその手を引いて無我夢中で逃げた。人波に押されているうちに日も暮れ、いつしか腰まで水に漬かった。時折頭の上を舐めるように襲う火炎、降って来る一尺はあろうかという火の塊、一晩中泥水を掬い上げ掬い上げしながらしのいだ。夜明け方ようやく避難所の学校に辿り着いたが、背中におぶっていた子は声もあげずに息絶えていた。校庭の片隅で荼毘に付し、僅かな骨をドロップ缶に詰めた。木箱は、少しでも高い位置にとナツエが拾ってきてくれた。
 政代はふいに重い疲れを感じ、へなへなと膝をついた。
 何処からでもよく見えた浅草の高いビルヂングさえ、あの揺れでぽきりと折れてしまった。街は崩れて焼けて瓦礫だらけ、死体も沢山見た。殆どは身元を確認する暇も無くその場で燃やされる。勤め人も物売りの小僧も、どこかの奥様も私のような女郎も、みんな一緒くたに。我が子はまだこの手で焼いてやれただけマシだったのかもしれない。
 火傷も何もない綺麗な死に顔だった。生まれてたった八か月。誰かに、おんぶされた子はみんな亡くなったと聞いた。特に肩の高さに届かない大きさの赤子は、親が水につかると頭まで入ってしまい溺れる、それでなくとも火炎の熱と煙とで酸素が足りなくなるのだと。

 ナツエの母、あの品のいい奥様が、ここで遂に我が娘を見つけた瞬間のあの表情。即座に、ああ母親だとわかった。母子は抱き合って泣いた。奇跡だ、信じられない、もう駄目かと思っていたと。
 羨ましい。
 羨ましくて羨ましくて羨ましくて狂いそうだ。あんまりだ、どうにかしてくれ、お礼なんて要らない。うちの子を返してくれと、肩を掴んで揺さぶりたい。あんたがナツエの手を離さなければ、私がその手を取らなければ、おんぶした背中だけ気をつけていれば、うちの子は助かったかもしれないんだ。どうしてくれると口汚く罵ってやりたい。
 ああ、浅ましい、厭らしい。女郎ふぜいが、人様を助けるなんぞ殊勝な真似をするからこんなことになる。分っている、あの母子をどんなに責めたところで、頭を土に擦り付けて謝って貰ったところで、我が子は帰って来ない。分っている、一番悪いのは誰なのか。私はたまたま近くにいた見ず知らずの子にかまけて、我が子を死なせてしまった阿呆だ。
「こん、チキショー!」
 投げつけた割れ鏡は、木箱の角に当たって粉々に砕け散った。涙がどっとあふれ出た。流れるままに嗚咽しつづけた。

「あの」
 若い声。うずくまっていた政代が顔を上げると、坊主頭の若者がすぐ近くに立っていた。 見ない顔だ。
「……何か用? 食べ物なら何も無いわよ、金目のものも。ご覧のとおり。次の配給は午後から」
「いえ、そうではなく……あの、もしご迷惑でなければ」
 紺の作務衣姿の、実直そうな若者は口ごもりながらも、政代の目をまっすぐに見てこういった。
「お経をあげさせていただけたら、と」
 政代は若者の顔をまじまじと見返した。若者はすこし頬を赤らめながら、つっかえつっかえ語った。知り合いの無事を確かめるため群馬の寺から来た、だが東京に着くや想像をはるかに超える惨状に、黙って通り過ぎることが出来なくなった、幸い知り合いの家は上野で殆ど焼けていないようなので、せめてこうしてお経をあげながら行くつもりだ、と。
「まだまだ修行中の身で、未熟者ですが……」
 若者は遠慮がちに木箱の前に正座すると、小さなかわらけに水筒の水を入れて供え、数珠を手に低い声で読経を始めた。
 政代はすっかり毒気を抜かれた体で、一緒に座り込んだ。
 すると止まった涙がまたあふれ出てきた。ぽたぽた、ぽた、と薄汚れた着物の膝を濡らす。若者はそれを知ってか知らずかただひたすらに読経を続ける。

