末摘花 五(ひとり語りby侍従)
し、失礼しました……息が続かないよー何これ超辛くない? 右近ちゃんよくあんな長い語りやったよね……え? 何? やだっマイク入ってんの?!やっば……ん? 素でやれ? そうねーアタシもその方がやりやすいし! りょーかいっ!
ぼうぼうと、薄気味悪く荒れた籬(まがき:垣根)、
ぼんやり眺める王子の耳に、
かすかに聞こえる琴の音♪
耳の肥え過ぎた王子からしちゃ
「うーん、何かカクンカクンしてて乗れない……もう少しキャッチーな感覚がほしいとこだなー」
てなくらいの腕だったみたいだけど、まーいいじゃんねそこは。プロじゃないんだし。
「まあ、なんてことでしょう(棒読み)。(うにゃうにゃ)…ってことでヒカル王子がいらしたようですわ。何とか姫さまに繋いでくれという矢の催促を、私の一存では、とずっとお断り申し上げていましたのに。困りましたわね。『この際、直接お話ししたい』とかねがね仰ってはいらしたのですよ。ああ、どうお返事すればよいかしら? 並々ならぬお気持ちでのお出ましでしょうから、あまり無下にも出来ませんわ……如何でしょう、物越しにでもお話を聞いてみるだけ聞いてみては?」
姫君はメチャクチャ恥ずかしがって、
「そんな……知らない男の人と、何をどうお話していいのか……」
ずずずずっと奥に引っ込もうとする。命婦さん、
「姫さまは、まるで幼い子供のようにお可愛らしくていらっしゃる」
と、それはそれは優しい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべつつ(怖)、
「親御さまがご健在で、何不自由なくお世話をしてくださっているのならば、箱入り娘のままでいらしても致し方ないのですが……このような(社会的にも経済的にも)心細い有様だというのに、世間を知ろうともせず引きこもってばかりいらっしゃるなんて、よろしくありませんわ。大人にならなくては」
あくまで丁寧に、真綿より柔い言葉でじわじわと、的確に弱い所を締めてくる。怖いわ~。
そうそう、しばらくお側仕えしてみてわかったんだけど、この姫さまって、筋金入りのお嬢様育ちってだけじゃなく、元々からして他人に反抗するとか拒否るとか、そういうことできない性格みたいなのね。そりゃ大輔の命婦さんからしたら、赤子の手をひねるようなもんだわ(ぶるる……)。
「答えなくていい、ただ聞いていればいいと仰るなら……格子もしっかり閉めてあるなら、いい、かも……」
と恐る恐る譲歩したのをすかさず、
「そうですか! でもさすがに王子を外の簀の子(オープンデッキ)などに座らせるのは失礼にあたりますからね、一応軒下には入っていただきますわ。いえいえ大丈夫ですよ♪ヒカルさまだってそこまで強引でもチャラくもないですから、ええ」
と言い切るや、二つの部屋の端にある障子を手づからがっちり閉め、敷物しいたり調度品置いたり色々サクサク整える。
姫君はひたすらもじもじもじもじ……滅多にこないお客、しかも男、しかもヒカル王子! リア充女子だってテンパりそうな状況なのに、ましてカレシいない歴=年齢の桐の箱入り娘ちゃん、心得も何もあるわきゃない。完全思考停止状態で、大輔の命婦さんに100%丸投げモードよ。
(小声)「大輔の命婦さん?」
「なあに侍従ちゃん?」
「ヒカル王子、メチャクチャ気合入ってません? なんだかキラキラ☆オーラ当社比三倍増しってかんじー」
「そうね。お忍びらしい抑え気味なコーディネートでありながら、かえって顔の華やかさが映える絶妙なバランス……やるわね。さすがは我が乳兄弟」
「それにしても、この部屋やたら暗くないですか? これじゃ姫君の顔も何も」
「見えなくていいものが沢山あるのよね、ここには」
