おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

桐壺 八(源典侍日記&オフィスにて)

2019年6月12日  2022年6月8日 
この日初めて源氏本人と間近で顔を合わせた左大臣は、噂以上の外見と資質に内心舌を巻きつつ、
「この方こそ、真に次世代を担う器」
と確信した。そもそも帝に引入役を依頼され、引き受けた時点で肚は決まっていたが、さらに腑に落ちた体だ。
 休息所にて大人たちが酒を飲む中、源氏の君は親王方の末席に着き所在なさげに座っている。左大臣は微笑みながら近づき、
「源氏の君、ご元服誠におめでとうございます。今宵は是非、私共のところにおいでください。……心ばかりのおもてなしをご用意してございますので」
と囁いた。
 源氏の君は一瞬意味が取れずに目を泳がせたが、すぐに耳までさっと赤くなった。はい、と小さく頷くだけで精一杯のようだ。その初々しい反応も並以上の聡明さをうかがわせ、好感が持てた。
 帝の御前より内侍が宣旨を承り伝え、大臣が参上する。禄の品物を帝付きの命婦が取りついで下賜する。白い大袿に衣裳一領、慣例通りである。
 源氏の君に初盃を賜る際、帝は独り言のように呟いた。
「幼子の元服の折に
 末永い仲を結ぶ
 約束はしたか?」
 左大臣からほのめかされた「添い伏し」が、帝の意向でもあることを示されたのだ。源氏の君はすこし驚きながらも、
「元服の折
 結んだ心は深いものとなりましょう
 その濃い紫の色が褪せないうちは」
と理解した旨奏上し、長橋から下りて左、右、左と拝舞した。
 さらに左馬寮の馬、蔵人所の鷹を止まり木に据えて賜った。階段のたもとに立ち並んだ親王や上達部にも、それぞれの身分に応じた禄を下賜する。その日の御前の折櫃物、籠物などは右大弁が命じられ調えたものだ。屯食や禄用の唐櫃など所狭しと置かれている。春宮の元服式より明らかに量が多く、贅沢だった。何かと制限の多い皇族ではないので、かえって盛大にやることができたのだという。
 
 その夜。左大臣の邸での婿取りの儀式は格式ある立派なもので、源氏の君はこの上なく丁重にもてなされた。しかし、いざ二人きりになってみるとお互い何を話していいのかわからない。源氏の君にしても、それまで年上の物慣れた女性ばかりと接していて同年代を相手にしたことは殆どなかったし、新妻の葵の上にしても長年お妃教育を受けてきたものだから、まず想定と違う展開に頭がついていかない。さあ今日から夫婦だと言われても、急に打ち解けられるはずもないのだった。
 左大臣は、元々からして押しも押されぬ高貴な家格である上に、北の方が帝と同腹の生まれということで大層信頼され気に入られてもいた。次に天下を支配する右大臣の孫・春宮の誘いを蹴り、帝の溺愛する源氏の君を取ったことで、片方に偏りつつあった流れが一気にその方向を変えた。帝の心証、世間の評価的には圧倒的優位と言ってもいい。
 こうして帝と左右両家のパワーバランスは程よい緊張感を保ったまま釣り合った。右大臣方が何をしようとも、左大臣が娘の舅でもある帝をないがしろにはしないだろう。まさに、計画通り。
 しかし物事はそうそう、思った通りには動かないものだ。しかもその原因は、往々にして自分自身にある。その当時完璧だと思えば思うほど、後になってその不完全さに愕然とすることになるのだ。歳を取るとは誠に皮肉なことである。
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「……ねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん。もう読んだの?早かったわね」
「そりゃあさー!これは読むでしょうよ!何ていうかさー凄いっていうかさー!とりあえず帝ってアレじゃない?アレよね!ヤダ衝撃過ぎて言葉が出ない!」
「すっかり語彙力崩壊してるわね。言いたいことはわかる。ちょっとサイコパス風味あるよねこの頃の帝って」
「風味っていうかそのものでしょ!アタシ、これ読むまであのお二方の悲恋話、超ロマンチックが止まらない感じのイメージだったわよ。そんな愛の塊からあんな超絶イケメンが生まれたのねん素敵ーなんて能天気に思ってたわ……甘かったわアタシ」
「まあまあ落ち着いて。典局さんのスピンオフつうかフィクションだからコレ。独自解釈よ」
「普通にストーカーチックよね……毎晩毎晩毎晩(自粛)。そりゃ周りも呆れるし、桐壺更衣さんの体も弱るわ病気にもなるわ。しかも死にかけるまで宿下がりも許さないとか危篤状態なのに延々車引き留めてクドクド恨み言聞かせるとか……自分が殺したようなもんじゃん。母君の悲痛な訴えも怒りも、なーんも響かない、超他人事。てかそもそも、メッチャいじめられてるのに更に火に油どころかガソリン注いで大炎上ってかんじだしさ。何なのあれ世間知らずにも程があるでしょ。全く庇ってないっていうか逆効果。庇う気あんのかぁあ?ってレベル」
「なんてこたない、弘徽殿女御さまの機嫌さえ取っておけばOKだったのにね。ていうかすべきよね、子供沢山産んでくれてるんだし。よっぽど嫌だったのかしら」
「やっぱりちょっと可哀想よね? とはいえ関わりたくはないけど。はー、何かどっと疲れた……」
「私はこの、女房さんたちの陰謀策謀が凄いと思った。何この隠密同心みたいな動き。絶対敵に回したくない」
「ああーわかりみー。藤壺の宮さまが入内した経緯も、葵の上との縁談も裏で女房さんたちが暗躍してたとは……いやフィクションだけどね☆」
「最後のあの文も思わせぶりよねえ。ちょっとリアルにも触れてるのかしら、なーんてね☆」
「考えてみるとさ、この帝の感じだと、藤壺の宮さまとヒカル王子の色々がわからないはず絶対ないよねえ。むしろ壮大にトラップ仕掛けてない?いくら最初は幼児だったからって、元服直前まで超絶美女と毎日顔つき合わせて密着してたわけでしょ?そりゃ惚れてまうわよ……どういう心理なんだろう。平安時代の常として、自分の女は息子にもなるべく見せないものじゃないの?」
「自分のやり切れなかったことを父として息子に託したい、だけど一人の男としてうまくいってもほしくない、そういうアンビバレントな感情を投影してる?」
「ん???日本語で言って!」
「日本語よ全部。つまり親子ともに、絶対手に入らない女を追い求め続ける業に囚われてる、て言ったほうがいいかな」
「怖っ!そんな怖い話だったのコレ!」
強い執着、とか業、は源氏物語の大事なテーマよ。次の巻なんてまさにそれ」
「ぶるる……」
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