紅葉賀 五
宮中での仕事を終えて直行した大殿は、相変わらず格式張っていて隙が無い。無さ過ぎてどうにもリラックスできない上に、いつまでたっても他人行儀な妻。
「年も新しくなったことだし、せめてすこしは世慣れて態度も改めていただく気持ちが見えたら嬉しいのですが…」
と言ってはみるものの、葵の上からすれば
「どうもどこかに女の人を囲ってるらしい
→その話が一向に表に出てこない
→ふーん。軽い遊びじゃない、ヒカル王子にとってそこそこ重要な存在ってことね……」
なので、心の距離が縮まるどころの話ではない(鋭い)。それでもそんな内心はおくびにも出さず、王子の軽口もスルーせずサラっと返すあたりは、やはり頭も良いし機転も利く。そこら辺の若い女とは基本スペックが違うのだ。年はヒカルより四歳ほど上、まさに今花盛りの女っぷりは全く非の打ちどころがない。自信家で俺様なヒカルにして、
「うーん何処からどうみても完璧だよなあ。自分なんていっつもフラフラフラフラしてるチャラい奴だってケーベツされてるんだろうなあ」
と恥ずかしく思わざるを得ない。同じ大臣と呼ばれる身分の中でも、特に帝のお覚えめでたい男(=義父の左大臣)が宮腹にて得た珠玉のひとり娘・葵の上。気位の高さもまた格別なのも道理で、
「チョロっとでも軽い扱いされるのは無礼千万」
とまで思っているのが透けてみえる。
「何もそこまで肩肘張らなくても(十分女性として魅力的なのに……)」
と思うヒカルだが、カッコ内をどうもうまく伝えきれない。要するに未だに意思の疎通ができていない二人なのだった。
義父の大臣も、どうもあまり芳しくない夫婦仲には気づいていて苦々しく思ってはいるものの、いざ本人を目の前にするとその恨みも吹っ飛んでしまい、それはそれは丁重にもてなしてしまう。朝早く帰り支度をしているヒカルの着替え中に顔を出したかと思うと、ブランド物の高級な帯を差し出して、後ろの方を整えたり結びなおしたりしている女房達に立ちまじりそれこそ履まで差し出さんばかりに気を配り世話を焼く。ご苦労なことである。
「こんな立派な帯、仕事にしていけませんよ。内裏での宴に出る時なら相応しいでしょうけど」
と遠慮するヒカルに、
「いや!そういう時用ならもっといいものがございますから!こちらはただ目新しいだけのものですから!」
などと半ば無理やり押し付けるように結んでしまう。こうして上から下まで余すところなくガッツリもてなしてみると、何か生き甲斐すら感じられてきて
「たまさかにでも、これだけハイスペックな婿を家に出入りさせてお世話……これ以上のことがあろうか、いやない」
と実感する(ちょっと、いやかなりウザイ)舅なのだった。
閑話休題。
この「紅葉賀」という段、時系列を異にした色んな話が細切れに入っていて、さらにやたらとディテールが細かい。お着換え途中にやってくる舅さんのくだりなんか、まさに現場にいないとわからないような表現じゃないだろうか。
これまで繰り返し語って来たことだけれど、やはり源氏物語というのは、女房さんたちの噂話として考えるのが一番しっくりくる。語り手が複数いる噂話の集合体として考えるならば、誰の視点で、誰の言葉で語られたかによって時系列が前後するのも、微妙に立ち位置が変わるのも頷ける。
では次の藤壺の出産話は誰視点か?そりゃあ勿論王命婦さんでしょう、ってことでまたもや「ひとり語り」です。
<「紅葉賀 六 ~王命婦ひとり語り~」につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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