おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

紅葉賀 七

2019年1月8日  2022年6月8日 
さてそんなこんなで気疲れしたヒカル、何もする気になれない時はコレ!とばかりに、紫の姫の住む西の対へと癒されに向かうのだった。
 二条院はヒカルの私宅。広いとはいえ家の中を移動するだけなので当然お出かけモードではない。寝癖がついたまま直しもせず、上着も無しの部屋着で、聞こえよがしに笛を吹きならしながら近づくと、いつもなら飛びださんばかりに駆け寄って来る紫の姫が部屋の奥から動かない。ちょうどいま通って来た庭の、露に濡れた花といった風情でしんなりと座っている。その様子はとんでもなく可憐で愛らしい。ヒカルがとっくに二条院に帰ってきているにも関わらず、すぐこちらに来なかったのが気に入らなかったようで、いつになく拗ねているらしい。
 ヒカルは笑いをかみ殺しつつ、端の方に座って
「おいで」
と言うが、姫君は知らんぷりで
「入りぬる磯の」
(※潮満てば 入りぬる磯の 草なれや 見らくすくなく 恋ふらくのおほき:万葉集、潮が満ちた時には水面下に隠れてしまう海藻のように、見えることはすくなく、恋しく思っている時の方が多い)→待つ時間の方が長くて震えちゃうわ的な
と口ずさみ、あとは手で口を塞いでしまう。ヒカルはうわー可愛い超可愛いと萌え萌えな気持ちをおくびにも出さず
「なんと!いつの間にそんな小洒落れた言い方を覚えたの?『みるめ(海松布)に人を飽く』てこともあるんだし、逢いすぎるのもどうかと思うよ」
(※伊勢の海人の朝な夕なにかづくてふ海松布に人を飽くよしもがな:古今集、伊勢の海女が朝な夕なに潜っていると、最初は珍しくてもだんだん見飽きてくるものだ)
などと真面目くさって答えるヒカル、女房さんたちに命じて琴をもって来させた。
「筝の琴は、中の細緒が切れやすいのが難点なんだよね」
といいつつ、調音(チューニング)し平調に下げた。音合わせにかきならし、さあとばかりに押しやると、姫君もそれ以上拗ねてもいられず、そろそろと弾き始めた。
 小さい体で左手を精一杯伸ばし弦を揺らす手つきが健気に可愛い。可愛い×100。ヒカルも笛を吹きならしながら教えるが、姫君は大層筋がよく難しい調子もたった一度で習得する。何事につけても才長けた様子に、
「期待通り、いやそれ以上かも」
としみじみ感じいるヒカル。「保曽呂倶世利」という変な名前の曲目だが、ヒカルがノリノリで吹きすさぶ笛に、拙いながらも危なげなくついてくる紫の姫の琴の音が合わさって、中々の出来のセッションとなった。

 夕暮れに灯りをともし一緒に絵など観ていると
「お出かけの時間です」
と供人たちが合図の声をあげる。女房達が
「雨が降ってきそうでございますが……」
と言う中で、姫君は例によって心細げに肩を落とす。絵も見るのをやめてしょぼんと俯いている様子が何ともいじらしい。小さな肩に髪がこぼれかかっているのをかき撫でて
「私が他所に行っている間は寂しい?」
と聞くとこっくり頷く。
「私も、姫と一日でも逢えないのはすごく辛いんだ。だけど姫はまだ子供だからちょっと安心してるとこもあって……ほら、キツーイ嫌味とか恨み言とかぶつけてくる人たちもいるからさあ……そっちを鎮めておかないと……これがまた難しいんだ。だからあっちこっちとウロウロ行く羽目になってる。姫が大人になったら、他の人の所には行かないよ絶対。極力人の怨みをかわないよう心がけてるのも、なるべく長生きして好きなだけ一緒に暮らせたらなあと思ってるからだよ(はーと)」
などと噛んで含めるように言い聞かすと、さすがの姫も気恥ずかしくなって返事もできない。やがて王子の膝に寄りかかって寝入ってしまう
 そのあまりの可愛さに王子、つい
今宵はお出かけやーめた☆
と口走る。周囲はそれを受けてバタバタと動き出す。夕食のお膳がこちらに来たタイミングで姫君をゆり起こし、
「今日は出かけないことにしたよ」
と囁くヒカル。紫の姫はすっかりご機嫌を直して身を起こし、そのまま一緒に夕食の席につくが、ほんの少しだけ口にすると
「もうおしまい、おやすみなさいの時間よ」
という。ヒカルがまたいつ出ていくかも、と心配で仕方がないのだ。全く、このような子を見捨てては、どんなに素晴らしい来世が待っていようとも心残りでおちおち死ねないな、とまで思う王子であった。

