夕顔 その三(オフィスにて♪)
「なあに侍従ちゃん」
「空蝉さんてさー、結局どーしてんの?」
「旦那さんが伊予から帰って来てるみたいよ、今」 ※空蝉の夫は地方受領
「あらま。じゃあもう、お屋敷に忍び込むなんてことできないわよね。王子はさすがに諦めたのかしらん」
「それがね、まだまだ未練たーらたら。あそこまで冷たくされた経験がなかったもんだから、逆に忘れらんないのね」
「逃げまくったことで、余計追わせることになったと。世の中ままならないわねー」
「あら殊勝なことをおっしゃる侍従ちゃん。そ、素直に受け入れて楽しんでくれてたなら、ワンオブいい思い出♪ってことになったのに、ちっくしょうあんだけ拒否られたまんまで済ますなんてプライドが許さねぇ!」
「出た!俺様キャラ!」
「ま、あれよね。『雨夜の品定め』、あれがいけなかった。それまでは下々の女性にはゼーンゼン興味なかったのに、あれ以来ぐーっとキャパが広がっちゃったってわけ」
「なるほどー。喜ばしいようなその逆のような」
「ナーンにも知らないで王子の再訪を待ち続けてる萩ちゃんはホント可哀想だし、逃げ出した空蝉さんだって微妙よね。あのときそう遠くへは逃げられるはずもなし、すぐ近くに隠れてたんだろうからねぇ」
「知らん顔で大嘘いって口説いてるのまるっと知られちゃってるわけだー♪いやーん、他人事ながらチョー恥ずかしい!」
「王子気になってしょうがない、空蝉さんの真意はホントのとこどーなの?俺を嫌ってるのか、それとも」
「自分を嫌う女がいるなんて、認めたくないわけね、ヒカル」
「そうこうしてるうちに、伊予介が戻ってきたわけよ、京の都に」
「ほうほう♪」
「そんで上司であるヒカルの前に、まっさきに参上」
「アタシも見たよー。日焼けして真っ黒でさ、服が似合わないったら」
「船旅だからね。でも家柄はそこそこいいし、顔つきだって、年は取ってるけど(多分四十代)小奇麗な感じで、やっぱそこいらへんの若造とは違うシブイ男の色気みたいなもんもあるわけ」
「そ、そう?!アタシにはわかんないわっ」
「侍従ちゃんの好みはジャニーズ系だもんね。アタシは割とオジ好みなのよん。ま、それはどーでもいいけど、ヒカルもちょっと後ろめたいわけ。気のいい部下のおじさんを騙してるみたいでさ」
「みたいってゆーか、まるっとその通りでしょ」
「伊予の国の様子も自分からいろいろ聞いてみたいんだけど、そのたびに荻ちゃんや空蝉さんのことがぐるぐるしちゃって、聞くに聞けない」
「案外小心者? 俺様(笑)」
「こんな実直なおじさんの前で、超後ろ暗いことばっかり考えちゃう俺ってサイテー?」
「うん、サイテー(笑)」
「やっぱまずかったなあ、アレは」
「まずいよっ(笑)今頃気づくなっ」
「そういや左馬課長が言ってたよなあ、すぐ靡く女には気をつけろって。考えてみれば、つれない態度は俺にとってはムカつくけど、夫のためには立派だよなあ」
「そうそう♪そゆこと」
「でもだからって、すっぱり諦めないのがヒカルのヒカルたるゆえんなのよ、侍従ちゃん」
「えー?まだ何かすんのこのヒト。いくらなんでも引き際ってもんが」
「何も知らない伊予介、娘をどこかに嫁入りさせて、妻と一緒に伊予に戻るつもりだ、なんてことをもらすわけ。一度は反省したヒカルもこれにはびっくり、そんなところに連れ去られたらもう二度と会えない。なんとかもう一度会えないもんかい?とダメ元であの少年に頼んでみるけど」
「アカンやつやそれ…」
「向こうが会う気満々ならともかく、ねえ。全力で逃げてる女を追いかけ回すのもみっともないし、さすがのヒカル王子もしぶしぶ諦めた」
「やっとかよ!」
「とはいえまったくすっぱーん、と断ち切るのは出来なかった。それでメールを送ったわけ。それも色っぽいやつじゃなく、季節の挨拶みたいななんてことないの」
「メル友ね♪なら安心」
「空蝉さんの巧いところはここなのよ。頑なに無視するかと思いきや、快くお返事差し上げた。それがまた女らしくて可愛げがあって、かつウィットに富んだメールだったもんだからヒカルも、腹立ちはおさまらないものの、忘れ去ることはついに出来なかった。男女の駆け引きの勝ち負けでいったら、空蝉さんの完全勝利ってやつね。鮮やかなお手並みよ」
「おお!ビバ・空蝉の術ー♪アタシもお手本にしよっと。ところで軒端の荻ちゃんは?」
「うーん、荻ちゃんの方はちと可哀想なのよね。例え結婚相手が決まっても、ヒカル王子ならいつでもOKですわ♪みたいな感じが見えみえなんだけど、逆にそれで王子に引かれるっていうか」
「はー、まさにワンナイトラブだったわけねー」
「女はね、出し惜しみすべきなのよ。若かろうが若くなかろうが、美人だろうがブスだろうが。相手に振り回されるんじゃない、引っ張って引っ張って、相手を引きずってぶん回すのよっ」
「あ、今のメモメモ♪」
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