おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

帚木(九)

2011年1月20日  2022年6月8日 
方違えで紀伊守の屋敷にやってきたヒカル。

ヒカルが通された部屋は屋敷の東面、その反対側、西の面からかすかな衣擦れの音や、若々しい女性の声がする。
わるくない雰囲気だ。さすがに笑い声などはおさえて静かに心がけているのが、また思わせぶりな感じでよい。

最初上がっていた窓の格子は残念ながら、主の紀伊守が「不用意だ」と下ろさせてしまった。 障子の上から漏れる明りに「見えるかな?」とそっと近寄ってみたが、覗けそうな隙間はない。仕方ないので耳をダンボにしつつ聞き入っていると、母屋の中、自分のいる東面寄りに集まっている人々のひそひそ話が聞こえてくる。どうも自分のことを噂しているらしい。

「なんかさー、超堅実って感じじゃなーい? あんなにお若いのに、もう妻持ちで、しかも相手がS役員(左大臣)のムスメでしょ。ありえないくらいシッカリしてらっしゃるわよね」

「いやいや、婚家を離れたところじゃイロイロとあるみたいよー。もちろん奥様に内緒でこっそり、うふふ」

どきっとするヒカル王子、本命の藤壺の宮と直接お目通りはかなわないが、何かと理由をつけて周辺をウロウロすることはある。目端のきく者なら、不審に思うことがないとはいえない。そんな些細なことでも、一旦噂に火がついたら……やや焦る王子であった。

しかしあとはたわいもない話が続くばかり。これ以上は聞いててもしょうがないな、と思い始めたとき、聞き覚えのある和歌を誰かが口ずさんだ。
以前、社長と縁続きの女性(式部卿宮の姫君)に朝顔の花を添えて贈ったときの歌だ。

「うーん、ちょっと冗長? こうして聞くとたいしたことないな。朝顔ちゃんだったらもっと、品よく上手に詠むだろうになあ」

なんて自己評価するヒカルであった。

そこにやってきた主の紀伊守、灯篭を掛け添えるやら、灯の火を掻きたてて明るくするやら、ちょっとしたお菓子なんかをあれこれ用意させるやら、と走りまわる。

「帷帳の準備はどうなってるんだい? そういう趣向がないようじゃ、充分な接待とはいえないよねえ」

ヒカルがからかうと、生真面目な主は

「な、何がお気に召すのやら、とんとわかりかねますのでっ」

とただただかしこまるばかり。

……

「ちょっと待ったあ!」


「何よ、侍従ちゃん。今からいいとこなのに」


「帷帳の準備って何?そういう方の趣向って?」


「まったく侍従ちゃんてば世間知らずなんだから。まあそこが可愛いんだけどさ。あのね、平安時代は通い婚でしょ。ワンナイトラブも結構あったみたいだけど、正式に結婚てことになるとさ、お婿さんは三日間奥さんのおうちに通わなきゃいけないわけ。そのときに歌われる歌があるのね。それに出てくるの。これ↓


我家は 帷帳(とばりちょう)も 垂れたるを 大君来ませ 聟にせむ 御肴に 何よけむ……」


「……は?」


「侍従ちゃん、ワザとじゃない?あんまりカマトトちゃんなこといってると右近姉さん怒るわよマジで」


「え、えーと……とばりちょう、ってのれんとかすだれとかだよね……隠すためのものであって、その用意が出来てるから、いらっしゃいませお婿さま、お肴いかがしましょか(考え中)……つ、つまり……はっ!」


「つまり?」


「夜のおもてなしに誰か差し出せとー! きゃー!」


「いちいち叫ばないの、侍従ちゃん」


「だって、右近ちゃん……そそそそそ、そんなあ(涙目)」


「バカね、冗談なのよ。あんまり紀伊守があたふた無粋に動き回ってるもんだから、婿に来たわけじゃないんだからさ、もっとさらっともてなしてくれりゃいいよ、てからかってるわけ。だけどあのご主人、超がつく堅物だから、まともに受けちゃった(笑)」


「な、なーんだ。ほっ」


「と、してる場合でもないけどね。何しろヒカル王子は、贈った歌が女房の間で知れ渡っちゃうほどの超絶モテ系男子だから、ただで済むはずないのよ♪」


「現代で言うと、学級委員の女子に送ったちょい親密なメールのコピペが、一斉メールしたわけでもないのに全校女子生徒に出回るみたいな?」


「……侍従ちゃん、その例えはよくわかんない。そんなシチュエーション、普通ないでしょ」


「とにかく先にすすみましょ♪ はてさて夜のおもてなしはいかに!」


「だからそれはないって」
………

夜も更けてきた。

ヒカル王子が部屋の端でまったり横になってるので、自然お供の人たちも騒ぐことはなく静かにしている。そんなくつろいだ雰囲気の中、屋敷にいる子ども達がご機嫌伺いにやって来た。みなそれぞれに可愛らしいが、その中に特に品があって感じの良い、十二、三歳くらいの子がいる。紀伊守に
「誰の子なの?」
と聞くと、
「この子は、先に亡くなった○○課長(衛門督)の末息子でして。大層可愛がられておりましたが、幼くして親に先立たれたものですから、姉のよすがでここにいるという次第です。物覚えもよく賢いので、会社の手伝い(童殿上)に出すことも考えてはいるんですが、なかなか思うようには……」
としんみり答える。
「気の毒なことだな。とすると、この子の姉が君の継母、というわけ?」
「はい、そういうことになります」
「母、というには若すぎるよね彼女。そういえば以前、社長(帝)が
『○○課長から以前、ウチの娘をそのうち入社(宮仕え)させますからってちらっと聞いたことがあるんだけど、その後どうなったのかねえ?』
なんておっしゃってたの聞いたことあるよ。世の中、わかんないもんだよねえ」
などとしたり顔で大人ぶるヒカル王子に、主は実直に答える。
「わたくしも、このようなことになるとは思ってもみませんでした。世の中というのは今も昔もそんなもので、いつどうなっていくのか誰にもわからないものなのでしょう。なかでも女の運命というのはよるべなく、哀れなことでございます」
「君のお父さん、伊予介は大事にされてるの? 正式な夫、家の主人として」
「どうですかね。内々の夫として扱っているようですが、何しろ年が離れすぎていますから。私も周りも正直、釈然とはしませんね」
「まあそうはいっても、君達のような若者にハイどうぞって譲るわけにもいかないだろう。父君はいっぱしの風流人だし、何かと年相応の心得があるだろうからね」

お前も若者だろうが! てか多分この主人より年下だろ!

というツッコミはさておき、ヒカルはかなりその若い妻とやらに興味を持った様子、さらに
で、ここんちの人たちはみんな何処に行ったんだい?」
さりげなさを装って聞く。
「皆離れた棟に下がらせました。まだ何人かはいるかもしれませんが……」

宴のあと、ヒカルのお供はあらかた酔いつぶれ、廊下のスノコの上で寝込んでしまった。辺りはしん、と静まり返る。

……

「なななな、なにこの展開はっ」

「おほほほほ」

<帚木(十)につづくっ>

参考HP「源氏物語の世界
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