箒木(六) ~雨夜の品定め~
家柄こそヒカル王子には及ばないが、容姿端麗・頭脳明晰・センスも良くお洒落で女性にも人気、今をときめく左大臣家の総領息子として生まれ何の苦労も屈折も知らずに育った真正のお坊ちゃまくんである。
「馬鹿な男の話をしよう」
と、超のつくナルシーな言葉も似合ってしまう美しい横顔。
「内緒で見初めた女の子がいてね。(当然)向こうもまんざらでもなく、つきあうことになった。
最初は(カルーイ浮気のつもりで)きっと長続きしないだろうな~と思ってたんだけど、つきあう内にああ超可愛いなぁこの子、合間合間に会ってるだけなのに一向に気持ちが離れていかない、これは本物かも!なんてね。
完全にマジ恋モードに突入したもんだから、向こうもすっかり私を頼りにしてきたんだけど、そうはいっても本妻いるからねー、何でも彼女を優先てわけにもいかない。
あーこりゃいろいろとムクレられることもあるだろうな~と予想してた。
なのに彼女は全然気にしないふうで、行く回数が少なくても「フーン私はその程度の女なんだねー」などとスネることもなく、ただ朝な夕なに私のことを思ってます、て感じ。
あまりにいじらしいその姿に思わず、このままずっと頼りにしてていいんだよと言っちゃったりもしたんだ。
彼女には親もなく、本当に心細い様子で、何かにつけてただ私だけが頼りと思っていてるのがまた可愛いの可愛くないのってもう。とにかく大人しくてほわわん、としているものだから、すっかり安心しきってほったらかしちゃったりもしたんだけど、細く長く続いてたんだよね。
だけど、こういうことって何故かバレちゃうんだよね。私の行いをよく思ってない辺りから……本妻だよ、大きい声では言えないけどね。怖いんだよね……キッツイ言葉を人づてに言われたらしい。随分後になってから知ったんだけど。
そんな酷いことがあったとは夢にも思わず、心では通じ合ってる♪ なんて能天気にメールすら出さないでいたから、彼女もさぞかし心細かったんだろうね。その頃には子どもも産まれていたからなおさら、思い余って撫子の花を折り添えた手紙を寄越してきた」
うっすらと涙ぐむ頭の中将。
(てか、子どもまでいたんかい!)
と周囲は心中密かに激ツッコミ。
「それで、その手紙には何と?」
さすがのヒカルも興味深々、平静を装いながら質問。
「いや、特に何も……ていうか全然知らなかったからね。はぁ? どうしちゃったの? て感じ。
『山のあばら家の垣根は荒れても
折に触れ
哀れと思い出してください
せめて小さな撫子の涙を』
何だか寂しい感じの歌だったから心配になって、久しぶりに会いに行ったんだ。
彼女は、いつものように無邪気なんだけどどこか翳があって、何か悩んでいるような雰囲気だった。
露でしっとり濡れたあばら屋で、競いあうかのような虫の音に囲まれていると、まるで物語の中の世界にいるようだったよ。
『咲き乱れる花の色は
いずれも分かちがたいが
やはり常夏に咲く花が
一番だと思う』
娘の撫子はさておき、まず母親、彼女のほうの機嫌を取るべきだろうと思ってね。
ほら、『塵をだに』って言うじゃないですか……ちょっと、ダニじゃないですってもー。ヒカル、説明して」
「凡河内躬恒の『塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわが寝る常夏の花』ですよ」
「ありがと♪ まあ、ぶっちゃけ『僕たちこんなにラブラブ♪』て歌にかこつけて、『いろいろあっても君が一番さ♪』て言ったわけだ。
で、彼女のお返し。
『塵を払う袖も
涙に濡れている常夏に
嵐の吹きつける秋までが来ました』
かぼそい声でそんなこと言いながらも、本気でムクレてるようにも見えない。
涙をぽろっと落としたりしても、嫌だわ、久々だからって泣いたりして恥ずかしい……て感じで何気なく紛らわして誤魔化し、何も変わりない、元気でやってますわなんて笑ってみせる。
今考えれば相当に無理してそうしていたんだろうに、私は何も気づかず、愚かにもすっかり安心してしまい……また飛び飛びに逢っているうちに、彼女は跡形もなく消えうせてしまった。
まだ生きているのなら……一体何処でどうしているのやら。
ストーカー?!て思うほどまとわりついてくるウザイ女だったら、こんなことにはならなかった。
マメに通ってやらないと不平ダラダラの女だったならむしろ、正式に妻の一人として長く面倒をみてやるようにもなったかもね。
あの撫子(娘)も可愛い盛りだったから、何とか探し出そうと思ったんだけど……今にいたるもわからない。
これこそ、左馬さんの言う「悪感情を腹の中に溜め込んでいつか爆発する女」の例じゃないかな?
表向き平気そうにしてその実、わんさか内に抱えてる。愛してるという気持ちもはっきり伝えないから、イマイチ男に通じない。なんかやるせないよね。片思い状態じゃん。
今は私もだんだんと忘れかけてはいるけど、あの女のほうは思い続け、折々にひとかたならぬ胸焦がれる夕べもあるんじゃないかなあ。
やっぱり永続きのしない、ライトな縁ってやつだったのかもね。
さっき話に出てきた「嫉妬深い女」も、思い出とするぶんには忘れ難いけど、さて妻とするにはウザ過ぎるし、悪くすると、完全に嫌いになっちゃうかも。
いくら琴の音が素晴らしくても、浮気女は困りものだし、ふわふわして頼りない女は可愛いけど、何を考えているのか常に疑わざるをえないとなると……もう、どれをどうとも決められないよね。
世の中そんなもんだ。
何がいいのやら悪いのやら。
何処をとっても良いことばかりで、難点の一切ない女なんていないんだよね。
かといって吉祥天女のような折り目ただしいパーフェクトな女ならいいかというと、これまた堅苦しそうで、人間らしさが感じられない。面白くないよねぇそんなのも」
「そうですなぁ」
「本当に。多少欠点があるからこそ面白いものなんですな」
どっ、と笑う男ども。
……
「ねえ右近ちゃん」
「なあに侍従ちゃん」
「なんか、ゲンメツー。頭の中将さんて、ヒカル王子の次に好きだったんだけどー、えっらい自己チューなヤツじゃん! 浮気しまくって本妻さんや彼女を悲しませた癖に、何大騒ぎしてんのー? なんて自分だけ余裕かましちゃってさ。超いけずって感じー」
「ふっ、今ごろわかったの侍従ちゃん。お子ちゃまね」
「かわいそうだよねえ、この常夏のヒト(もらい泣き)。子どもまでいるのにこんな扱いされて。好きな男に辛さをけどらせない、けなげな気持ちをなぜわからん、中将!」
「あ、呼びつけ」
「いいのよっ!男の身勝手炸裂の中将に、天誅うー!」
「侍従ちゃん、王子もね」
「え?」
「なんでもない。さ、最後はうちのバカ兄の話」
「……ぐー」
「寝るなっ!て、その反応であるていど正解だけどね。あまりにくっだらなくて笑えるから、話のネタに聞いときなよ。あとの話の伏線でも何でもないからさ、あとくされないよ」
「ふーい」
<帚木(七)雨夜の品定め最終話につづく>
参考HP「源氏物語の世界」
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