おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

若紫 八

2016年1月19日  2022年6月8日 
 北山の寺で療養していた若紫の少女の祖母・尼君は、程なく回復し山を下りた。住まいは同じ京の都だったので、ヒカルとは時折お手紙をやりとり。
 だが内容は変わり映えしないし、まずヒカルのほうがそれどころではない悩み事満載だったこともあり、とくにこれといった進展もないまま時ばかり過ぎていった。

 管弦の催しも一段落ついた秋の終わりごろ、なんとなく物寂しい気持ちになるヒカル。月が美しい夜に、ふとお忍びの場所へ行こうと思い立つ。
 内裏から出て、行き先の六条京極あたりまではまだ少々遠い場所で、時雨に足止めされる。そこに古木が鬱蒼と茂った、荒れた邸があった。いつもお側にいる乳母子の家来・惟光によると
「亡くなった按察使大納言の邸、つまり北山の尼君の邸でございますな。そういやこの間、何かのついでに寄りましたら、尼君がかなりお悪いようで、皆さんいろいろと大変そうでしたよ」
「ええ! なんと、それはお気の毒に……なんでもっと早く言わない、お見舞いするべきだったろう。今すぐ入ってご挨拶しよう!
惟光心の声
(お手紙やりとりしてたんと違いますのん…つか、今の今までカンペキ忘れてたでしょ……)
 ヒカルにせきたてられた惟光は、伴の一人を中に入れ案内をさせる。たまたま立ち寄ったのではなくわざわざお見舞いのため来ました、かのように言わせたので先方は驚き、
「いや恐れいります。大変申し訳ないことなのですが、ここ数日とくに弱ってきていまして……とてもお会いできる状態ではありません」
と言ったものの、むげに帰してしまうのも失礼と、慌てて南の廂の間を片付けヒカル一行を上がらせる。
「むさ苦しいところですが、せめてものお礼ということで……何のご用意もなく、鬱陶しいお座所で恐縮です」
 なるほど、ヒカルがいつも見慣れているような場所とは違う、と思う。
「いつも今度こそは伺おうと思いながら、すげないお返事ばかりでしたので、ご遠慮申し上げておりました。こんなことになってらっしゃるとは……なにせご病気でいらっしゃることすら存じ上げなかったほどのおぼつかない関係でしたから」
何気に相手のせいにするヒカル。乳母の少納言
「病がちなのはいつものことなのですが、いよいよの際になりまして……せっかくお立ち寄りいただきましたのに、自らお礼申し上げることもできません。以前仰っていた姫君へのお心、万一にもお変わりないようであれば、もうすこし大人にお成り遊ばした暁には是非、ものの数に入れてくださいませ。まことに、このような心細い状況のまま置くのは、尼君の願っております仏道の妨げと思えてなりませんから」
などと切々と語る。
 尼君はすぐ近くに臥しているのか、心細げな声が絶え絶えに聞こえる。
「まことに勿体無いことでございます。せめて姫君が、きちんとお礼を言えるようなお年であればよかったのですが……」
 ヒカルは哀れに思い
「浅い気持ちならば、いまさら気を持たせるような真似はしませんよ。いかなる因縁か、初めてあの子にお目にかかったときから、不思議なほど愛しい気持ちが強くなるばかりで、現世の縁だけとも思えません」
などと優しく言いくるめる。
「とはいえいつも何の甲斐もない感じですので、あの幼き少女のお声を一言でもお聞かせ願いたいのですが、どうでしょう?」
しれっと図々しくせがむヒカル。
「いやいや、何もご存じなく、ぐっすりお休みになってまして
などと言っているそばから、とととと、と近づく足音がして
おばあさま! この前お寺にいらしてたヒカル王子さまがお家にいるですか-? どうしてお会いしないのですー?!
女房たちはしまった、と顔を見合わせ「お静かに!」と止めるがもう遅い。
「だってー、『お会いしたら気分の悪いのも良くなった』って仰ってたじゃないですかー」
と、私うまいこと言ったです! というようにドヤ顔でいる。
 ヒカルは笑いそうになるが、女房たちの困っているのを思いやって聞かぬふりをし、丁重にお見舞いの言葉を述べて帰った。
「なるほど、子供らしい様子だ。教育のしがいがあるというもの」
とほくそ笑む。

 翌日のお見舞いも気合を入れて用意する。手紙はいつものように小さく結んで

かわいらしい鶴の一声を聞いてから
葦の間をさ迷う舟のように思いまどっています
ずっと同じ人を追いかけてばかりで

と、姫君に合わせことさらに幼く書いてあるのも、あまりに見事な筆跡なので、周囲の女房たちは「そのままお手本に」と騒ぐ。
 お返事はもちろん少納言である。

「尼君は、もはや今日か明日かという状態でして……山寺にお移しする段取りをととのえているところです。このように丁重なお見舞いをいただきましたお礼は、あの世からでもお返事させていただくことになりましょう」

 さすがにお気の毒なことと思う。

 秋の夕暮れは、いつもにもまして心がざわめき、許されない恋人のことで頭が一杯になるので、もう無理にでも、あのゆかりの少女を引き取ってしまいたいという気持ちが募る。尼君が「心配で、死んでも死に切れない」と言っていた夕暮れを思い出し、少女に会いたくて震えるが、また一方では、間近で実際に見たら思ったほどではないんじゃないの? という気にもなったりする。

手に摘んで早く見たいものだ
紫草にゆかりある野辺の若草を

<若紫 九につづく>
参考HP「源氏物語の世界」 
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