おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若紫 五

2016年1月16日  2022年6月8日 
明けゆく空はあらかた霞み、山鳥どもがそこかしこと囀り合っている。
名も知らぬ草木の花ばなも色とりどりに散りまじり、錦を敷いたような中、鹿がそぞろ歩く。
都育ちのヒカルには、山の風景の何もかもが新鮮で珍しく、飽かず眺めているうち、塞いだ気持ちもすっきり晴れていく。

聖(念仏僧)は、身動きこそ不自由だが、ヒカルのためにとどうにか護身の法をおこなってみせる。陀羅尼経をよむ枯れた声が歯の隙間からしゅうしゅうと漏れ聞きとりづらいが、これもまたいかにも年季の入った尊い感じがして悪くない。
ヒカルを見送る人々が、口ぐちに回復を祝う。内裏の父帝からもお見舞いを賜った。
僧都は、見慣れない珍しい果物をこれでもかと谷底から採ってきて、振る舞ってくれる。
「今年中の誓いが深うございまして、あまり遠くまでお見送りすることはかないません……なかなか思うようにはならないものですなあ」
などと残念そうに酒を注ぐ。

「山水の風景に心惹かれてまだまだ帰りたくないのですが、帝からもったいないお見舞いもいただいてしまいましたので……今咲いているこの花の盛りが過ぎないうちに、また伺いますよ。

都に帰ったら宮の人々に言って聞かせましょう、この山桜の美しさを
風に吹き散らされる前に見に来るべきだと

ヒカル王子の立ち居振る舞い、声音、すべてが眩しい僧都は思わず

三千年に一度咲くという優曇華(うどんげ)の花を待って待って
ついに出会えたような心持ちです
ありふれた深山の桜など目にもとまりませんよ

と口走る。ヒカルは微笑んで
「その時節に一度だけ開く花に出会うことこそ、難しいものでしょうに」
と言い返す。(意味深)

聖は盃をおしいただき
山奥の松の扉をひさかたぶりに開けてみたら
この世でお目にかかったことのない、花の顔(かんばせ)を拝見いたしました
とむせび泣きつつ光君の顔をしげしげと見つめ、御守護にと独孤を渡す。

僧都も負けじと、聖徳太子が百済より手に入れたという(ほんまかいな)玉飾りのついた金剛子の数珠を、唐風の箱ごと透かし編みの袋に入れ五葉の松の枝につけたもの・紺瑠璃の壷に種々の薬を入れ藤や桜などに付けたもの・その他ご当地ものの贈り物など、さまざまに取り揃えて王子に奉る。
ヒカル王子の方もお返しは万全、聖をはじめ読経してくれた法師たちへのお布施にと、あらかじめ家来たちにいろいろと用意させていた。京の都から大量にお取り寄せした土産ものを、その辺りの木こりに至るまで大盤振る舞いし、誦経なども行った。

僧都は、屋敷内の尼君にヒカルの言葉を改めて伝えたものの

「ともかくも今は、何を仰られようとどうにもできません。本当にお気持ちがあるとしても、これから四、五年を過ごしてのちならば、です」

と、同じことを繰り返すだけで、まったく取り付く島もない。
かろうじてお手紙ばかりは、僧都のお付きの子供づてにやり取りされた。

昨日の夕暮れ、ほのかに美しい花を見ましたので
今朝は霞のように立ち去りがたい気がしています

尼君からの返しは
ほんとうに花の辺りを立ち去りたくないと思ってらっしゃるのかしら?
霞んだ空の色はこちらからは見えませんわ」

と、知性と気品あふれる筆致で、さらりとだが毅然とつっぱねる。

さていよいよ出立、とヒカルが用意してあった車に乗ろうとすると、
「まったく、どちらへ行かれるとも仰らないでお出かけになられたりして……」
と、左大臣家からのお迎えの家来やその子息たちがわらわら集まって来た。
頭中将、左中弁、その他の子息は寄ってたかって
「このような小旅行には、ぜひお伴いたしたく常々思っていますのに、あんまりじゃないですかー!置いてきぼりなんて」
と恨み言の嵐。ヒカルは涼しい顔で
「すっごくキレイな花の蔭に、しばし佇む間もなく引き帰しちゃったのはホント、物足りない感じだよ」
と返す。(意味深その2)

岩蔭に生えた苔の上に皆で並び座り、酒を酌み交わす。落ち来る水のさまが風情を誘う滝のほとりである。
頭中将は懐手にした笛を取り出し、吹き澄ましている。弁の君は、扇をかすかに打ち鳴らし、「豊浦の寺の、西なるや」と謡う。
いづれ劣らぬ優れた公達ではあるが、悩ましげに岩に寄りかかっているヒカルの君の姿は他とはステージが違うともいうべき類まれなる美形、他に目移りするはずもない。
いつものように笛や篳篥を吹くお付きまで現れ、もはやライブの趣だ。

悟り澄ました年寄りばかりの静かな山に、元気盛りの若者が大勢集い、即興の野外ライブはいやがうえにも盛り上がる。ついには僧都まで、自ら七絃琴を手に
「光の君、ひとつ弾いてくださいませんか? どうせなら、山鳥も人と同じように驚かせてやりましょうよ」
と熱心に頼んできた。ヒカルは
「病み上がりなもので、自信がないですが……そこまで仰るなら」
などと言いつつ、満更でもない様子。ひとときかき鳴らすと、それを切りにようやく一行は出発した。

一気にしんとした山中、名残惜しい寂しいと、下々の法師や子供たちまでが涙を流す。まして屋敷の内では、年老いた尼君たちが今まで見たこともないヒカルの美男っぷりに「この世の者とも思えない」と言い合った。

「本当に、一体どういう縁で、あのようなお美しい姿を以て、この日の本の、むさ苦しい末法の世にお生まれになったのかと思うと……まことにもったいなくもありがたいこと」

と目を押し拭う。
かの姫君は、幼いながらも「王子様カッコイイですー」とご覧になり
「父宮さまよりずーっとイケメンさんですー」などと言っている。
それならばあの方のお子様になっては?
と言われると、「それいいかもですー」とうんうん頷いている。お人形遊びの時にも、絵を描くときにも、「源氏の君」を作っては、きれいな衣装を着せ、かいがいしくお世話をするのでした。

参考HP「源氏物語の世界」 
<若紫 六につづく>

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