おさ子です。のんびりまったり生きましょう。

「帚木」 (七) ~雨夜の品定め 最終話~

2010年10月26日  2022年6月8日 
雨夜の品定め、恋バナのトリを飾るのは意外や、右近兄・藤田係長(式部丞)でありました。
この面子の中では身分的にも男子力的にも一番下っ端。

「藤田係長、今までダンマリなアンタこそなんかあるんじゃないの?ちょこっと言ってみなよ」

と皆はやしたて煽る。

「自分っすか? いやいやいや……自分みたいな底辺ブサ男に、お聞かせするようなイイ話なんかあるわけないっすよ。勘弁してくださいっす」

と言うのを、頭の中将は穏やかながらびしっと「いいから早く」と責める。
藤田・右近兄は慌てて、困ったっすねえと頭を振りながら、ようよう話し出した。

「まだ学生だった頃っすかねえ。超頭はいいんすけど気い遣う女、てのとなんでかつきあったんすよ。さっきの左馬さんの話にも似たようなパターンあったっすね、そういや。

仕事の話はもちろん何でもツーカー、実生活に必要な心遣いもカンペキ、漢学の才はなまじっかのインテリ博士が裸足で逃げ出すほど、とにかく万事につけてこっちが口出す隙間ナシ!てな女でした。

出会いすか? えーと……自分、バカだったんで、いや今もバカですけど……ある博士に学問を習いに通ってたんすよね。その家には娘ばっかし何人もいると聞いてたもんすから、ちょこちょこ理由を見つけてはチョッカイかけてたんすけど、それを聞きつけた親が盃を手に出てきて

『私が両つの途を歌うのを聞け』

と迫るんす。つまりこれ、「親公認の正しい交際をしろ」てことっすから、正直ちょっと引いたんすけど(笑)さすがに自分の先生すからね、親心を完全スルーなんてわけにもいかなくて。
つかず離れずって感じでつきあってるうちに、何だか知らないすけど向こうさん、えらく自分を気に入って盛り立ててくれて、ピロートークつうんすか?そんなのでもいちいち実になる、仕事に役立つアレコレやなんか教えてくれたんす。

ちょっとしたメールを書くにも、顔文字やらナンやら女の子の使いそうなもんは使わず、難しい漢字や熟語や故事成語なんかもきっちり使いこなして、そりゃもう超超カンペキな文章なんすよ。すげぇなコイツと素直に尊敬したっすね。彼女を先生に、漢詩文(=外国語の作文)なんかも教えてもらったんすけど、まあ自分、ぶっちゃけ出来良くなくて、今もその辺はイマイチっす。

今でもその恩は忘れてないっすけど、いざ妻として長年連れそうことを考えると、自分は学がないっすから、向こうもなにかと粗がみえるようになるだろうなあ、こいつホントバカ!とか思われるんだろうなあとか。それは自分もさすがに恥ずかしいっていうか、惨めじゃないかと。

ヒカル王子様や中将様のように優秀でイケメンなセレブでしたら、逆にここまで何もかもパーフェクト!な奥様でなくてもいいっすよね?

自分はフツーの男っすから、デキる女には憧れるんすけど……うーん超残念すけど、すみませんついてけません(涙)て指をくわえるしかないっす。結局は自分の気持ちがもつか、ご縁があるかないかとか、みたいな感じすかね? ホント男って単純なもんっす」

と奥歯にものの挟まったようなもの言いをして思わせぶりに黙っているので、

「面白そうな彼女じゃん。で、結局どうなった?」

と周りがさらに煽る。でしょ?やっぱ続き聞きたいすよねーと鼻をこすりながら再度語り始めるのだった。

「そんなこんなで、だいぶ長い間行かないでいたんすけど、ふと、どうしてるかなーと思って立ち寄ってみましたら、いつものようにリビングにも出てこず、衝立までたてて超よそよそしいんす。
やっぱ怒ってるのかなー、なんだかなー、来るんじゃなかった自分バカみたい、もしかしてこれが潮時ってやつ?とも思ったんす。
なにしろ頭の良い女すから、普段からギャーギャー泣きわめいて怒り狂うなんてことはなく、世の中そういうもんよねーていつも冷静っていうかー、悟ってる、ていうかー、とにかく恨み言のひとつも聞いたことがなかったんす。

