若紫 十二(最終章@女子会♪)
「はい!」
「はいっ」
「は~い♪」
「それでは、只今から女子会始めまーす。僭越ながら、わたくし右近が乾杯の音頭を取らせていただきます。若紫の巻もようやく最終章、皆さま大変お疲れ様でした! 乾杯!」
(全員)「かんぱーーーーーい!」
……しばし飲食とお喋りに集中……
「あっ少納言さんもうグラスあいてる! 注ぐよ!」
「ありがとう侍従ちゃん。いただくわ。はい、ご返杯」
「たまにはこういう女子会もいいわね。誘ってくれてありがと、右近ちゃん」
「王命婦さんも大変だったものねえ……その後、藤壺宮さまはご体調いかが?」
「お蔭様で順調でいらっしゃるわ。ヒカル王子も、さすがに今は何も言ってこないし……って、ごめんなさい少納言さん。あなたのところにしわ寄せが行っちゃってるのよね」
「……いいえ、とても良くしていただいていますのよ。二条院はとても大きくて豪華な御殿ですし、住まいの西の対は素敵な調度品がたくさん……家来や女房や遊び相手に至るまで完璧に取り揃えていただいて、何の不自由もありません。姫君も最初こそビクビクしてましたが、今ではすっかり慣れて、ヒカル王子とも仲良しで、元気にしておりますの……ええ」
「……ちょ、少納言さん……目が死んでる。っていうか超棒読み」
「綺麗事言ってないで、ぶっちゃけちゃいなYO! 飲みが足りないんじゃないの? ほらっ」
いつのまにかすっかり出来上がった侍従がさらに酒を注ぐ。少納言、一気に飲み干す。
「はーっ。元の、あの古い邸よりずっと良い生活をしていることは確かなんです。それは感謝すべきことなのですけどね……時々思うんです、あと一日早く兵部卿宮さまが迎えに来てくださっていたら。あの日私が、惟光さんに引っ越しのことを言わなければ、って」
「少納言さん……(泣)」
「自分を責めちゃダメよ! あの王子なら、少納言さんが言わなくても、何とかして情報ゲットしてたと思う。それこそどんな手を使っても」
「そうなんですけど……もう少しうまくやれなかったかな、って」
「いいえ、無理ですわ」
王命婦がキッパリと言い放った。
「普段そのお部屋なりお家なり(=職場)を取り仕切っているとはいえ、私たちはしょせん一介の女房(=OL)にすぎません。権力側に本気で突っ込んでこられたら、とても太刀打ちできるものではない」
「説得力あるわあ……」
「王命婦さん、男前……」
「まして乳母である少納言さんはまだお子さんも小さいでしょ? 上司の機嫌損ねて仕事を失ったら、都から追い出されたら……て思うと怖いわよね。私にも家族はいますから、よーくわかるわ。ついこの間、同じ思いをしたばかりだから。結局私たちに拒否権なんてないのよ」
「王命婦さん……(泣)」
手をとりあう二人。
「ほらほらそこ、湿っぽくなっちゃダーメ! 王命婦さんも少納言さんも、この際言いたいことゼーンブ言っちゃいなYO!」
注ぎまくる侍従。いそいそとおつまみを補充する右近。
「だいたいね、私たちのことを最初から見下していらしたと思うんですよ、ヒカル王子は」
少納言の耳がほんのり桜色に染まって来た。
「高貴な血筋とはいえ、直接的な後ろ盾はない、単なるおばあちゃんと孫ですからね。尼君は最期まで、王子のことをゼーンゼン、まったく信用されてませんでした。北山であんなに熱っぽく請われても、頑として撥ねつけていらっしゃいましたから……案の定、京に帰られたら速攻で疎遠になって、ああやっぱり仰る通りだったわーなんて」
少納言、杯をあおる。
「京の、私たちの邸にいらした時も、夜にアポ無しで。わざわざ来てやったんだぜー的な態度でしたけど、もののついでだったのはバレバレですから! 残念っ!」
「少納言さん……すごく、古いです……」
「しっ、侍従ちゃん黙って聞くのよ!」
手酌で酒を注ぐ少納言。勢い余ってテーブルにこぼれる。
