おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

紅葉賀 一(オフィスにて♪)

2018年9月20日  2022年6月8日 
  さて、ここでは末摘花の最後より少し時間を遡る。若紫でちらっと出てきた「朱雀院への行幸」、すなわち神無月(十月)前後のお話。帝の行幸とは、今で言うところの人気アイドル総出演の野外ライブのようなものだが、宮仕えの女性たちの多くは観られない。そのため宮中でリハーサルの形をとって披露する=試楽ということをやった。宮中の女性たちが一堂に会し、色鮮やかな着物の裾が御簾からこぼれ見える華やかな会場で、何か月にもわたる練習の成果を見せる貴公子たち。観る方にも演る方にも、一大エンタテイメントだったことは間違いない。

「ねえねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「この間の行幸リハ、素敵だったわよねえ。あーもう思い出すたびにウットリ」
「まーたその話?(笑)って侍従ちゃんとは初めてだわね」
「ドコ行っても持ち切りよん。で、ダントツ一番人気は何といっても『青海波』のヒカル王子よね!美しかったわあ」
「そうね、そこは認める」
「だよね!!!ご一緒に舞われた頭の中将さまも勿論素敵なんだけどー、なんていうか王子のキラキラ感ヤバイ。華やか~でゴージャス~なお花と、青々水みずした常緑樹って感じ?両方が両方を引き立ててるっていうかさあ…王子だけだと眩しすぎてトゥーマッチなんだけど、頭の中将が加わることでちょうどよくクールダウンするっていうのー?」
「侍従ちゃん何気に酷い事言ってない?(笑)」
「え?!そ、そんなことないよう。私頭の中将さんの顔もタイプなんだよシュッとしてるし!でもでも一番の推しは王子!!なの、これだけは譲れないっ!」
「ハイハイ。確かに、日が傾いて光が陰っていく中のイケメン二人って絵面は中々のものよね。足さばきもすごく揃ってたし、声質の組み合わせもイイ感じ。ハモりも綺麗だった」
「だよねだよね!皆感激して泣いてたよ!勿論アタシもね!」
「帝なんて『これこそ仏の、迦陵頻伽の声ではないか』まで仰ってたわよ。今風に言うと神演技?」
「うんうん!それとさー音楽がさ、歌が終わってすぐじゃなく、少し間をおいて始まったのがまたよかったよね!お袖直して座るまで待って、余韻を残すあの感じ!」
「暮れ時に雅楽って合うわよね。だんだんセピア色に変わってく空の下、響き渡る雅な音色。舞い終わって上気した頬、汗ばんだ貴公子二人…」
「さすが右近ちゃん、目の付け所がマニアだわ。
ところで私あの時さ、聞いちゃったのよね。ほらあの方……」
「ああ(察し)、侍従ちゃん、弘徽殿の近くだったものねお席が。何々?」
「『まあー本当に、天なる神にも魅入られそうなお姿ですこと。却って不吉なのではないかしら、ねえ?』
なーんて言っちゃって、おつきの若い女房さんたちドン引き。それまで目ハートにして盛り上がってたのが一気に氷点下よ」
「怖っ。よっぽど目障りなのね王子のこと」
「嫉妬よ嫉妬。出来のいい王子へのや・き・も・ちってやつ。まーぶっちゃけ、今の東宮さまってパッとしないもんね。お顔整ってて気品はあるけどどうも何か決め手に欠けるっていうかさー。パンチが無いっていうかさー」
「お二人とも、仕事は終わったの?」
「!」
「!」
 恐る恐る振り向く二人。そっと御簾から顔を出したのは…
「ヤダー王命婦さんじゃん!」
「脅かさないでよ、お局様の口真似までしちゃってもう。このイタズラッ子め☆」
「ふふ。でも声は抑えた方がよいわよん。今は誰もいないからいいけど、50歩先まで丸聞こえだったわ。はいこれお土産」
「わー、丹波の黒豆きなこわらびもち!ありがとうございまーす!お茶入れて来るね!」
「よろしくね侍従ちゃん」
 鼻歌を歌いつつ給湯室に消える侍従。
「で、今日はどうしたの?……藤壺で何かあった?」
 声を潜める右近。
「手短に言うわ。他言無用よ?」
「もちろん」
「今回の試楽、帝がほぼうちの女御様のために開催を決めたってことはご存知よね?」
「ええ。帝ご自身があちこちで仰ってたものね。あんまり言い過ぎるとまた弘徽殿の方に睨まれちゃうのにって思ってたわ」
「あの後、帝が藤壺にお渡りになったんだけどさ、開口一番
『今日の試楽は青海波に全部持ってかれた感じだったよね!そう思わない?』
って」
「……うわあ」
「そこはさすがの女御様、ごくごく自然な態度で、ええその通り、本当に格別でしたわ的な返事をしたわけなんだけど」
「まあそう言うしかないわよね」
「『片割れの頭の中将も悪くなかった。舞う姿や手さばきが、やはり良家の子弟は違うね。世間で名声を得ている舞人たちも勿論大したものではあるが、あの二人のような優美な品格を漂わすことは無理だね。それにしても試楽がこれだけ盛り上がると、当日は紅葉の木蔭でも張り合いないことだろうな。まあ、貴方に見せてあげようと思って用意させたことだからいいんだけどね』」
「うわヤッバ!ヤバイっすねそれ!」
「やだ侍従ちゃんいつのまに」
「しっ、声が大きいわよ」
「あっごめんなさい王命婦さん……つい。お口チャックしまーす」
「試楽の日、どこより盛り上がってたのは藤壺なのよ。弘徽殿の方も相当だったんだけど、最後に思いっきり冷や水ぶっかけられてたから、最終的に温度差はかなり大きくなってたと思う」
「ああ……」
「どこまでも罪な弘徽殿のお方……」
「女御様はさすがに、色々あるから極力普通にしてらしたんだけど、ただでさえああいう舞って男っぷりが二倍三倍増しくらいになるからね、そりゃ口元も緩みますわよ。頬も上気するってものよ」
「女ですものねえ……」
「ほんに……」
「しかも試楽の翌朝早くにお歌まで寄越すし。ちょうど帝がお帰りになった後で良かったわ」
「えっまさか」
「王子……よね?」
 黙って頷く王命婦。

「『如何ご覧になられたでしょう。こんなに緊張したのは生まれて初めてでしたので……
 
思う所ありすぎてとても舞どころではないですが
打ち払うように袖を振って舞いました
こんな私の心、おわかりいただけたでしょうか


畏れ多いことですが』」

「ふーむ、さすがにぼやかしてるわねん」
「うん。素直に読めば、試楽の時超あがってたんだけど頑張った!どうでしたか?出来ればご感想お聞かせくださいみたいな意味に取れる」
「まあ実際素晴らしかったのは確かだし、この内容なのにスルーするのも何だからってことで、

大陸から伝わった青海波、貴方の舞う姿に古の唐人の心意気を見ましたわ

とても素晴らしかったですよ』」

「優等生的なお返事ねえ」
「あら侍従ちゃん、でもこれ嬉しいと思うよ。帝の妃というお立場からしたら結構な褒め言葉よ」
「そうね。決して馴れ馴れしくなく、かつドライすぎず、社交辞令と取られないギリギリの線を狙った最大の賛辞と言えるでしょうね」
「王子、舞い上がってるんだろうなー」
「本番も期待だわね」

<紅葉賀 二に続く>
参考HP「源氏物語の世界
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