 そんなこんなで引き留められることが重なると自然話は漏れ出るもので、もちろん正妻・葵の上の住む左大臣家にも届く。
「いったいどなたなのでしょう。北の方を差し置いて失礼極まりないですわね」
「今まで誰とも知られず、そんなふうにダラダラとケジメなくお遊びになるようなお相手ですもの、人品賤しからぬ方というわけではございますまい」
「おおかた、内裏辺りでちょっと見初めたような方をご大層に扱われて、咎め立てされないよう隠しておられるのでしょう。分別のない幼稚な方と聞きますわよ?(←そりゃまあ子供だし)」
 などなど、おつきの女房達からすればまるで自分たちが侮辱されたように感じるのか、物言いは容赦ない。

 噂はついに父帝の耳にも届き、
「お気の毒に、左大臣が思い嘆かれるのも無理はない。まだほんの子供だった頃から、婿として下にも置かぬもてなしをしてきたというのに……ヒカル王子よ、お前はもう分別のつかない年でもなかろうに、なぜこのような薄情な仕打ちをするのだ」
などとお説教しつつも、さすがに恐縮し返事もろくに出来ないでいる息子を見て、
「まあ、あんまりうまくいってないんだろうな。そういうのあるある
と自らの経験も踏まえ少なからず同情してしまう父帝。
「ヒカルにしても一見パリピ風なんだけど、内裏の女房であれその他大勢の女人であれ、浮いた話は実際見たことも聞いたこともない。いったいどうやったら誰にも見つからずに隠れて遊び歩いて、人に怨まれるまでになるんだろう??」
 父帝としてもいろいろと腑に落ちない事が多いのであった。

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っはー、こっわ!左大臣家の女房さん達ってキチンとし過ぎててアタシも苦手だけど、まあ言いたい気持ちはわかる。全くヒカル王子も罪作りよねー、右近ちゃん」
「そうねー侍従ちゃん。王子もまだお若いのよ、ギリ十代だもの」
「それにつけても紫ちゃんのかわゆさよ……いつまでもこのままでいてほしい」
「君が大人になったら絶対他には行かないよ♪なんて常套句を、あの年にして嘘と見抜いてるっぽいあたり賢い子よね」
「そこはやっぱりアレよ、幼いながらも女子なのよ。何でもいいけど幸せになってほしいわ、私が心配するこっちゃないけどさ」
「とりあえず経済的には心配ないし、少納言さんもいるしね」
「王子しっかりせえよ!(笑)……そうだ、今思い出したんだけど右近ちゃん、あの噂ホント?
「何関係の噂?」
 珍しく辺りをはばかる侍従。
「その……アタシたちの上司、さ」
「ああ、お局さま……源典侍(げんのないしのすけ)さまのこと?ホントみたいよ。てか周知の事実じゃん」
「えっそんなアッサリ!?うわーんショックうー」
「このところ全然叱られなくなった感はあったよね。入ったばっかりの頃は超怖かったのに」
「てっきりアタシたちが超・有能OLにクラスチェンジしたから注意することもなくなったのかと」
「んなわけないっしょ(笑)」
「だよねー(笑)」
 御簾が揺れる。
「あなたたち、今日の仕事は終わったの?」
「!あ、あと少しで!本日中には必ず終わります。ねっ侍従ちゃん」
「はいっ確かに!……典局さま、今日のお召し物すごく素敵ですね!」
「あら、ありがとう。すこし若作り過ぎたかしらと思ってたんだけど」
「いえいえ!そんなことないです!お顔映りもよくて似合ってます!」
「うふふ、お世辞言っても何も出ないわよ。まあとにかく、今やってる仕事が終わったらら片付けてそのまま帰っていいわ。よろしくね」
(二人一緒に)「了解です!」
 典局が御簾の向こうに消えて三分後。
「……侍従ちゃんヤルわね。あのタイミングだと間違いなく残業命令だったのに、見事回避したばかりか鼻歌まじりで帰らせるとは。恐ろしい子……!
「えーだってー、マジでお世辞抜きでお洒落だったと思わなーい?いや元々センスは悪くなかったけどさ、何ていうの?華やかっていうか、キラキラ感?着てるものだけじゃないよね。明らかに前と違うゼッタイ!」
「確かに。お化粧も如何にもなオバサマメークじゃなく、ガッツリキッチリながらもナチュラルに見える高等テクを駆使してる……あのお歳にしては凄まじい進化よね。表情も心なしか柔らかい感じだし。さすが、恋する女は最強ね
「うわーんアタシも恋したーい!キレイになりたーい!」
「あの彼はどうなったのよ」
「聞かないでーうわーん」
「……女子会しよ。近いうちに」

というわけで次回は「紅葉賀」の最後を飾る、典局こと源典侍(げんないしのすけ)の恋バナでございます。
参考HP「源氏物語の世界 
<「紅葉賀 八」につづく>
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