葵 一(オフィスにて♪)
「葵」は帝が譲位し次世代の御代になったところから始まります。それまでの帝は桐壺院、春宮は朱雀帝、若宮は春宮ということになります。
「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「見て見て、この間おつかい行ったついでに買ってきちゃったー」
「何?巾着?へえ、結構カワイイじゃん……ってこれもしかして朱雀グッズ?」
「そうそう! ちょうど譲位の翌日だったからさ、物売りさんたち全力で新元号お祝いセールよ。すっごい人出だった!」
「まったくいつの世も日本人は便乗して騒ぐのが好きよね(笑)私もちょっと覗いてみようかなあ、明日休みだし」
「いいね!よさげなの一杯あったから楽しんで来てー♪買ったら見せてね♪」
御簾がさらりと揺れた。
「楽しそうね」
「あっ王命婦さん!いらっしゃーい!」
「いらっしゃい。……ちょっと顔疲れてない?」
「やだわかる? 最近寝不足気味なの。帝……じゃない、桐壺院の辺りじゃ何かとイベント続きでね……やれナントカの花が咲いたとか、今日はストロベリームーン♪だとか、ちょっと歌よみたくなっちゃったとかで管弦の宵!みたいな? もちろん藤壺中宮さまもフル参加よ。皆疲れがたまってきてるんだけど、院が毎日とっても楽しそうだから何も言えなくて」
「なるほど、譲位してある程度自由の身になってはっちゃけてるわけね。お疲れ。あの方はどうしてるの?ほら……」
「名前を言ってはいけない人扱いね右近ちゃん(笑)弘徽殿女御さまならずうっと内裏に居っぱなしよ。最愛の息子ちゃんが遂に帝ですもの」
「うわあ……成人した息子にベッタリな母……きっつ。でも朱雀帝ってお名前は超絶カッコいいよね!本人地味だけどさ!」
「ちょw侍従ちゃんたら」
「桐壺院の方は常に中宮さまとベッタリでね。弘徽殿女御さまからしたらとても同じ場にいる気はしないわよ。お蔭で平和は平和なんだけどね」
「そっかー。やっぱりちょい気の毒よねあの方。遠目にみてるぶんには。さて、お疲れの王命婦さんのために、アテクシ侍従がお茶入れてきまっすー♪」
侍従、鼻歌をうたいながら給湯室へ。
「侍従ちゃんいつもにも増してハイテンションね。彼氏でもできた?」
「かもしれない。けど中々口を割らないのよあの子。飲ますしかないかしら。って私は下戸だけど」
「ここはやはりザルというか枠の私が女子会を主催するしかないわね。隠密に企画するわ、待ってて」
「ラジャー。楽しみにしてる」
「お・ま・た・せー♪ 唐渡りの烏龍茶に一口羊羹ですよう。……二人で何話してたの?ニヤニヤして」
「ヒカル王子が院に叱られてた話聞きたい?」
「えっ王命婦さん何ですかその美味しいネタ!もちろん聞きたいに決まってるじゃないすか!」
「王子って確か今、春宮さまのお世話係してるのよね。その話?」
「ううん、その役割は完璧にこなしてるわよ。院からの信頼も100%」
「まあ実の子だし……」
「侍従ちゃんメッ☆って子供と言えばさ左大臣家の正妻さん、葵上さま。ご懐妊だって知ってた?」
「ええええ!マジ?!あんまり仲良くないんじゃなかったっけかあの夫婦……やることはやってたのね……うわーんショックうー」
「何を今更。しかも二人目じゃん」
「右近ちゃんこそメッ☆なーるほど、それもあって最近の王子は夜歩きも控えてるのねー。ご身分も大将になったし、そうそうフラフラもしてられなくなったってことか」
「左大臣家筋によると、ご両親はじめ皆喜んじゃって、魔除けだ物忌だ何だと大騒ぎだって。ヒカル王子も【公式には】初めてのお子さんだから嬉しいみたいで、悪阻でぐったりしてる葵上さまをお見舞いにしょっちゅう来るようになったらしい」
「何それ超うらやま! んーこのまま良きパパにクラスチェンジして落ち着いちゃうのかなあ。寂しいかもー」
「いやいや、藤壺の辺りじゃチラッチラばっかりで相変わらず挙動不審でございますわよ王子さまは」
「おうふ……」
「そうなのね……苦労が絶えないわね王命婦さんも」
「何だかね。チャラチャラしないのはいいとしても、相手に合わせて最低限は考えていただかないと。例えばほらあの、六条御息所。桐壺院の亡き弟、春宮(当時)の寵姫だった方ね。凄い家格も高くて容姿端麗、教養も深いあの方がまさか当時最高にチャラ男だったヒカル王子と付き合うなんて!てビックリだったけど、どうも最近は芳しくないようなのね」
「前から思ってたけど、正妻レベルで丁重に扱うつもりがないなら、あれ程スペック高い人にうかうか手出しちゃダメだと思うわ。いくら無敵の王子でも流石に失礼」
「ホントそれよ右近ちゃん。それでさ、あの方娘さん一人いるんだけど、その子が今度斎宮に決まったのね。まだお若いこともあって心配だから、伊勢に同行しようかしら……なんて仰ってて」
「事実上のお別れ宣言ってやつね。王子とうまくいってないことを誤魔化すための口実」
右近の言葉に肯く王命婦。
「あの二人の仲はこの京じゃ知らない人はいないくらい有名だから、当然院もご存じでね。
『故宮が生前ご寵愛なさって大事にされていた方を、その辺の女のように軽々しく扱うのは感心しないね。斎宮にしても我が皇女たちと同様に考えているよ。どちらの筋からいってもゆめゆめ粗略にすべきではない女性だ。若気の至りとはいえ、気持ちのままにこのような浮ついた真似を続けるなら、きっと世間の誹りを受けることになろう』
ってそれはもういつになく厳しいお顔で仰って、さすがの王子もぐうの音も出ない」
「ええええそうなんだ!そういう、しょぼんぬ状態のヒカル王子もちょっと見てみたい♪弱り気味のイケメンって何かいいよね右近ちゃん」
「えっ、私は別に……侍従ちゃんはホントに王子好きよねえ」
「その気持ち、とってもわかる気がするけど、まだ続きがあるの。
『相手にとって恥となるようなことはしてはならぬ。どこにも波風が立たないよう、女人は平等に扱う方がよいぞ。決して恨みをかわないように』」
「王命婦さん、院の真似上手いね。凄いイケボイスだし降りてきてる感。さすがは藤壺のトップキャリア(腐女)だわ」
「ありがと右近ちゃん、声真似は昔から得意なのよ。ただしイケおじ様に限るけど」
「ていうかさー、お前が言うなって感じじゃなーい? いや自分の失敗を繰り返さないようにっていう親心なんだろうけどさあ」
「侍従ちゃん、ホント院に対しては辛辣よね。全面同意だけど」
「今回ばかりは王子様も結構凹んでてね。いつもは藤壺宮のいる辺りを意味も無くウロウロなさるんだけど、光の速さで退出されてたわ」
「疚しさありありだもんね」
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