その彼女が、そん時は超焦ってる感じで早口でまくしたてたんす、

『ここ何ヶ月か風邪こじらしちゃってて……なかなか治らないから、熱冷ましのお薬飲んでるの。これがすっごい臭うのよね。だから面と向かって会うのはご遠慮申し上げます。直にでなければ、こまごました事は承りますわよ』

て、何か慇懃無礼っていうか、有無を言わさない感じで。答えに困ったんで、ただ『了解』って言ってサクっと帰ろうとしたんすけど、向こうもあんまりそっけなさ過ぎって思ったんすかね、
『この匂いが消えたころにまた来て頂戴ねー』

って大声で言ったんすよ。
それスルーしてさっさと帰るのも何かね、しばらくはそこに居なきゃいけないかなーとも思ったんすけど、そうも言ってられなくなったんす。何しろ……かぐわしく漂ってくる匂い……・どんだけ?!ありえねー!てくらい凄くて、とにかく逃げ出したくなって
『夕暮れの蜘蛛の振る舞いで

私が訪れることをご存知だったはずなのに

蒜(ひる;にんにく)の匂いの中で

昼間も過ごせというのは

なんということでしょうか



臭すぎっす、意味フメーっす(涙目)』


といい終わるのも待てず、とっとと飛び出していったんすけど、それを追うように


『毎日逢っているような

夫婦の間柄であれば

昼間、蒜(にんにく)の匂いがしたからといって

どうということもありませんでしょ



ホント間が悪いわー、こんなときに来るなんて。ちょっとKY過ぎよねー』


速攻で返歌が来たんす……」



他人事のようにトボけた感じで話し終わる右近兄。
ヒカル王子、頭の中将、他の皆も一斉に

「うっそ、つくってない?」「どう考えてもネタ」「ありえねー」

とさんざんに言って大笑い。
「ホントにいるのそんな女? ドン引きー。このにんにく女に比べたら、鬼と向かいあっとくほうがマシだよな。うえ、何かにんにくの匂い思い出しちゃった。気持ちわる」
(*平安時代の貴族はお香に凝っていたので匂いに大変敏感)
頭の中将は魔除けの爪弾きをして、「とてもリアルな話とは思えないので判定、不能~」と右近兄をくさす。

「もうちょっとマシな話はないのか?」

と責めたてられても、

「これ以上珍しい話、ないっすね自分的には」

と澄まし顔の藤田係長。
そこに再び出たがり・話したがりの左馬課長代理がずずいと身を乗り出し、誰も頼んでないのにまとめに入るのであった。


「男女ともに未熟者は、かじっただけのことをさもよく知っているかのように見せようとしがちですが、困ったことですなあ。

女が三史五経のような難しい学問をまるっと理解してるっちゅうのもいけ好かないことですけど、だからといって世の中の公私のもろもろを、私何も知りませーんできませーん、ちゅうわけにも参りませんわな。
特に勉強してなくても、ちょっとでも才のある人なら自然、誰かの耳にも目にもとまることも、すくなからずあるはずですな。

そういう、漢字をすらすら書けるような人が、何てことない女同士の手紙も、わざわざ半分以上漢字で書きつけるって、嫌味だねぇ。こんなに出来るアテクシ!て感じで。
(*平安時代、女性は主にかなを書き、漢字は男性が業務用もしくは学問に使用、というのが普通であった。漢字は外国語に近かったのだ)

そんなつもりないわーっていっても、なんつうか現代で言うとやたら横文字ばっかり使って、なんでこんなことまで英語? 日本語で言えや!それ自慢?自慢ですか?てな感じの女って、底辺の成り上がりだけじゃなくセレブの中にも意外に多いんですよね。

歌詠みヲタクが、和歌の世界にどっぷりつかって、趣ある古歌を初句から取り入れつつ、TPOも考えないで誰彼構わず・のべつまくなし詠みかける(=そこにいる誰もが知らない古いレアな歌をカラオケに入れる)っていうのも、超迷惑な話ですな。
貰ったら返さないといけませんし、歌ヘタだし面倒臭いし苦手だし、な人だったらヤメテーって感じでしょうし。

