紅葉賀 八(源典侍日記)
さてこの典侍(ないしのすけ:役職名)、他の源氏物語訳本や漫画「あさきゆめみし」など見ていただければわかるのですが、かなり辛辣な描き方をされてます。目の下の皺とか落ちくぼみとか髪がバサバサとか外見を具体的にdisられるばかりでなく、若づくりでまだまだイケてる!と思い込んでる勘違い婆扱い。内裏で帝付きの女房という、家柄も見目もよくかつ有能でなければ勤まらないポストに属している教養豊かな女性だというのに、あまりといえばあまりでさすがに気の毒になります。なのでここはひとつ彼女側の視点で書いてみようと思いました。
同じ年回りのオバチャンとしての贔屓目もある……のかもしれません(笑)いやまだまだ年下だけどね!
【源典侍日記 其の一】
〇月×日
今日は内裏で帝の御髪上げ。
「典侍はいつも若々しいね。手際も良いし流石は内裏きってのベテラン女房だ」
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
お着換えのため場所を移られる帝をお見送りして、さて、とみると宿直でいらしたヒカル王子がまだお部屋に居残っていらっしゃる。
無視して道具の後片付けをしていると、ツンツン、と袖が引っ張られる。
「何か?」
すかさずお気に入りの夏扇をぱっと広げて振り返ると、神妙な顔で私の顔と扇とを交互にご覧になったかと思うと、やおらご自分の扇を差し出す。まあこんなお婆ちゃんにお戯れを、と笑ってごまかそうとしたけれど引かない。仕方なく顔が見えないようさっと交換したら、しげしげと扇を見た挙句、
「……これ、すっごい派手な赤だね。で、何この歌。
『森の下草老いぬれば』(大荒木の森の下草老いぬれば駒もすさめず刈る人もなし)
ってすごくない?そこまで言う?ほら、
『森こそ夏の宿り』(ほととぎす来鳴くを聞けば大荒木の森こそ夏の宿りなるらし)
とも言うしさ。まあ、枯れた森でも涼むことは出来るよね。いくらなんでも自虐過ぎじゃない?」
と半笑いしながら仰る。成る程、この婆を揶揄おうと、ワザと思わせぶりに扇の交換をしたわけね。よろしい、ならば乗りましょうかそのビッグウェイブに。
「『君し来ば手なれの駒に刈り飼はむ 盛り過ぎたる下葉なりとも』
貴方のように素敵な殿方がいらしたなら、盛りの過ぎた下葉であってもその馴れた馬のために刈ってさしあげますわ。
貴方がそのおつもりなら、こちらはいつでもバッチコイですわよ」
この時の!王子の顔!!現代だったらすかさず撮ってラインで共有したいくらいだったわよ。いやインスタの方がタグも付けられて良いかしら。まさに
いりょくは ばつぐんだ
って感じね(笑)古いわね(ほっといて)。すっかり気圧されたヒカル王子、体を引きつつ
「ま、まあ……
『笹分けば荒れこそまさめ草枯れの駒懐くべき森の下かは』
笹を分け入ってまで逢いに行ったら誰かに見咎められましょう、いつでも沢山の馬を手なづけているらしい森の木陰では。
別に相手には困ってないんでしょ?私のような若造、とても太刀打ちできませんごめんなさいさよなら」
立ちあがって一目散に逃げようとするのを、袖を引いて、
「あら!あたくしなんてお相手のうちにも入らないと仰るのね。そちらから扇を交換なさったくせに……酷い、こんな年寄りを弄んで!」
って涙目で大袈裟に騒いでみた。ええ、勿論周りに聞こえるようによ。
「そ、そんなつもりじゃ(困惑)……いつかじっくりお話でもと思いながらにいるんですよ。またそのうち、じゃ!」
振り払い逃げようとする王子に追いすがり、
「今、思いながらにって仰いましたわね?!
『限りなく思ひながらの橋柱思ひながらに仲や絶えなむ』
橋柱、つまり恋は終わりよってこと?!酷い酷いわ、よよよ」
「えええ……(白目)」
「どうかしたのかい?随分賑やかだね」
そこにお召し換えを終えられた帝がニコニコと現れる。平安時代の常として、防音設備は皆無。仕切られてるだけのガバガバなので、最初から今までの全てを聞かれていたようだ(計画通り)。
「いやー知らなかったよ。これはまた驚きの組み合わせだ。
ヒカルは堅物すぎという噂に困っていたようだけど、そうはいっても典侍ほどの美熟女は見逃さなかったんだね。うん流石だ!」
と満面の笑みを浮かべられる。ヒカル王子涙目で、赤くなったり蒼くなったり忙しい。おほほほ、完全勝利ですわ!
----------------------------------------------
「うわヤッバ!何コレ!続きマダー?右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん。もう全部読んだの?早いわね。続きは今、大輔命婦さんのとこ。あそこ人数多いからゆうに三日はかかるわね」
「ええええー。勘弁してよ……生殺し状態……つかどんだけ流行ってんの(笑)典局さんの夢小説」
「まあ宮中で知らない女子はモグリね。最近は男子にも……おっとこれは秘密」
「えっ誰?」
声を潜める侍従。
「聞いて驚くなかれ、頭の中将さまよ」
「マジか!そんなシュミがあったとは」
「いや、多分夢小説なんてジャンル知らないと思うよ。あそこの女房さんたちがキャーキャーいいながら話題にしてたからこっそり覗いたみたい。で、真に受けちゃった」
「真に受け……ええええー?まさか」
「そのまさかよ」
「それが次のネタなわけなのね!ヤダ見たい!今すぐ見たい!」
さーっと巻き上がる簾。
「随分楽しそうね。進捗は?」
「だ、大丈夫でーす」
「夕方までにはきっと!」
「早めにね」
にっこり笑って去る典局。
「……あああ、びっくりしたー。心臓止まるかと」
「侍従ちゃん声大きいんだもの」
「ゴメンゴメン。……でもホント、人は見かけによらないねえ」
「だねー」
参考HP「源氏物語の世界」
コメント
コメントを投稿