末摘花 七(ひとり語りby侍従♪)
フツーの男ならこれでもう自然消滅、てなるんだけど、そこはヒカル王子よ。ま、ぶっちゃけヒマになって刺激が欲しくなったわけね。
「もしかしてもしかすると、よーく間近で見てみたらちょっとは可愛いとことか、あるかも? 何しろいっつもここまで暗くする?! てくらい真っ暗闇だし、手探りの感触だけじゃあワケわかめ…せっかくだから見るだけ見てみちゃう?」
なーんて思い立ってからの王子の行動は速い。誰しも気が緩む夕飯あとのまったりタイムに、そーっと常陸宮のお邸に入って、格子の蔭から覗いてみた。
が、当然ながら深窓の姫君がそんな端近にいるわきゃない。几帳とか超ボロッボロなんだけど、定位置に置きっぱだから完全目隠しされてて、かろうじて女房さん達四、五人が座ってるのが見えるだけ。お膳や青磁らしき食器は由緒正しきインポートものだけど、まーとにかく古臭くてダッサい上に、とても御馳走とは言えないショボイ料理を、仕事上がりの女房さん達がモソモソ食べてる。
部屋の隅っこには、元は白かったんだろうけどグレーに煤けちゃった着物に、薄汚れた褶をまとったお婆ちゃんたちが寒い寒いっていいながらハムスターみたいに固まってる。ハムスターほど可愛くない上に、その髪型ね…額の辺りに櫛なんか挿しちゃって、しかもそれが落ちかかってるわけ。舞や楽器を教える先生とか、修道院みたいなとこに籠ってる年寄りとか、ようは浮世離れした人? て感じで、普段の王子の生活圏じゃまずお目にかかれないような人種なわけ。落ちぶれたとはいえ、いやしくも宮家でのお側仕えだっていうのに…いや、だからこそなのかな? 昔風のまま時が止まってる感じ?
「今年はなんて寒い年なのでしょうかねえ。うっかり長生きしたばっかりにこんな目に遭うなんて…シクシク」
「故・宮様が生きていらしたころ、何が辛いと思っていたんでしょう? こんなよるべない生活よりずっとマシだったのに…」
なんて、大げさにガックンガックン震えながら延々続く愚痴ぐちぐちぐち…。さすがにウザすぎるんで、王子、そーっと離れて、今きました!的な感じで家来に戸を叩かせる。
ヒカル王子さまがいらした! いらしたわ!
とばかりに女房さんたち色めき立って、火の向きを変えたり格子を外したりバタバタお迎えの準備。
え? 私? 実は、このときは不在で…ゼーンブ伝聞なの。本業が忙しくって…え? やだぁ私だって働くときは働きますよぉ、一応。若くて美人で有能な平安キャリア女房って、あちこちで引っ張りだこなんだからねっ! ホントなんだからっ!
…てことで、この日は特に、色々ズレたお年寄りばっかだったもんだから、王子からしたらますます勝手が違ってやりにくかったみたい。その上空模様は悪くなる一方で、雪はどんどん降ってくるわ風が吹き荒れるわで、明りもいつのまにか消えちゃってるのに点し直す人すらいない。暗い、ふるーいボロ屋敷で夜を過すってシチュエーション、どっかで聞いたような…そうそう、夕顔のお方のお話ね…ぶるる。あの時より邸は狭いし、いつもはそれなりに人が沢山いたから今まで気にしてなかったんだけど……さすがの王子もぞくぞくしてあんまり眠れなかったみたい。
(そうはいってもこういう荒れた天気の夜って何かイイよね。いつもと全然違う感じでワクワクする。だけど…ねえ)…溜息。
フツーの女子だったらさあ、ヒカル王子と嵐の夜…なんて夢のようなシチュエーションじゃん? 風の音が怖くて眠れないの、手を握ってて?(うるうる)大丈夫だよ僕がついてる、さあもっとこっちにお寄り(はあと)
♪あーだから今夜だけはー君を抱いていたい♪あー明日の今頃はー僕は牛車のなかー♪とか口ずさんじゃったりしてさあ……
あああああ! 何なの一体! ちょーもったいない! コミュ障も大概にしなさいよってんだ!
「侍従ちゃん落ち着いて、音が割れる。てか歌が古すぎ。年がバレるわよ?」
……大変失礼いたしました。
というわけで、夜はしんしんと更けていくのでした。
>>「末摘花 八」につづく
参考HP「源氏物語の世界」
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