社長(帝)も出席する超重要なイベント(節会)、たとえば五月にあるあれ、あのイベント(端午の節会)の時は、朝いつもより早めに出勤しなきゃいけないし、どうしよどうしよ菖蒲もあやめも何も考える暇なーい!て程、慌しいですよね。そんなときに『珍しい根』にかこつけた歌を詠みかけてくる。

九月の宴会のために、まずは難しい漢詩の趣向を、と頭ぐるぐるになってるようなときに、『菊の露』にかこつけて詠みかけてくる。

と、いうような、はあ?今それをわざわざ言う?そりゃデキはいいですよ?後で聞けば面白くも味わい深くもあるでしょうよ。けどね、全然相手の都合もなにもお構いなしで詠む、ほんと気がきかないというかKYって言うか。

万事につけて、何故そうするのか、今それ必要?後でいいんじゃ、などTPOを考えて振舞うことができないようでは、気取ったり風流ぶったりせんほうが無難ですな。
総じて女というものは、知っていても知らん顔で流し、言いたいことがあっても一つ二つは抜かして言うくらいでいた方がいいのではないですかねぇ」
左馬課長代理がくどくどと語り続ける間、ヒカル王子は、ただ一人の面影を心の中に思い続ける。

「ああ……やっぱりあの人こそ(藤壺の宮)……過不足ない、完全無欠にパーフェクトな女性だなあ…」

父である社長(帝)の寵愛も厚い彼女、手が届かない・許されないからこそ余計に胸キュンする王子。

話の方向はあっちやこっち、いつ終わるともなく続き、挙句の果てにはシモネタ系、落ちるところまで落ちつつ、「雨夜の品定め」の長い夜はやっとのことで明けたのであった。

<雨夜の品定め終了>

「ふあーあ、よく寝た」

「侍従ちゃん、ヨダレ」

「あ」

拭きふき

「それにしても、右近ちゃん」

「なあに侍従ちゃん」

「男って、くっっっっだらないこと喋ってんのねえ。一晩中ずっとこれかよ!って感じ」

「あら侍従ちゃん、あたしたちだって似たよなもんじゃない。誰と誰が別れたくっついたとかいう噂話と、上司とか仕事とかの愚痴、イケメン男子の話、今イケてる化粧法とか香水とかファッションとか、今度のイベントとか……あら、けっこうあるじゃん」

「でしょ。女は割と話題が広いわよ。浅いけどさ」

「この場合しゃあないんじゃない?あのメンツで漢詩の話はありえないっしょ。女の話だって、下に合わせないと、場がシラケるってもんじゃない。王子や中将様の奥様なんて、絶対うちの兄や左馬親父には手の届かない高級な女性なんだからさ」

「なーるほど」

「ま、だからこそ男の本音が見えるってもんよ。上も下もなくね。結局、女は程よくバカがいいってこともさっ」

「っていうかさー……言っていい?右近ちゃん」

「何」

「にんにくの人さ、あれワザとじゃない?」

「あ、侍従ちゃんもそう思った?だよねー。実はさ、うちの兄貴にはもったいないくらい、って思ってたのってその人なのよー。私も以前職場が同じでさ、たまたま知ってたんだけどー、あったまいいしさー、何でも出来るし気もきくし、何故にこんな人があのバカ兄とつきあうことになったかなーと思ってたんだけど、やっぱりねえ、案の定捨てられてやんの。元々、他にいたんだよね。知らぬはバカ兄ばかりなり」

はー、とため息をつく右近。

「ちなみにさ、左馬オヤジの話も、アヤシクない?めっちゃ忙しいときに全然関係ない歌詠みかけるって、どう考えてもイヤガラセでしょ」

「侍従ちゃん、今日はやけに冴えてるじゃない♪」

「んふふ♪」

男ってバカだよねー、そーだよねー、といいながら墨をすったりしている二人であった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「雨夜の品定め」実は超モテ系と非モテ系の対談
当然ヒカル王子にはまったく役立たなかった……かというとそうでもなかった。
超モテ系が絶対に思いつかない非モテ系ならではの発想は、 超絶モテ男であるヒカルにも影響を与えずにはおかなかったのである。

それはまたのちのお話♪

<帚木(八)につづく>
参考HP「源氏物語の世界
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