「ああ……(察し)ちょっと、いやかなりボロ……古いですもんね、お部屋も調度品も。まあそれだけ由緒正しいおうちってことですけど」
「フォローありがとね侍従ちゃん」
薄暗い部屋の奥から、んごごご……と鼾の合唱。古女房さんたちだ(といっても多分三十代~四十代)。
「そうなのよ。古いのよね……何もかも」
命婦さんふっかーく溜息をつく。
「……あのー、言っていいですか」
「なあに?」
「正直、この場所にヒカル王子って……イケメンの無駄遣いっすね」
「それは言わない約束よ侍従ちゃん」
「まあでもアレですね。こんだけコミュ障……いやおっとりされていらっさる姫さまなんだから、逆に安心? ていうか、少なくとも変なとこでしゃしゃって失敗、なんてことにはならないですよね絶対」
「それは確かにそうなんだけど……ただ私がこうして手引きしたことで、こんな純朴な姫さまに余計な悩みを負わせちゃったりしたらって思うとね……さすがに胸が痛むわ」
と言いつつ、何気に姫君を端近に押し出す命婦さん。抜け目なく姫の衣にたきしめておいた香りがふんわり広がる。
(おお、何かいい感じ。お淑やか通り越してちょっと静かすぎる気もするけど、筋金入りのお嬢様だもん仕方ないよね♪超期待)
王子、俄然やる気アップ。立て板に水と口説き出す。
が。
返事がない。ていうか、無反応。
???
だけどそこは百戦錬磨のヒカル王子、困惑しつつもお歌よむ。
ものを言うなとも仰らないことを頼りに
色々と言ってきましたが、捨てるなら捨てて構いません。
「どうせ同じことならば思っていないと言い切れないのか、どうして世の中はこう『たすき』のように 人に思いをかけずにいられないものなのか」
「え、えええ?!ちょ、まって……うーーーーんと……」
もう何も仰らないでチーン
なんてさすがに言えませんわっ!
王子鋭い。
言わぬは言うに勝る、ともいいますが
かといってずーーーっとだんまりのガン無視はさすがに傷つきますって……」
無 反 応。
ついにブチ切れたヒカル王子。すっくと立ちあがり中に押し入ってキター!
大輔の命婦さん、
「あーあ、やっちゃった。こうなると誰も止められないわ……侍従ちゃん、あとよろしくね。じゃ」
「え?!ちょ、待ってくださいよー命婦さん! あわわわ」
「へー、それでどうしたの? 侍従ちゃん」
「どうしたもこうしたも……あ、これ美味しいね右近ちゃん。生姜が効いてて」
「でしょー。今内裏で大流行りの黒糖きなこおこしよん。ま、今朝大輔の命婦さんにいただいたんだけどね。侍従ちゃんにって」
「ええーーー? 何ーーー? もう命婦さんったら……一人でお部屋に逃げちゃってー」
「侍従ちゃんは逃げ遅れたわけね」
「そりゃそうよ。まだ屋敷の間取りとかよく覚えてないし、あんな真っ暗にされてたらどこにも動きようがないって。一部始終見ちゃったわよ……聞いたというべきか」
「あらあらあら。それはそれは。で?」
「んーーーー、なんというか……どう説明したらいいんだろ。王子はねー、まあ普通にしてたんだろうと思う。ああこういうふうに口説くのねーって。だけどさ、姫君よ。この期に及んでもまったくの無 反 応 なわけ」
「へえ……だってカレシいない歴=年齢なんでしょ? 必死で逃げるとか泣くとか怒るとか、そういうのもないってこと?」
「そうなのよ! 空蝉さんみたいに全力で抵抗ってわけでもないし、かといって夕顔さんみたいに全力で身を任すってことでもないし……王子最後まで腑に落ちない感じで」
「何だか気の毒ねー。あ、王子がね」
「うん。溜息つきながら夜中にそーっと帰ってた」
「どーすんのかね、この後」
「さあ……」
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