「それでも頑張ったんです私たち。慌てて掃除して、家で一番見栄えのする調度品も置いて。だけど、一歩その部屋に入ったときの、あの王子の目! ふ~ん、ま、こういう部屋もセレブな俺には新鮮だから? 心広いよね俺、的な? あの態度! そりゃ二条院とは比べ物にならないでしょうよ、ろくな飲み物も出せませんよ。だけど、だけどねえ……」
泣き出す少納言を、悔しいわよねえ、そうよねえとハグして慰める王命婦。
「藤壺の件は、一応合意の上だし、何より大人同士だからまだいいけど、若紫ちゃんはまだ小学校中学年くらいですものねえ。それも、尼君の四十九日も過ぎないうちから、いきなり御簾の中に入ってきて添い寝だなんて、さすがにおおらかな平安時代でもないわーって感じよね」
「しかも! その帰りに、よその女の家に寄ろうとするし! んで、すげなく断られてやんの、ウケルー!」
「通い婚のお約束も守らないしね! 相手が子供なのに三日も通ったら皆に変に思われちゃうかもーって、だったら最初から言い寄るなっつうの!◯ーカバー◯」
右近と侍従、そろって顔真っ赤。王命婦が溜息まじりに言う。
「結局、通うのが面倒だったって理由なのよね、真夜中に突撃して、騙し討ちみたいにさらってったのは」
「そうなんです! 本当に馬鹿にしてますよ! 尼君が亡くなったとみるや、女房たちばかりの家と侮ってこんな仕打ちを……もう……兵部卿宮に顔向けが出来ません私……」
「あー、あの上品で人の良さそうなおじ様ね。気の強い奥さまの尻に敷かれてはいるけど、社会的地位は問題ないし、そこそこ経済状態も悪くないし、保護者として全然問題ないのにね」
「私、その家に知り合いがいるんですけど、奥さまって確かに最初はヤキモチ焼いていろいろ意地悪もしたみたいですが、この頃はかなり軟化されてたって。若紫ちゃんを引き取ることもちゃんと了承してて、あのくらいの子供久しぶりだわーってむしろ楽しみにしてらしたみたい。けっこうガッカリしてるらしいですよ」
「右近さん……邸に残った人たちは王子から、しばらくの間は何も言うなと固く口止めをされています。そのせいで、兵部卿宮側の人たちには、私の一存で姫君を連れて行ったと思われているみたいなんです。尼君が以前から、あちらの奥さまをあまりよく思ってなかったことで、乳母が出すぎた真似をしたと……」
「えーひどい!」
「全然違いますよね! 抗議したほうがいいんじゃないですか?」
「何なら、私からそれとなく根回ししてもいいわよ」
「……ありがとうございます! 本当に、皆さんにそう言っていただけて……。でも、いいんです。私が姫君を守りきれなかったのは事実ですし……だいたい、今更そうと知れたところで、王子がハイそうですかと姫君をお返しすると思われますか?」
「……返さないでしょうね、絶対」
「……ですね」
「ハイ! おつぎしまーす! 飲んで飲んで!」
侍従、全員の杯に酒を満たす。以下ループ。
「でね、少納言さん?」
「はい……」
少納言、うつらうつらしかけながら答える。侍従、右近ともにへべれけ状態。王命婦は三人の倍は飲んでいるが、まったく顔色も口調も変わらない。
「こうなった以上、もう覚悟を決めるしかないっていうのは、貴方自身もわかっていらっしゃるのよね?」
うんうんと頷く少納言。
「若紫ちゃんはどう? 今の生活に満足してる?」
「ええ……だと思います。王子は本当に細やかなお方で、必要なものはもちろん、姫の好きそうなもの、喜びそうなこともよくおわかりになっています」
「この頃は、ヒカル王子参内もよくサボってたわねえ」
「そうなんです。ずっと西の対で姫君のお相手をなさっていて。慣れるまでずっと」
「一応、大事にはしてくれてるのね。二人でいるときはどんな感じ?」
「よく手習いを一緒にされてるんですが、とっても微笑ましくて。姫君が一生懸命筆を持って書いている様子がもうとんでもなく可愛らしいので、王子もうメロメロっていうか、目に入れても痛くないって風情です」
「父性本能刺激されちゃってる感じなのね」
「男女間の色気みたいなのは皆無なんですよね、少なくとも姫君の方は。王子が帰ってくれば真っ先にお出迎えして、無邪気にお膝の上に乗っかりますし」
