「八月の青い蝶」

 
「八月の青い蝶」周防 柳 集英社文庫
大学生になってから通学時間が長くなり、読書に目覚めた息子に勧められた。すっかりファンになったらしい。色んな意味で感謝である。

【60字梗概】
余命僅かな父が大事に持っていた青い蝶の標本は、父の初恋のよすがであり広島で経験した戦争そのものでもあった。

うーん、これは梗概が難しい。まあこうとしか言えないんだけれども、物語は極めて濃密で、一つとして欠けてはいけないものが端正に組み上げられている。
作者は私とほぼ同世代の戦後生まれ。幼い頃には周囲にまだ戦争の影が色濃く残っていた世代だ。実際、近所には腕の無い工員さんがいたり、学校には従軍経験のあるベテラン教師などがまだまだ少なからずいた。終戦時中学生だった父は、世の中が180度手のひらを反す姿を目の当たりにしてきたのでマスコミが大嫌いだった。テレビで学者が「あの戦争は~」としたり顔に語ると「そんなもんじゃない。あんな若造に何がわかる」とよく憤っていた。今50代前後の私たちは、そんな生の声を直に聴いていた最後の世代だろう。
この小説はいわゆる「神の視点」で描かれている。編集者である作者があえてこの手法を選んだ理由は、とりもなおさずこれが「戦後生まれの部外者」からみた戦争であるからだ。この時代ならではの特殊な人間関係(父の妾の女性が母子の住む家に同居)から紡がれる物語に絡め、当事者には近すぎて見えなかったもの、形にならなかったもの、語られずじまいの思いまでも見事に描ききっている。
「黒い雨」から始まった「広島」が、この「八月の青い蝶」を以て総括され、ひとつの完成された物語として昇華した、と言い切ってもいいと思う。素晴らしかった。

0 件のコメント:

コメントを投稿