「予言がはずれるとき-この世の破滅を予知した現代のある集団を解明する」L・フェスティンガー 勁草書房
ツイッターで見かけて興味を惹かれ、図書館で借りて読んでみた。社会心理学の古典らしい。冒頭は心理学でいう「認知的不協和の理論」についての説明、残りは、実際に「この世の破滅を予知した集団」への潜入ルポ。
「予言がはずれたことで余計に布教活動が活発化する」という、ちょっと聞くと矛盾したようなふるまいは、人間特有の心理的行動として昔からあるらしい。が、歴史記録に残るのはせいぜい信者が増えたか減ったかの「結果」だけ(それも無いことが多い)、布教しようと躍起になる努力それ自体が書き残されることは皆無。だからこそこの社会実験には意義があるとしている。しかし中心人物が女性で比較的おとなしい集団だったからよかったものの、けっこう危険な実験でもある。手軽に撮影や録音ができる機器がない時代、研究者たちの並々ならぬ根気と熱意には感服するが少し恐ろしさも感じた。今は到底無理だな。
フェスティンガーによる「認知性不協和」の仮説はwikiによれば以下の通り:
〇不協和の存在は、その不協和を低減させるか除去するために、なんらかの圧力を起こす。
つまり、複数(通常は二つ)の要素の間に不協和が存在する場合、一方の要素を変化させることによって不協和な状態を低減または除去することができる。
〇不協和を低減させる圧力の強弱は、不協和の大きさの関数である。
つまり、認知的不協和の度合いが大きければ、不協和を低減させる圧力はその度合いに応じて大きくなる。
…ちょっと難しいので、私なりに翻訳してみたのが以下:
「ある信念を覆すような事実に直面すると、人は自らの誤りを認めることよりむしろその事実によって起こる動揺や混乱=不協和を抑える方向に動きがちである。信念が強固であればあるほど不協和は大きくなり、それを低減しようとする力も大きくなる」。
こういう現象が起こる条件としては以下:
1.強い確信を伴って信念を保持し、それが実際の行動にも繋がっている
2.信念に基づいた行動を実際に起こしている(予言に基づいて物を手放す、仕事を辞める等)
3.予言の内容が現実世界と十分にかかわっている(直近の日付、身近な地名等)
4.予言が誤りであるという決定的な証拠が生じる
5.一定の社会的な支持を得ている
この条件に合致しているメンバーは、面白いように仮説通りの行動=より一層の布教活動、マスコミへのアピールを起こし、少しでも条件から外れている(さほど熱心ではない)メンバーは集団から離脱。信念と客観的事実との振り幅が大きければ大きいほど、戻そうとする力が大きくなる、と考えればある意味当然の結果でもある。
してみるとカルトに嵌った人を救い出すには、まず強固な信念を持つに至る前に物理的にその集団から離す、小さな矛盾から段階を踏んでその教義の誤りを理解させる、という個々の対策はもちろん、社会としては
マスコミ等に注目させないこと・まして好意的に取り上げさせないこと
がかなり重要なのだろう。あのオウムも、マスコミに持て囃され宗教学者や有名作家に持ち上げられた挙句、政界進出をも目論み失敗。日付を明確に示した世界終末の予言も外した。連続して起こった大きな不協和により巨大な揺り戻しが来て、最悪の方向に暴走したのだ。マスコミの果たした役割は大きい。しかし死刑執行の報道といい、まったく検証も反省も見られないのは困ったものだ。一般民がしっかり見張ることができる時代になったのは喜ばしいが。
ツイッターで見かけて興味を惹かれ、図書館で借りて読んでみた。社会心理学の古典らしい。冒頭は心理学でいう「認知的不協和の理論」についての説明、残りは、実際に「この世の破滅を予知した集団」への潜入ルポ。
「予言がはずれたことで余計に布教活動が活発化する」という、ちょっと聞くと矛盾したようなふるまいは、人間特有の心理的行動として昔からあるらしい。が、歴史記録に残るのはせいぜい信者が増えたか減ったかの「結果」だけ(それも無いことが多い)、布教しようと躍起になる努力それ自体が書き残されることは皆無。だからこそこの社会実験には意義があるとしている。しかし中心人物が女性で比較的おとなしい集団だったからよかったものの、けっこう危険な実験でもある。手軽に撮影や録音ができる機器がない時代、研究者たちの並々ならぬ根気と熱意には感服するが少し恐ろしさも感じた。今は到底無理だな。
フェスティンガーによる「認知性不協和」の仮説はwikiによれば以下の通り:
…ちょっと難しいので、私なりに翻訳してみたのが以下:
「ある信念を覆すような事実に直面すると、人は自らの誤りを認めることよりむしろその事実によって起こる動揺や混乱=不協和を抑える方向に動きがちである。信念が強固であればあるほど不協和は大きくなり、それを低減しようとする力も大きくなる」。
こういう現象が起こる条件としては以下:
1.強い確信を伴って信念を保持し、それが実際の行動にも繋がっている
2.信念に基づいた行動を実際に起こしている(予言に基づいて物を手放す、仕事を辞める等)
3.予言の内容が現実世界と十分にかかわっている(直近の日付、身近な地名等)
4.予言が誤りであるという決定的な証拠が生じる
5.一定の社会的な支持を得ている
この条件に合致しているメンバーは、面白いように仮説通りの行動=より一層の布教活動、マスコミへのアピールを起こし、少しでも条件から外れている(さほど熱心ではない)メンバーは集団から離脱。信念と客観的事実との振り幅が大きければ大きいほど、戻そうとする力が大きくなる、と考えればある意味当然の結果でもある。
してみるとカルトに嵌った人を救い出すには、まず強固な信念を持つに至る前に物理的にその集団から離す、小さな矛盾から段階を踏んでその教義の誤りを理解させる、という個々の対策はもちろん、社会としては
マスコミ等に注目させないこと・まして好意的に取り上げさせないこと
がかなり重要なのだろう。あのオウムも、マスコミに持て囃され宗教学者や有名作家に持ち上げられた挙句、政界進出をも目論み失敗。日付を明確に示した世界終末の予言も外した。連続して起こった大きな不協和により巨大な揺り戻しが来て、最悪の方向に暴走したのだ。マスコミの果たした役割は大きい。しかし死刑執行の報道といい、まったく検証も反省も見られないのは困ったものだ。一般民がしっかり見張ることができる時代になったのは喜ばしいが。
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