「あらまあそうなの。普通は実の父子でもそんなことしないのにねえ、平安時代は」
「羨ましい!」
侍従がむっくりと起き上がった。
「ぶっちゃけ、すっごい羨ましい! ヒカル王子ほどのハイスペックな男、何処にもいないですよ? ねえ右近ちゃん、右近ちゃんもそう思うでしょ!」
「うーん…もう飲めない…」
「もう、いいじゃないですか。とりあえず若紫ちゃんの将来安泰ってことで。兵部卿宮さまはちょっと気の毒だけど、少納言さんが自分を責める必要は全然ない。だって、メッチャ玉の輿じゃないですかっ! あああ、出来るなら私が代わりたいっ!」
「侍従ちゃん……」
「あはは、その通りよね。とにかく生活に不安はないわ」
「少納言さん!」
「は、はいっ」
「これからですよ、勝負は! どーせヒカル王子のことだから、バンバン女をつくるに決まってます。間違いない!」
「…アンタも…大概古いわよ…侍従ちゃん。むにゃ」
「右近ちゃん黙ってて、て寝てるわね……まあいいか、とにかく少納言さん! 私たち女房(=OL)にとって職場環境は重要なんだから、頑張って西の対を磨き上げるのよっ! んで若紫ちゃんをもり立てる!どんな女がやってきても負けないように縁の下からバックアップよ!」
「侍従ちゃん、素敵。元気が出てきたわ! ありがとう!」
「ホント、いいこと言うわねー。見なおしたわ。私も、ますます精進して藤壺と宮さまをトップに押し上げようっと!」
「王命婦さんとこはー、まだまだイロイロありそうだと思いまーす…むにゃ」
「右近ちゃん……不吉なこといわないでよ……私もそう思うけどさ。これで引っ込む王子じゃないものね」
「と・に・か・く! 皆さん、円陣組んでっ!」
部屋の中央に集まる四人(右近、ムリヤリ引っぱり起こされる)、それぞれの手を重ねる。
「ハイ、行きますよー!
てっぺん目指してーっ!
平 安 女 房 ズ、ファイッ!!!」
…………
と、いうわけで、「ひかるのきみ」初の女子会は盛況のうちに終了いたしましたようです。楽しそうで何よりでした。きっとまたどっかでやるんじゃないでしょうか。
で、以下はいつもの私見です。
いやあ「若紫」の巻、予想以上に酷かった……ヒカル、現代ならもちろんのこと、平安時代においても不審者そのものっていうか犯罪者ですね(笑)。今上帝の息子で、現左大臣の婿だから誰も何も言えないというだけで。もしかして本当にこういう話があったのか? と思うほど変に細部がリアル。
白馬に乗った王子がやって来て姫をさらっていく
という古今東西よくあるおとぎ話的なイメージからあまりにもかけ離れていて、驚きました。実際にやると、こんなとんでもないことになるんだなと。
身分が上の者には基本逆らえないって時代だから仕方ない部分はありますが、まずヒカルは女房さんたちを完全に下にみている。だから女房さんたちに何を言われようと、顰蹙をかおうと、基本的に気にしない。いっぽう外の人たち=世間にどう思われるかは非常に気を遣う。女房さんたちは必ず「女」だけど、外の人たちは男性も含まれるから、なんでしょうね。
源氏物語は、女房さんたち抜きでは、何も話が進まないといっても過言ではない。影の主役といってもいいのですが、扱いは割と酷い。文中で少納言さんに
「こういう振る舞いは私たちにとって大迷惑だ」
みたいなことを言わせてましたけど、普段あまり口に出せはしないがこう言いたい局面は多々あったのであろうなあと思います。
結局、女(女房)には何を決める権限もなく、権力者(男)の言いなりで、責任のみ押し付けられてしまう……現代にも通じるような悩みと憤りが、平安時代のキャリア女性の中にもきっと存在していたでしょう。女房さんたちの間で爆発的に流行ったのも、ハーレクイン的な単純な恋愛ストーリーではない、こういう生活者としてのリアルな視点に共感されていたからこそ、と思います。
<末摘花 一につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
コメント
コメントを投稿