 赤子の名はマコトといった。
 偶然が重なった出産だった。まず政代も周りも誰一人妊娠に気づかなかった。元々月のものが不順だった上に、つわりもなくお腹も殆ど大きくならず、少し太ったなくらいにしか思っていなかった。普通なら堕胎させられる。流れてしまうこともある。マコトはすべて潜り抜け、生まれる前に破水して皆に知らせた。取り上げた産婆は、たまにこういうことがある、運の強い子だねと笑った。
 ちょうど二番手の芸妓が水揚げされた直後だったのが幸いした。三味線と歌の得意な私を子供をたてに飼い殺そうと決めたのだろう、空いた部屋をあてがわれた。年齢と実績からすれば破格の扱いだ。マコトの持つ運が此方まで回ってきたのだと思った。何よりマコトは本当に可愛かった。あたたかくてやわらかくて、甘い匂いがした。こんなまっさらで綺麗な生き物が、自分から生まれたなど信じられなかった。この子のためなら大嫌いな仕事も辛くなかった。命より大事だった。
 ああもう嫌だ、思い出したくない。いっそ全部忘れてしまいたい。だけど忘れられるわけがない。すべすべの頬、細く柔らかな髪。人見知りせずよく笑う子だった。あの感触、声、匂い、一番幸せな記憶のはずが、こんなにも辛いものにかわるとは。思い出すたび体が半分に引きちぎられそうになる。苦しい、苦しい、くるしい。
 堪らなくなり目を瞑る。闇の中、若者の声がすっと耳に入って来た。経の意味は判らないが、大きすぎず小さすぎずちょうど良い塩梅の、張りのある声。じっと聴いているうちに、波立ち荒れ狂う心が少しずつ凪いできた。
 マコトは今何処にいるのだろう。四十九日にはまだまだ足りないから、この辺りを彷徨っているのだろうか。
 この若者の読経は若々しくまだ不慣れな様子だが、むしろ赤子には相応しいのかもしれない。そうだ、きっとマコトが呼んだのだ。神様か、仏様か何の加護だか知らないが、マコトは運の良い子だ。ちょうどいい人を見つけられたのだ。
 政代はそっと目を開けて、作務衣の背中に手を合わせた。

 読経がちょうど終わったときだった。
「あっ、小母さんこんにちは! ナツエちゃんは?」
 近所に住むミドリは子供の多い避難所にしょっちゅう遊びに来ている。ひとつ年上の優しいナツエには、特によくなついていたのだ。
「こんにちはミドリちゃん。ナツエちゃんね、昨日の夕方お迎えが来て、お家に帰ったの」
「え……此処から遠い所?」
「うん」
 ミドリはつまんないの、皆帰っちゃうんだもんとしょんぼり呟いたが、すぐぱっと顔を上げて言った。
「でも、よかったよねお家に帰れて!ナツエちゃん、またこっちに遊びに来てくれるかなあ」
「そうね……きっとね」
 ミドリは笑って踵をかえすと、他の友達を探しに駆けて行った。
 気づくと、若者は少し離れた場所でまた読経を始めている。これでは一体いつになったら目的地に着けるやら、と政代は苦笑した。この避難所の中だけでも、親族や家族、友人を喪った人はたくさんいる。今残っている人たちは特に、住む家どころか身寄りさえも無い。

 子供の歌声が聴こえて来た。ミドリたちだろうか。
 しゃーぼんだま とーんーだ 
 やーねーまで とーんーだ……
 ナツエがよく歌っていた歌だ。何かの本に載っていたとか。簡単な歌詞とメロディーなので政代もすぐ覚えた。子供たちの声に合わせ、小声で歌ってみる。
 かーぜかぜ ふーくーなー……
「……しゃぼんだま、とーばーそ」
 子供たちの賑やかな笑い声があがる。
 つられて政代もすこし笑った。ナツエの、高くきれいな声とはにかんだような笑顔を思い出して、またすこし泣いた。もう一度ドロップの缶に手を合わせる。
 どうか、どうかあの子がいつまでも元気でありますように。幸せでありますように。

 長いこと祈ってから、政代は立ち上がった。その頭上を赤とんぼが二匹、つーいと横切っていった。

「軍隊による災害救援に関する研究 -関東大震災を中心として」村上 和彦
「災害教訓の継承に関する専門調査会報告書 平成20年3月 1923関東大震災【第2編】」
「関東大震災 体験者インタビュー」

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